瑠璃色玉の縁 参

「え!? あの秋葉神社が君の実家って、本当!?」

「そ、そうだよ」

「あ、じゃさ! あそこの神社の御守り、色々御利益ごりやくがあるって噂で聞いたんだけど、そこのところどうなの?」

「あまり詳しくはないけれど、そういう話は時々聞くかな」

「ほえー」

 注文していたコーヒーがテーブルに運ばれて一息つくなり、るいは瑠璃からの質問攻めに合っていた。

「実は、今日美空さんと会う約束をしていたのも、頼まれていた御守りを渡すためだったんだ」

「うそお!? ちょっと美空、なぜそれを早く言わんのだ! わかっていたら、私の分もお願いできたというものを」

「こら、瑠璃! そんなこと言わないの! るいくんが困っているでしょ!」

 美空に叱責され、「えーだってー」と不満げに抗議する瑠璃。

『嬢ちゃんも、祭りのように賑やかなところはあるが、この嬢ちゃんも別の意味で賑やかだな』

 と、瑠璃の態度に呆然とする剛濫。

 これには、流石のるいも思わず苦笑いする。

 るいの実家である秋葉神社。そこで売られている御守りは、実はるいが製作を担当していたりする。

 正確には、御守りの中に入っている護符を作っているのだが、近頃はその効能が良いと口コミで評判になっており、神社の利益にも一役買っているのだ。

 るい本人としては、自分を引き取ってくれた秋葉家に、何かできることをしたいという思いからだったのだが、それが今では、結果として思わぬ形で貢献できているのが、るいには嬉しかった。

 ちなみに、今回美空に御守り製作を提案したのもるいだった。

 蛇女事件に遭遇した時、るいが美空に手渡していた守りの護符。

 あれには、妖怪から身を護る以外にも、周囲から降りかかる厄の縁を振り祓う、魔除けの効果も持っていた。

 この現代において、妖怪と遭遇することは極めて稀なことだ。

 しかし美空はそれに遭遇し、襲われた。

 結果的にるいがその場に居合わせたので事なきを得たが、今後のことを考えると、何かしら自衛の手段があった方がるいも安心できる。

 そのため、護符を身につけやすい御守りという形に拵えたのである。

「瑠璃さんさえ良ければ、今度瑠璃さんの分も持ってくるよ」

「え、良いの!?」

 その言葉に、るいは頷く。

 そして変わらぬ表情を浮かべたまま、るいは一言、こういった。

「今の君には、特に必要だと思うからね」




「え……?」

 突然の思わぬ一言に、瑠璃の表情が一瞬固まった。

 自分には、特に必要?

 この少年は、一体なにをいっているのか。言葉の意図が理解できず、瑠璃は困惑する。

 一瞬ドッキリかと疑っても見たが、対するるいは、表情ひとつ変わる様子がない。

 美空はるいを、少し変わっていると言っていたが、これのことを言っていたのだろうか。

 そう思い、助けを求めて美空に視線を向けた瑠璃だったが、その表情がさらに困惑したものへと変わる。

 なぜなら、そこには明らかに、動揺した表情を向ける美空がいたのだから。

「るい君、もしかしてそれって……」

 何かを察した美空が問いかけると、るいは静かに肯定する。

「"まだ"何かが起きる程ではないよ。けれど、このままにしておくのは、正直良くないかな」

 そういって、瑠璃の方へと視線を向けるるい。

 そして、先程とは明らかに違う真剣な表情で、るいは話し始めた。

「ねえ、瑠璃さん。最近、何か不調を感じたりはしてない?」

「……不調?」

「そう。例えば、身体が怠いとか、疲れが取れないとか」

「そういわれると……」

 確かにここ数日、瑠璃は自身の体調に僅かな不調を感じていた。

 早めに寝たにも関わらず、朝起きても身体が重かったり、日中に眠気を感じることも多い。

 彼女としては、単に疲れが溜まっているだけだと思っていたのだが……

「……どうやら、心当たりがあるみたいだね」

 その言葉に、瑠璃は頷く。

 するとるいは、「やっぱり……」と何かを確信したように呟くと、話を切り出した。

「瑠璃さん。今の君には、厄の縁が絡みついている」

「……厄の、縁?」

 初めて耳にする単語に、瑠璃が首を傾げる。

「わかりやすくいうなら、人に災いをもたらすきっかけとなるもの、かな。その縁が結ばれると、結ばれた人は不幸に見舞われてしまう」

「不幸? それって、怪我や病気になっちゃうってこと?」

「最悪、死を招くこともね」

「そんなまさか……」と、俄には信じられないといった様子で、顔を引き攣らせる瑠璃。

 るいは少し変わっていると美空はいっていたが、突然こんなオカルトめいた話をされても、当然信じられる人間などまずいない。

 きっと、何かの冗談に違いない。

 そう思い、瑠璃は同意を得ようと美空へと視線を向ける。

 しかしそんな彼女に、美空は静かに首を振った。

「実は彼、霊感があって、そういう類の話には、色々詳しいの。だから、そのるい君が話を切り出したってことは、多分そういうことなんだと思う」

「美空は、信じてるの……?」

「……実際に経験したら、流石にね」

 そういって、美空は肩を竦めた。

 現に美空も、過去に妖怪に襲われ、死にかけたことがある。

 それだけでも信じるには十分な理由だが、加えて彼女は、それを斬り伏せるるいの姿も、鬼化した彼の姿も、この眼で目撃しているのだ。

 これで信じないという方が、無理な話である。

 頼みの綱であった美空からも肯定され、瑠璃は俯いてしまった。

 それから、どれほどの時が過ぎただろう。

 脅すつもりはなかったとはいえ、流石に申し訳なくなってきたるいは、なんとかフォローしようと声を掛けようとした。

 すると突然、瑠璃が何か気がついたのか、ハッとしたように顔を上げた。

「ねえ、さっき"まだ"って言ったよね?」

「え!? う、うん……」

「ということは、そうなる前にどうにかしちゃえば、災厄は起きない。不幸にもならないってことだよね!?」

「う、うん。そうだね」

 あまりの勢いに押され、顔面まで詰め寄る彼女に、るいは何度も頷き返す。

 するとその反応に満足したのか、瑠璃はニヤリと笑うと詰め寄っていた顔を引っ込めた。

「なんだ、だったら簡単じゃない」

「瑠璃?」

「それってつまり、元になった原因を突き止めて、どうにかしちゃえば良いってことでしょ? だったら、その原因を突き止めて、さっさと解決しちゃえば、私も不幸にならないし、問題も起こらない。これで万事解決っしょ!」

 これには流石のるいも、呆気に取られた表情で、眼を瞬かせた。

 るいはこれまで、この現代で多くの人に霊的な話をしてきた。

 大抵は仕事上での会話がほとんどだったが、その多くは恐怖に怯えたり、こちらが解決策を提示しても、懐疑的な反応をされることが多かったのだ。

 しかし、ここまで前向きに、かつ瞬時に自分で答えを導き出して見せた者は、果たしていただろうか。

 いや、るいの知る限りでは、誰一人いなかったはずだ。

 いてもせいぜい、剛濫くらいだっただろう。

 それなのに、今眼の前にいる彼女は、最も簡単に――

「ふっ! あはははははは!!」

「る、るい君!?」

「ご、ごめん。まさか、ここまで前向きに答えを言われるなんて思わなかったから。つい……」

 大笑いの反動で溢れた涙を拭いなら、るいは美空に笑う。

 一方で当の本人は、状況を理解していないのか、頭に疑問符を浮かべたまま、こちらを見つめている。

「どしたの? なにか面白いことでもあった?」

「うん……、ちょっとね」

 るいは笑いを堪えながらも、なんとか瑠璃に言葉を取り繕った。


 それからしばらくして、ようやくるいが落ち着きを取り戻した頃。

 瑠璃は改めて、先程のことをるいに問うた。

「でさ。結局のところ、どうなの? 何か解決できる方法、あったりしない?」

 もし彼が霊的な類に詳しいのなら、当然その対処法も知っているはず。

 そんな期待に満ちた眼差しに、るいはただ、自信げな笑みを浮かべるのだった。

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