第17話 保存食を作りたい


 次の日の朝。俺は家で、アオイと一緒に毛皮で防寒具を作りながら考え込む。


 しかしながら難しい問題だ。


 そもそも冬は雪のせいで地面が見えないし、木も実や葉をつけない。物理的に食糧がないものはどうしようもない。


 まるでなぞかけだ。冬でも採集する方法、これなーんだ、ってか? うっさいわ。


 ならこれ以上、狩りの獲物を増やすか。



 いや、それでは確実性がないな。


 仕方ない。ここはみんなに犠牲になってもらって、俺が獲って来た獲物は長老と我が家だけで消費することにしよう。


 そもそも俺単独で獲った肉をみんなに分けているのは俺の優しさだ。義務でも何でもない。ていうか集落全体で分けあうのは、大人組みっていうか、一応俺も大人だから、年長者組と言おう。年長者組の獲物を集落全体で分けるのが本来の在り方だ。


 俺一人の収穫を当てにすることのほうが間違いだろう。


 まぁ我が家だけでは喰いきれないので、実際には仲間とガキたちには分けてやることになるだろうが。


「ん? 待てよ」

「どうしたのアギト?」


 喰いきれない。その単語に、俺は思いつく。


 現状、我が家では俺の収穫量を消費しきれないので、集落のガキたちに分けている。その余剰分を、一部だけでも冬に持って行けないだろうか?


 肉はすぐに食べないと悪くなってしまう。


 でも俺は覚えている。


 ガキの頃、山菜のかけらが家の隅っこに落ちていて、カラカラに乾いていた。試しに食べてみると、硬いし味は悪いけれど、まずくはなかった。それに、俺は腹を壊さなかった。


 あのときは特に何も思わなかったけれど、もしかすと食べ物って乾かすと腐らないんじゃないか?


 試してみようと、俺は昨日の残りの肉を振り返る。


「ねぇアギトー」


 アオイに呼ばれているのに気づいて、俺は頭をかいた。


「おうアオイ、悪いなぼーっとしていて。でもちょっと試したいことがあるんだ。残りの肉、ちょっと使うぞ」

「肉? 食べるなら茹でたのが鍋土器に残っているよ」

「鍋土器に?」


 アオイに言われた通り、鍋に使っている大きめの土器のなかを覗き込むと、水につかった肉があった。


 昨日の夜に食べ残して、今日に食べようと思ったやつだ。


 そういえば肉を乾燥させるときって、一度茹でた肉のほうが良かったりするのだろうか? いろいろと試してみよう。

 そう考えながら、すっかり冷めた水のなかの肉をつまみあげると、肉の匂いに違和感を覚えた。


「ん、これ、匂いが悪くないな」


 茹でて一晩経った肉は少し悪くなるので、食べるときはもう一度茹で直す必要がある。でもその肉は、茹で直す必要を感じない。匂いに変化がないのだ。


「これ、海水で煮込んだ肉だな」


 この集落の南には海がある。


 集落では定期的に海の水をくんでくる。沸騰させて塩を作ったり、直接海水で食糧を茹でたりするのだ。


 いままでは食糧が余るなんてなかなかないので気づかなかったが、海水で茹でた肉は劣化が遅いのだろうか?


 水と海水の違いは、しょっぱいかどうかだ。


「もしかして」


 俺の頭のなかで、火花が散った。

 塩が腐敗を防ぐ?

 俺はその肉を喰った。やっぱり、味に問題はない。


「悪いアオイ。防寒具作り任せた」

「ちょっ、アギト?」


 アオイには悪いが、俺は防寒具作成を中断。毛皮でくるんでおいた未使用の肉を薄くスライスすると、外で日当たりの良い木の枝に引っ掛けた。


 続けて、土器の底に塩を敷き詰め、薄く切った肉を乗せ、また塩を敷き、また肉を乗せる。それを繰り返して、肉を塩に漬けこんだ。


 あとはしばらく放置して、腐るのにどれだけ時間がかかるかを待つばかりだ。


「アギト君、みんなが呼んでいるよ」


 家のなかで作業にいそしむ俺に声をかけたのは、おじさんだった。


 そういえば、そろそろ狩りに出かける頃だ。


 本当は、もっといろいろな干し方や、塩の漬け方を試したかったのだが……


 おじさんは、俺が手にしている土器に気づくと、首をひねった。


「アギト君、それはなんだい?」

「ああ、これですか?」


 俺は、『干し肉』と『塩漬け肉』(俺命名)という保存食の研究にとりかかっていることを告げた。すると、おじさんは驚いた顔をしてから、表情を明るくした。


「わかった。そういうことなら、あとは僕がやっておくよ」

「いいんですか?」


「うん。見ての通り、僕はもう狩りに行けないしね。ものごとは適材適所。狩りの天才であるアギト君が狩りを休むのはもったいないよ。僕が色々な干し方や塩の漬け方を試しておくから、アギト君は狩りに行っておいで」


 成功するかもわからない俺の計画に他人を巻き込むのは気が引けた。でも、俺はすぐに考えを変えた。


 おじさんは足が不自由になってから、随分とそのことを気にしている。


 子供たちの先生以外にも役割を持つことは、おじさん自身の願いでもある。


 俺は大きく頷いて、おじさんに土器を渡した。


「じゃあ頼みましたよおじさん。俺は材料になる肉をどっさり獲ってくるんで」

「うん、任されたよ」


 俺は石槍をつかむと家から出て、外で待つ仲間のもとへと急いだ。

  

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