古代飯を再現してみました

隠井 迅

アントレ:〈生〉配信のトラブル連鎖

 大学三年生の吉川美広(きっかわ・みひろ)は、比較文化論のゼミに所属している。

 そのゼミでは、文献以外に、フィールド・ワークに基づいた口頭発表をする事になっていた。

 しかし、実家にて、〈在宅〉でオンライン受講をしている美広は、取材のために外出するのが難しい状況にあった。

 そこで、ちょっと変わったゼミ発表をする事にしたのである。


「さて、今日の発表者は、オンラインだったよね。

 ミーティング・アプリは機能しているかな?

 まずは状況確認をしようか。発表者の方、僕の声が問題なく聞こえていたら、返事をください」

「はい、大丈夫です。聞こえています」

 教室に常設しているスピーカーから、発表者の声が流れ出てきた。


「それじゃ、今日の発表の際に使う資料って、何かあるかな?」

「はい。わたしが撮影した動画を使います」

「オッケー。

 今、ホストの僕にしか〈共有画面〉が使えない設定にしてあるので、ちょっと待ってて。速攻で、君にも使えるように、〈共有画面〉の設定を変更するから」

 そう言った担当教員の隠井は、素早く設定の修正を行ったのであった。


「これで、大丈夫なはず。多分、君のミーティング・アプリにも〈画面共有〉って項目があるので、まずは、ディスプレイ上にファイルを開いてみて。それから、〈画面共有〉をクリックした後に、見せたいファイルを選べば、教室の僕のPCにも、それが反映されるはずだから。

 とりあえず、先ずは、その動画を〈共有〉させてみて」

「それでは、今日流す予定の動画の冒頭を、ちょっと流してみます」

 しばらくした後、発表者のPC画面が共有され、動画が流れ出した。

 しかし、映像は問題なく流れているものの、音声は無音のままであった。


「あれ、今日の動画って、〈活弁〉っぽくやるの?」

「先生、〈カツベン〉って何ですか?」

 発表者の美広が、隠井に問うた。

「えっと……。〈活弁〉ってのはさ……、大昔の映画って音声がなかったんだよね。それで、流れている映像に合わせて、実際に映画館にいた人が、その場で映像に合わせて音声を付けてたんだ。それが活動写真弁士で、略して、〈活弁〉だよ」

「なんか、イヴェントで、声優さんが、その場で映像に声を当てるのに似ていますね」

 教室にいる受講生の一人から、そんな感想が漏れ出た。

 一方、発表者の吉川美広は、というと――

「えっ! そんな高度なことをするつもりはありません。私の動画には、そもそも音声が入っているはずです。今、自宅のパソコンからは音が流れているのですが……」


「うううぅぅぅ~~〜ん、奈辺に原因があるのかな? 動画は観れているし、君の声も聞こえているから、最悪、〈カツベン〉でやってもらえば、発表はできるとは思うんだけれど」

「そんな……」

「そうだっ!」

 隠井は、原因が思い当たった。

「画面を共有させる際に、多分、左下の隅だと思うんだけれど、〈音声共有〉脇の〈□〉ボタンに〈☑〉を入れたかな? この四角をチェックしておかないと、コンピューター内の音声が共有できないような仕様になっているんだよ、このミーティング・アプリは。

 それじゃあさ。一回、今の〈共有〉を停止させて、音声ボタンをチェックした上で、改めて、画面の共有をしてみて。慌てなくていいからさ」

「先生、わかりました。わたし、やってみます」


 数十秒後、再び隠井のホストPCに、一時停止されている、美広の映像が反映され、それが、教室前方のスクリーンに投影された。

「それでは、動画を再生してみますね……。」

 発表者の自信なさげなか細い声の後、一時停止されていた静止画が動き出した。


 それと同時に――

「ちょっと、お母さん、粉の水気を切っておいてって言ったでしょっ!」

「もう、怒鳴らないでよ。なら、全部、自分でやりなさいよ。ちゃんと準備をしておかないから、あなた、慌てるのよ。いつも言っているでしょっ!」

 そんな母娘のやりとりが、教室のスピーカーから流れ出てくると、その直後、動画は緊急停止された。


「「「「「「「……………………………………」」」」」」」

 教室に満ち満ちている気不味い空気が緩和するまで数十秒かかった。

 しばしの沈黙の後、ようやく、発表者の声がスピーカーから流れ出てきた。

「……。先生、動画の音声って、そっちにも聞こえちゃっていました?」

「……。う、うん。……。でも、これで、動画の音声自体に問題はない事は確認できたよね。

 え、えっと……、そ、その内容は聞かなかったことにしておくよ。

 まっ、リアルタイムでの配信では色んな事が起こり得るよね、こんなのオンラインあるあるだから、気にしないで」

「はっ、はずかしいいいぃぃぃ〜~~。

 本番用の動画ではなく、テイクワンのNG動画を流しちゃいました。

 ビエンです」

「まあ、映像と音声は、きちんと機能しているみたいなので、僕が教室で出席確認をしている間に、発表に向けて、君の気持ちを落ち着けておいてくださいね」

「は、はい……」


 そうして、隠井は、講義開始前の出席とイントロの四方山話を、いつもよりも少し長めにしたのであった。

「さて、そろそろ大丈夫かな?」

「はい。整いました」

「それじゃ、お願いします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る