第14話【JKにフランケンシュタイナーされたい性癖なんぞ持ってはいない】

 言って早々、紫音しおんは我が家にやってきた。

 早すぎだろ。


「これ、実家で焼いてきたクッキー」

「わざわざありがとな」


 受け取った紙袋の中身は紫音の手作りクッキー。

 お店でも時折お客さんへのサービスで出しているそうで、味は保証付き。

 まだ少し暖いのは直前に焼いてきた証拠だ。

 

「......セレンさんは?」

「あぁ、さっき連絡があって、もうすぐ帰るってさ」

「そっか」


 心なしか少し嬉しそうな表情を浮かべる。

 セレンさんは今日は早く仕事が終わったそうで、紫音が来ることをメッセージアプリで伝えたら即帰りますとの返信が。

 俺の知らないところで二人して連絡先の交換までしていて、ちょっと寂しい気分になる。

 

「......ねぇ晴人はると、あそこの電球切れそうかかってる」

「どこ?」

「ほら」

「あっ、マジか」


 靴を脱ぎ、玄関に上がった紫音に指摘されて天井を見ると、確かに消えたり点いたり、一定の間隔で明滅を繰り返している。


「俺やっとくから、紫音は部屋でくつろいでいてくれ」


 俺が予備の蛍光灯を取りに物置へ向かおうとすると、紫音まで着いてきた。


「私も手伝う」

「脚立があるから心配無用」


 他人の家の部屋に一人でいるのが嫌なのか知らないが、まぁどっちでもいいや。

 物置(混沌ではない普通の)に入り蛍光灯を獲得。

 続いて脚立を見つけて持ち上げた時だった。

 

「おいおいマジか......」

「どうしたの?」


 指を指した箇所を見て、紫音が思わず『あっ』と小さく声がこぼれる。

 脚立を固定するための金具が片方だけ欠けて無くなっていた。


「俺がこの家に来る前より使ってた脚立だもんな。そりゃあガタの一つもくるわ」


 いわばこいつは俺の兄貴......というわけではないにしても、子供の頃から使っている物が壊れるのは地味にショックだ。

 一応もう片方の金具は無事ではあるが、半分固定できないので危険極まりない。


「じゃあ、なおさら私も手伝った方がいいじゃん。晴人が私を肩車して。私が取り換える」


 淡々とした口調で紫音はさらっととんでもないことを言いやがりました。

 いや、無理だから。

 制服姿の紫音を肩車なんてしたらまっすぐ立てるわけないだろ。

 ていうか、こいつは家に帰ったなら何故私服に着替えてこない。

 ひょっとしてあれか、紫音は学校から帰ってもしばらくは制服でいる派なのか?


「......別に今日じゃなくてもいいか」

「......晴人の根性無し」


 ――俺の、男としての尊厳に紫音は喧嘩を売った。  


「わかった。そこまで言われたらやってやる」


 陰キャ男子高校生の火事場のクソ力をなめるなよ!

 たかだか小柄な同級生の女子一人持ち上げるくらい、どうということはない。

 俺は再起不能になった脚立を元の位置に立てかけた。


「私がいて良かったでしょ?」

「それは無事に取り換え終わったら言ってくれ」


 薄くニヤりと笑みを浮かべている紫音と廊下に戻ってきた。


「言っておくけど、今私、短パンもスパッツも履いてないから」

「お前絶対この状況楽しんでるだろ?」


 俺は恥ずかしい気持ちと戦いながらも紫音に背中を向けて身をかがんだ。

 これは家事、家事、家の蛍光灯を取り換える単純な作業。

 覚悟を決めて紫音が乗りかかるのを待つ。


「紫音、逆だ逆」


 紫音は俺の背中にではなく真正面に棒立ちした。


「......こっちの方が晴人が喜ぶかなと思って」 

「俺の喜びより安全重視で頼む」


 こいつの俺に対して時折する予想外の行動には本当に驚愕させられる。

 紫音の股間にぴったり顔面を密着させてできるわけないだろうが。

 

「安心して。今日は大丈夫な日だから」

「そういうネタはいいから、さっさと後ろに行け」


 早くしないとセレンさんが帰ってきてしまう。

 できればこんな痴態は同居人には見られたくはない。

 俯いてぶつぶつ何かを言いながら、紫音は今度こそ俺の背中に回り込んだ。


 そして重みと一緒に、両サイドの肩から甘い匂いのする白いももがにゅるりと眼横に現れる。

 家に遊びに来た紫音に俺はいったい何をさせているんだ、という疑念をいだきながらも立ち上がろうとする。 

 が、ほのかな温もりの柔らかい太ももに顔を挟まれて、背中がどうしても丸まってしまう。


「晴人、ごめん、大丈夫?」


 本気で心配した紫音の声が聞こえる。


「なんのこれしき......」


 誘惑に負けないように、俺は立ち上がって男を証明しようとする。

 考えてみれば紫音は身長171センチの俺より頭半分低い。

 女子としては長身に入る方。

 そこから計算して体重も女子高生の平均体重よりはちょい上。

 結論から言って、光一に鍛えらえれていた中学生時代だったら十分いけたと思う。


 今? .........無理に決まってんだろ。


 頂点に到達する前に俺の膝は限界を迎え、紫音を肩車したまま垂直落下式に崩れてしまった。

 勢いでその場に大の字に寝ころぶと、今度は顔面に黒い布に覆われた何かを押しつけられた。

 視界は全く何も見えないが、その物体からは太ももとはまた違う柔らかさを感じ、肌触りの良さと蒸れていい匂いのする生暖かさに思わず腰が上がる。


「.......~っ!!!???」


 どこからか聞いたこともない、悲鳴とも動物の鳴き声ともとれるような叫びが響く。

 そこで俺は、今の自分の置かれている状況をようやく理解した。


「ただいま帰りましたー......晴人さん、玄関に見慣れない靴が置いてありましたが、もう紫音さんが来られて......」


 聞き覚えのあるセレンさんの声のあとに、廊下に何かを派手に落としたらしい振動音がこちらに届く。

 最悪なタイミングで継母が帰ってきたことを暗闇の中で知り、快感が悪寒へと変化したのだった。 

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