第22話 ダンジョンのラストボス

「……なんだ? この大きな扉は」


 俺達の目の前には巨大な扉が姿を現していた。黒塗りの重そうな壁だ。


 ただならぬ雰囲気を俺達は感じ取っていた。間違いない。この扉の奥にいるのは凶悪な敵に違いない。


 どうやら、俺達はこの地下迷宮(ダンジョン)から脱出するつもりが、最奥部まで来てしまっていたようだ。


地下迷宮(ダンジョン)というだけあって、その構造は実に入り組んでおり、方向感覚を失ってしまう。


「……どうする?」


「何をどうするのですか?」


「……恐らく、この扉の先にいるのは今まで闘ってきた敵よりも強い敵だ。それもとんでもなくな……この地下迷宮(ダンジョン)のラストボスだ。今なら引き返して、地上を目指す事もできるかもしれないが……」


 多分、一度この扉の中に入ったら逃がしてはくれないだろう。そんなに甘いものではない。そんな気がする。


「なぜそんな勿体ない事をするのです?」


「勿体ない事……?」


「ここまで来て引き返すなんて実に勿体ない事です。大丈夫! 私とロキ様の力があればどんな強敵にでも負けるはずがありません!」


 メルティは胸を張って断言する。


「……だといいけどな」


 だが、メルティの言っている事ももっともだった。あと一歩でこの地下迷宮(ダンジョン)『ハーデス』を制覇できるというのに、ここで尻尾を巻いて逃げ出すというのも、勿体ないのは確かだ。


 当然前に進めば危険(リスク)はあるが、それでもその分、成功した場合に得られる物も多い事だろう。


 悩んでても仕方がない。二つに一つだ。進むか、引くか。結局俺はメルティの言葉に押され、前に進む事を決断した。


 俺は扉を開け放つ。


 ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!


 黒塗りの大扉が鈍い音を立てて開いた。


 そこは真っ暗闇な空間だった。足元もおぼつかないような危険な空間だ。


「メルティ、照らしてくれ」


「はい……。『篝火』」


 メルティが念じると、至る所に炎が生じる。その炎は松明代わりとなって、周囲を明るく照らすのであった。


「……ここは」


 そこは円形のステージのようになっていた。そしてその周囲の底には更なる深い闇が広がっていた。落ちたら間違いなく死ぬ事だろう。


「気を付けろ、メルティ。落ちたらお前でも無事じゃ済まない」


「は、はい……ロキ様」


 俺達が警戒して周囲を見渡していた時だった。


 深い闇の底から――奴が湧き上がってきたのだ。奇声を発しながら。


 キケケケケケケケケ! キケケケケケケ! キケケケケケケケ! キケケケケケケケ! キケケケケケケケケ! キケケケケケケ! キケケケケケケケ! キケケケケケケケ!


「うっ!」


 不気味な奇声に生理的な不快感を覚えたであろうメルティは思わず、耳を塞いだ。


 そいつが俺達の前に姿を現した。黒塗りの不気味な人形。髑髏のような顔をした悪魔のような存在。


 奴は周囲に青白い光のようなものを引き連れていた。それは今まで倒してきた冒険者の霊魂のようなものなのだろう……恐らくは。この地下迷宮(ダンジョン)で息絶えた冒険者達の霊魂をまるで使い魔のように従えているようだった。


「間違いない……こいつが地下迷宮(ダンジョン)のラストボスの『ハーデス』だ」


 俺達が『ハーデス』と遭遇(エンカウント)すると、間もなく、黒塗りの大扉はパタリと閉まり、再び開く気配はなかった。


 せっかく遭遇した獲物を逃がしたくない、という目の前の悪魔の強い意志を感じる。


 逃げる事はできない。一抹の恐怖と後悔の念を覚えざるを得ない。


 ――だが、やるしかなかった。もはや闘うより他にない。ここまで来てしまったのだから、退路など既に失っている。闘って勝つ以外の選択肢がなかった。


 キケケケケケ! 


『ハーデス』は奇声を上げ、死神のような鎌を振るい、襲い掛かってきた。


 こうして俺達とこの地下迷宮(ダンジョン)のラストボス『ハーデス』との闘いが始まったのだ。



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