第18話【90㌢近くはあるんじゃないか?】

 周りの勢いに呑まれて参加したのはいいけど、冷静になって後悔することがある。


 まさに今がそれだ。


 セレンさんの笑顔とビキニ姿に魅了されて俺はついOKしてしまった。

 ふと下を見れば豆粒大の半裸の陽キャ共がビーチボールで遊んでいたり、流れるプールでは流しそうめんの如く人間が流されていて、軽く下界の者達を見下ろす神様気分を味わえるにもそんな余裕は微塵もない。


 列の順番が回ってきた。


「さぁ、いよいよ私達の番ですね!」


 きらきらした笑顔を俺に向け、気合充分のセレンさん。

 今、私達と言いました?


「危険ですので、彼女さんは背中側から彼氏さんのお腹に手を回してくださいね」


 盛大な勘違いをしている係員さんに指示されるがまま、セレンさんは俺の背中にその豊かなに実ったたわわな果実を押しつけるように抱き着いた。

 いろんな意味で俺の方が危険な状況になった。

 

「あの、セレンさん......!」 


 動揺する俺の声が届くより前に、密着した母と子は長いスロープを滑り始める。

 背中に当たる初体験の感触に敏感に反応する息子ともう一人の息子。

 セレンさんに抱きかかえられるような体勢で派手な水しぶきをあげながら、プールへ着地する母子。


「凄いです! 風と水を存分に浴びれて、なんだか子供の頃に遊んだエルフの谷のことを思い出しました」


 ずぶ濡れのセレンさんは長い髪をかきわけながら満面の笑みを浮かべ、ざぶざぶと寄ってくる。

 こちらも息子の息子が凄いことになっているといくらなんでも言えないから、黙って頷く。


「もう一回乗りましょう。今度は晴人はるとさんが後ろで、私が前で行きますね」

「あんまりやったらセレンさんのイヤリング、途中で外れて無くしちゃうよ?」


 どうにか回避の方向に話を持っていこうとあがいてみるも。 


「その心配には及びません。これは私以外の手では絶対に外れない仕組みになっておりますので」


 セレンさんはイヤリングの付いた耳を指で軽く撫でて胸を張る。

 それ、装着者の身内以外の者を人間の耳に幻覚させるだけの効果だよな?

 安全仕様が受け取り方次第で呪いと取れなくもない。


「イヤリングは大丈夫でも、着水の衝撃で水着が吹っ飛ばされる可能性だってあるから」

「そんな簡単に取れないと思いますけど」


 微笑みながらセレンさんは言った。


「仮に取れたとしても晴人さんが後ろから押さえていただければ良いかと?」

「ダメに決まってるでしょ。何言ってんの......」

「大丈夫です。私達『家族』なんですから」


 セレンさんは俺の腕を抱える。


「......違うのでしょうか?」

「......わかりました。『息子』として、セレンさんにとことん付き合うよ」


 髪色と同色の美しい金色の瞳を潤ませられて断れるわけがなかった。


 今日のセレンさん、いつもと比べて積極的過ぎやしないか?


 特に肉体的な接触が多くてドキドキする。

 いくらプールで開放的になったとしても、はしゃぎ方がまるで純粋無垢な子供っぽい。


「晴人さんのそういう部分、私、大好きです」


 やたらと嬉しそうなセレンさんは、並んでいる最中にもかかわらず俺にくっついている。

 イヤリングの効果で俺以外の人間にはエルフとわからないのだが、それでもセレンさんの美貌は関係なく通用するようで、プールの視線が集中することに。


 最初はセレンさんの水着の衝撃で、セレンさんを見るだけで心臓の鼓動が高まりっぱなしだったけど、徐々に慣れてきた。


 だが密着されて平常心でいられる、そんな仙人じみた領域になんて当然達してはいないわけで。

 

 なので再び俺達の準備になった時、セレンさんが希望通りに俺の前に座り出した時は困った。

 書類上では家族でも、血が繋がっていないどころか種族すら違うセレンさんの、バニラアイスのような乳白色の背中を前にして、この状態でぴったり背中にくっついたら、もう一人の息子の異変に気づくのではないかと心配でならない。


「晴人さん、お構いなくどうぞ!」


 わくわくを我慢できないの子供のような視線を向けるセレンさん。

 躊躇ちゅうちょする俺に対して長蛇の列から容赦なく浴びせられる無言の圧力。

 プレッシャーに弱い俺は耐えきれなくなり、止まなくセレンさんにくっついた。

 あまりの心臓の鼓動の高鳴りが背中越しに聞こえてしまうのではと焦る。 


 こちらの葛藤など全く知らないセレンさんは、俺の腕を引っ張って自身の胸の下に辺りに巻きつけた。


「ちょ、勝手に」


 緊張で声が裏返ってしまいながら俺は言った。


「何を迷っているのですか。早くしないと後列の方々にご迷惑ですよ?」


 セレンさんは言い終わると同時にウォータースライダーを滑走する。

 背中では水流、前ではセレンさんの感触にサンドイッチされながら、地上に戻ってきた俺達は勢いよく射出された。


「おかげ様で、水着は大丈夫でした」


 遠くに吹っ飛んだ俺の元へやってきたセレンさんの頬は、にしては赤くなっていた。


「ごめんなさい、晴人さんの都合も考えないで後ろにしてしまって」


 息子の息子の部分の異変に気づかれて恥ずかしそうにしているセレンさんを見て、俺は二度とセレンさんの背中にくっついて滑るまいと心の中で誓いを立てた。

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