第35話【陽気な養父、もうすぐ帰るってよ】

『なんだよお前、セレンの職業知っちまったのか』


 一人での寂しい夕食を終え、お風呂に入ろうかどうしようか思案しているところ、光一から電話がかかってきた。

 前回の近況報告が約一週間前。

 こんなにスパンが短いのが初めてのことだった。


 そしてお察しのとおり、今日はセレンさんは仕事で帰りが遅い。

 ここまで毎度毎度セレンさんがいない・出られないタイミングで連絡をよこす光一に、流石の俺も哀れみを感じる。

 

『俺が帰ってくるまで秘密にしておくよう、セレンにお願いしてたんだけどなぁ』

「秘密にする意味が理解できないんだが?」

『だってその方が面白いだろ!? アニメオタクのお前が、セレンが声優だと知ったら一体どんなリアクション見せるのか。親としてカメラに残すつもりだったのによ~』


 前言撤回。


 この悪趣味な養父め!


 奴のことだ、家庭内のみに留まらず、絶対仲間内にも話のタネとして映像を見せびらかすに決まっている。

 単身赴任先でのいい玩具おもちゃになれなくて残念だったな。


『で、どうよ?』


 電話越しの声だけで光一のにやにや顔が容易たやすく想像できて、ウザい。


「何がだよ」

『身内、しかも母ちゃんが声優だと知った時の感想に決まってんだろ』

「いや......これと言って特には」

『リアクション薄っ!』

「そりゃあ、何の前触れも無しに知ったら驚いただろうけどさ」


 セレンさん、無意識なのかは謎だが、結構情報を事前に小出しにしてきたもので。

 それらをまとめたらもしかして? なんて予想もできてしまい、極めつけは俺がフィーネさんの中の人がセレンだと薄々気づいてしまったこと。

 核心に触れぬよう遠ざけて話してきたつもりが、かえって逆効果だったわけで。


「セレンさんに声優事務所を紹介したの、光一なんだってな」

『お、そこまでもうご存じとは』


 セレンさんがお泊り会の時に話していた『旅のお方』というのは、やっぱり光一だった。


 声優という職業に興味を持ったセレンさんに、光一が知り合いの声優事務所を経営している社長に紹介したのが所属のきっかけだとか。


「よくもまぁそんな人脈を」

『ダディをナメたらいかんぜよ。伊達に二つの世界をまたにかけて商売してないぜよ』

「ぜよぜようるせぇ、坂本竜馬か」

『こう見えても俺、現代の坂本竜馬なんて呼ばれてた時期もあったんだぜ』

「今は違うんだな」

『......時の流れって、残酷よね~。あ、そうそう、俺三日後に帰るから』

「またえらく急だな」

『この前近いうちに帰るって言っただろう? 忘れたのか?』


 そんなことを言っていたような気もするし、言っていなかったような気もする。


『ぶっちゃけ、実はもうお前たちの住む世界に帰ってきてはいるんだが、ちょ~っと野暮用があってね。事後処理がまだ時間かかりそうなんだわ』

「ずっと事後処理してていいぞ」

『冷たいこと言うなよ~。俺だって早く愛しの奥さんと息子に会いたくて我慢してるんだから〜』


 うわー、陽気に薄っぺらく喋るもんだから、愛情が全然伝わってこねぇー。

 まぁ真剣に語られても『キモイ』の一言で切って落とすが。


『今回もあんまり長くは滞在していられないだろうが、初めて家族三人揃う機会だ。楽しみにしてるよ』

「了解。嫌がらせレベルにじっくり焙煎ばいせんしたコーヒー豆挽いて待っててやる」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべて言った。


 電話を切ってから、俺はこの家にようやく家族三人が初めて揃うことに、年甲斐もなく胸が高鳴った。


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