第42話【初公開!俺の黒歴史】

 思えばいつからだっただろうか。


 ――京香さんのことを”女性”として意識するようになったのは。 


 初恋らしい初恋をしてこなかった自分にとって、彼女は紛れもなく初恋の相手だと自信をもって言える。


 思春期真っただ中の中坊が、タンクトップにホットパンツスタイルの美人に、毎日胸を押しつけられてヘッドロックされては勘違いもするというもの。

 伊達に体と心も下の毛も今以上に未成熟ではない。


 その甘美かんびな感情の熱に当てられ、俺は同棲生活半年後に京香さんに告白をし――当然あっさりとフラれてしまったわけで。


「......京香さんが、セレンさんの所属する事務所のマネージャー兼社長ねぇ......ていうか、まだあの人生きてたんだ」


 表情を歪め、辛辣しんらつな言葉を紫音は呟いた。

 

「元気でいてくれたのは嬉しいんだけど、まさかあんな形で突然現れるだなんて」

「それで気が動転して体調が悪くなったと仮病をつき、逃げるようにその場を退散したと」

「仮病ではないんですが......ほぼおっしゃる通りです」


 俺の説明に頬杖をつくのを止め、俯いたまま腕を組んで前後に小さく体をぐらぐら揺らしうめく。

 

晴人はると、カッコ悪い」

「ぐぬ!?」


 言われるだろうと覚悟はしていても、同年代の女子、しかも友人である紫音に鋭い眼差しと共に浴びせられるとなかなか刺さる。


「大体晴人は昔っから京香さんに振り回されすぎ。そんなんだから若気の至りで勘違いして自爆したんでしょ」

「自爆言うな。誰だって日頃からあんなスキンシップされたら気があると思うだろ」

「......私が何しても気付かないくせに」


 頬を赤く染め、不貞腐れた様子で視線を横に向ける。

 声が小さくてよく聞き取れなかったが、おそらくは俺を罵倒するセリフだと予測できるので、適当に聞き流そう。 


 俺が京香さんに告白したことは紫音は知っている。


 というか、京香さんが家を出て行ってかなりすぐに紫音に話してしまった。


 あの時はフラれたショックよりも、俺のせいで家を出て行ってしまったんじゃないかという罪悪感と不安で、とにかく押しつぶされそうで。

 後日、光一を通じて安否の連絡が来るまで生きた心地はしなかった。


「京香さん、何事もなかったかのように俺に接するから、それが逆に辛くて」

「サバサバしたあの人らしいね」

「俺一人混乱して、挙句の果てにセレンさんに冷たく当たっちゃって......ホント紫音の言う通り、俺はカッコ悪ぎのダメダメな最低野郎だよ」


 ほんの数時間前の出来事を思い出し、自然と自嘲の言葉が溢れる。

 自分だけならまだしも、セレンさんに八つ当たりするような形で傷つけてしまったことを、俺は帰りの電車の中でずっと後悔していた。


「――そんな晴人に、お迎えが来たみたい」


 紫音は自身のスマホに目を向け、そう一言呟いて立ち上がると、玄関の方へと向かった。

 ガチャリと玄関ドアの開く音が聞こえ、何やら二人分の足音がリビングに向かってくると思ったら。


「良かった......思ったより顔色は悪くなさそうですね」

「え......セレンさん、どうしてここに!?」

「晴人を家に連れて行くのが確定した時点で、セレンさんにメッセージ送ったの。『病人はウチで預かってるから、返して欲しくば等価交換する品を持って引き取りに来い』って」


 走ってきたのか、セレンさんの顔は赤く上気し、呼吸も少し荒くなっている。

 そしてその手には等価交換の品が入っているであろう小さなビニール袋があり、それを紫音に手渡した。


 そうか、今はコンビニで俺と同等の価値のあるものが手に入るのか......嫌な時代になったものだ。


「こんな夜遅くになってしまって申し訳ございません。夕飯までご馳走になってしまって」

「大丈夫。仕事なんだから仕方ないよ」


 頭を下げ、謝罪の言葉を述べるセレンさんを、紫音は首を横に振って淡く微笑む。


「セレンさん、俺――」

「晴人、私そろそろお風呂入りたいから、いい加減帰ってくれる?」

「あ、ああ.........悪い」


 とにかくセレンさんに謝りたい一心で立ち上がった俺を遮り、紫音は何か訴えかけるような視線を向け、Tシャツの襟元を掴んでパタパタと空気を送り込む。


「夕飯ありがとな。このお礼に、また今度家に泊まりに来いよ。紫音の大好物、いっぱい用意して持て成してやるから」

「はいはい。次、寝てる間に顔にラクガキしたらシャイニングウィザードかSTFの刑だから。そのつもりで」


 手でしっしと、早く帰れという仕草をする紫音に見送られながら、俺とセレンさんは紫音の家を後にした。

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