第48話 悪の謀略


 叶恵が連れてこられたのは、地下の駐機場だった。


 校舎と違い、無機質で冷たい感じがする場所で、事実地下のせいか少し気温が低かった。


 量子化技術は便利だが、精密機械である量子変換機が壊れると中の量子化しているものも失われる。


 その為、回りには量子化せず、再構築されている練習用機のアシガルが大量に並び保管されている。


「こんなところでなんの用ですか?」

「はい、ちょっと機体で確認したいことがあるんです」

「学園支給の変換機を貸してくれますか?」

「あ、はい」


 叶恵は言われるがままに、耳の後ろにつけている変換機をはずして手渡した。


「もしかして不正チェックですか?」

「ええ、まぁそんなものです」


 上級生は、叶恵の愛機の量子データが入った変換機を受け取ると背を向けて離れて行く。


「心配しなくても、違法改造なんてしてませ」


 それ以上は言えなかった。

 一発のヒザ蹴りが、叶恵のみぞおちに深くめり込んでいる。


「あ……くっ…………」


 膝を折る叶恵の体を、他の生徒が支えた。

 駐機場の軍事甲冑の影から、次々生徒が出て来る。

 その数七人、元からいた三人を合わせれば全員で一〇人だ。


「……っ、あんた達、何を」

「ムカつくんだよね!」


 奥から出て来た、リーダー格と思しき女子が声を尖らせる。


「この学校の代表はね、生徒会長なの! あんたみたいな無名の雑魚じゃないの!」


 天井の照明の真下にいるため、足下に濃い影を落として彼女は熱弁する。


「それが何! 現人神だかなんだか知らないけど、あんな化物連れて来て専属コーチですって? 笑わせるんじゃないわよ!」


 周囲の生徒も、同意して野次を飛ばす。


「現人神……」


 その単語で思い出す。

 よく見ると、その中には叶恵と心美が外で話した時、心美を愛でていた生徒がいた。


 もっとも、その三人はちょっと怯えた表情で、心配そうに叶恵を見ている。


 リーダー格の女が別にいる所を見ると、なるほど、おそらくは叶恵と心美の会話を雑談混じりに喋り、それを聞いたリーダー格の女が過激な行動に出た。といったところだろう。


「だからさ、あんた会長が不戦勝になるまでここにいてもらうから」


 世界中の悪意を圧縮したような笑みに、叶恵は心臓が止まるかと思った。

 怖い、泣きたい、すぐにでも逃げ出したい。

 色々な感情が湧き上がって、朝更の顔を思い起こす。


「あさ……らぁ……」


「あさら? あー、桐生の下の名前か、そうそう、最初聞いた時は驚いたわよ。あんたみたいな無名の奴がニューヨーク州チャンピオン倒すなんておかしいと思ったら、桐生がコーチになったのはあんたの専属コーチになったからって言うんだもん。そんなインチキしてれば勝って当然よね」


「そんな! 強い人にコーチ頼んだだけで」

「うっさい!」


 リーダー格の女子が、叶恵の頬を手で叩いてからむなぐらを掴んだ。


「一年のクセにごちゃごちゃ言い訳してんじゃないわよ。あんたみたいな女ムカつくのよね。言い訳や理屈ごねて自分の行動を正当化して、何様のつもり?」


 叶恵は、この女子に常識が通じない事を悟った。


 この女子は最初から人の話を聞く気が無い。


 答えは彼女の中で決まっていて、願望を叶える為ならばどんな拡大解釈をしてでも自分を正当化する。


 専属コーチなど、裕福な家の子の多くがつけている。


 そしてそうした子の専属コーチは、当然それなりの実績を持っている。


 替え玉で朝更が叶恵の代わりに戦っているならともかく、戦場の英雄にコーチを頼んだだけでインチキという解釈は無理がある。


「まっ、おとなしくここにいれば、痛い目あわずに済むわよ。これで会長は不戦勝」


 叶恵が目を大きく開いて、奥歯を噛んだ。


「まぁ、そもそもあんたが会長に勝てるわけが」

「それは駄目」

「は?」


 叶恵の心臓が高鳴る、血が熱くなる、両手が握り拳を作る。


「あたしは、何が何でもレッドフォレスト杯に行かないといけないの……」


 だってそれが彼女との約束だから。

 今年が約束を果たせる唯一のチャンスだから。


「でないと」


 叶恵は、凛とした闘志の眼差しでリーダー格の女子に突き叫ぶ。


「先輩が卒業しちゃう! あたしは約束したの! 大会で決着をつけるって!」

「っ」


 リーダー格の女子は一瞬怯んで、しかし吐き捨てる。


「はっ、わけわかんない事言ってんじゃないわよ! そういう態度取るんなら」


 リーダー格の女子が、拳を握った。


「痛い目にあって」


 その時、その場にいた叶恵を除くすべての女子が脊髄反射で身をすくませた。

 瞳を硬直させて、全身から冷や汗をかいて、背骨を槍が貫通するような悪寒を味わった。


 退化した野性の本能が、DNAに刻まれた原子の記憶が捕食者の来訪を報せ、全身の細胞が悲鳴をあげた。


 恐竜のように重々しい足音に振り向くと、そこには伝説の巨龍、リヴァイアサンが矮小な生き物を見下ろしていた。


『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ‼』

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