第1話【俺の養父、結婚しました】

晴人はると、俺結婚したから』


 電話の相手は光一こういち。俺の『父親』をやってくれている人だ。

 今は仕事で各地を飛び回っており、忘れた頃にこうして連絡を寄こしてくる。


「久しぶりに連絡してきたかと思えば、何を冗談言ってんだよ。エイプリルフールはとっくに終わってるぞ」

『本当だって! 俺が愛する息子に嘘なんかつくわけないじゃな~い』


 ハンズフリーにしたスマホから陽気な声が部屋中に響き、気持ち音量を下げた。

 細身で長身のモデル体型、声まで無駄にいいイケオジの光一は結婚経験が一度もないらしい。

 

『まぁ、信じるか信じないかはお前次第だけど。嫌でもすぐわかるさ』

「どういうことだよ?」


 こいつが意味深な発言をする時はロクなことが起きない。


『彼女......俺の奥さんな、明日からそっちの家で暮らすことになったから』

「ハァ!? お前何を勝手に!?」

『だってしょうがないだろう! 若くて綺麗な新妻彼女ちゃんを、俺の危険でデンジャラスな旅に同行させるわけにいかないでしょ〜が!』


 頭痛が痛いみたいな言い方で息子に逆ギレされても困る。

 俺が年上の大人の女性が苦手なのを知ってて決めただけに余計にタチが悪い。


「その言い方だと光一、奥さんを俺に押し付けてまたあっち側の世界に行くつもりだな」

『困っている人からお呼びがかかれば即参上するのが俺の信条なもんでね』

「さらっとカッコつけてんじゃねーよ。毎回依頼人から結構な金額ぼったくってる癖に」

『これはボランティアではなく立派なビジネス。内容に合った報酬を頂戴するのが最低限の権利。そこに少しでも優しさが入れば舐められて、商売が成り立たなくなるってもんよ』


 仕事の詳しい内容のことまでは教えてくれないが、光一はあっち側【異世界】を中心に働いていて、職種は【自営業的なもの】らしい。

 以前、たまたま光一の昔馴染みの知り合いから仕事の評判を聞けたことがあった。

 その人いわく『法外な報酬の請求と引き換えにどんな難題も解決する仕事人』だそうだ。 

 俺の頭の中には真っ先に超・凄腕無免許医のイメージが浮かぶも、普段の陽気でちゃらんぽらんの様子からは欠片かけらも想像できない。


『とにかくだ、俺はまだ暫く戻れそうにないから、彼女のこと宜しく頼むわ』

「............わかった。その代わりできるだけ早く帰ってこいよな」


 息子の俺が親の祝福すべき決定事項に駄々をこねても仕方がない。

 受け入れ電話を切ると、一度大きなため息をつき、俺はすぐさま横のベッドにダイブした。

 明日からこの家で見知らぬ若い女の人と一緒に住む.........一般的な男子高校生

なら歓喜の雄叫おたけびをあげるところだろう。


 ――だが俺は違った。

 断じてこれっぽっちも嬉しくないというわけではない。

 不安の割合が強すぎて心臓の鼓動が早くなり、呼吸もなんだか浅くなっているのを知覚した。

 いつまでもこんなことで動揺してしまう自分が情けなくて悔しい。と明日やってくる女の人は別人だとわかっていても、症状は容赦なく出てしまう。


 ゆっくり息を吸って吐いてを数回繰り返し、俺は手元のスマホからネットラジオのアプリを起動させた。

 光一との電話のタイミングでお気に入り登録されている番組の新しい回が更新されており、すぐさま再生ボタンを押すと。


『こんばんは。聴いている方によってはこんにちは、おはようございますですよね。今日も私に会いに来て頂きありがとうございます』


 透き通るような声が部屋中に優しく流れ渡る。

 毎週月曜日の午後7時に更新され、聴く者に癒しと安心感を与えてくれる『フィーネの純愛』という番組。

 この番組を聴くのが俺の毎日の日課だ。

 ネットラジオは特性上いつでもどこでもスマホで聴くことができるのでとても重宝している。


『先日、下校途中に新しく開店したパン屋さんを発見しまして。校則で買い食いは禁止されているのですが.........美味しそうな匂いに負けてつい買ってしまいました』


 パーソナリティのフィーネさんが自信の近況について話し始めた。

 この番組はネットラジオとしては珍しい『一本丸々、声優さんが役になりきってトークする』タイプで、役の設定もあってかブイチューバーにはない品の良さが溢れている。

 ちなみに演じている声優さんについての情報は一切明かされておらず、制作側の世界観を大事にしている熱意が伝わる。

 そんな番組に俺は偶然にも出会い、そして一目、いや一聴きでフィーネさんに惚れてしまった。


『皆さんは最近欲望に負けてしまったこと、何かありますでしょうか。ありましたら番組までお便りを送って頂けると、フィーネはとても嬉しいです』


 表情まで伝わってきそうな透明感のある綺麗な声色でお願いされて、断れる者等誰もいない。

 俺はベッドから起き上がって机に向かうと、PCを立ち上げて番組に送るメールを作成し始めた。

 明日からの不安を吹き飛ばすかのように......。


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