第50話 リヴァイアサン


 なるほど、連携は入隊一ヶ月の新兵の足下ぐらいには及んでいる。だけど、


「雑」


 言い捨て、俺はギリギリの刹那を見極めバックブーストで後退。


 左右から襲い掛かった生徒は互いを、頭上から襲い掛かった生徒は前から襲い掛かった生徒を攻撃してしまっていた。


 四人は小さな悲鳴を上げて転んだ。


 動揺しながら立ち上がった四人に、俺は刀の連撃を加える。


 進行方向上に正確なブーストを入れるブーストモーションと、全関節を完全にコントロールした妙技で、一人一撃ずつだ。でも四人にはただの一閃に見えた事だろう。


『?』


 何が起こったのか解らない、という顔をしていたので、俺は教えてやる。


「俺のオオクニヌシの刀と俺の剣術なら、お前らの電離分子皮膚を貫ける、下を見な」


 リダ女を含めて、四人の視線が落ちて、一気に顔が崩れた。


 水着やレオタードのようなパイロットスーツの股間部に、真一文字の亀裂が入っている。


 股間部を隠す部分がほぼ落ちて、大事な部分が見える寸前だ。


「あと一太刀入れたら全部落ちそうだけど、次は力加減を間違うかもなぁ」


 殺意と嗜虐をこめた脅しに、四人の女子は股間を押さえて、残りの女子も無様にお尻を向けながら逃げ出した。


「叶恵」

「わふ」


 俺はオオクニヌシを量子化。サクラと一緒に叶恵へ駆け寄ると、その身を抱き寄せた。


「え、朝更っ……~~はうぅ」


 腕の中で、叶恵が体を強張らせる。そのすぐ後に、叶恵は俺に体重を預けてくれた。


「ごめんな叶恵、最初に俺が気付いていたらこんな事にはならなかったのに」

「……ううん、いいの、だってこうして助けに来てくれたんだから」


 叶恵は俺の背中に腕をのばして、やさしく力を入れてくれる。


「ありがとう、朝更」


 耳元でささやいてくれる声と体温が、俺には心地よかった。


「ねぇ朝更、そういえばあたしがレッドフォレストに出場したい理由、まだ言ってなかったよね……これから言うけど、笑わないでよ」


「笑うわけないだろ。言ってみろよ」


「うん」


 叶恵はためらいがちに、おそるおそる言葉を紡ぎ始めた。


「先輩との約束なんだ。レッドフォレストで戦おうって……あたしが中学でMMBを始めた時、三年生に凄く強い先輩がいて、先輩はあたしに色々な事を教えてくれた。でも一年の終わりに、関西に転校しちゃったの」


 見下ろすと、言葉を止めた叶恵の頬に可愛らしい朱色が混じっている。


「元から関西出身の人だから地元に帰るんだけど、それであたし寂しくて、泣いちゃったの。そしたらね、先輩が言ったの『これで、二人でレッドフォレストに出られるね』って。レッドフォレストは東西の最強選手同士が戦う。だからあたしと先輩で優勝決定戦なんてできない『でもこれで同じ中学出身の先輩と後輩で日本一を決める試合ができる。それってステキじゃない?』って言ってくれたの」


 少し嬉しそうな叶恵の言葉は、すぐに力を失う。


「高校に入った先輩は凄かった。県大会を制して関西大会に出場して、レッドフォレストにも出場した。だけど、あたしは全然だった。今年でもう先輩は三年生、あたしと先輩がレッドフォレストで戦うには、今年が最初で最後のチャンスなの」


 叶恵は俺を見上げ、弱々しくなんて無い、凛とした大きな瞳で俺に訴える。


「だからあたしは、何が何でも何とかしないと駄目なの。そして朝更が東京に来ている記事を見て、コーチを頼んだ。乙女チックだとかスポーツ漫画の読みすぎとか言われるかもしれない。先輩は泣きじゃくるあたしをなだめる為に方便を言っただけだ本気にするなって思うかもしれない。でも、あたしは本気なの!」


 ……まぶしいなぁ。


 俺は目を細めて、叶恵を慈しむようにして頭をなでる。


「笑わねぇよ……いいか叶恵」


 俺は歯を見せて笑った。


「俺が、お前を全国覇者にしてやるよ」


 叶恵の顔に、弾けるような笑みの花が咲いた。

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