第三十六話「ブートキャンプ的なアレ」



「ちょっといいか?」



 ゴリス達の現状を知って、さらに二日が経過した。あれから、何回かモンスターの襲撃があったが、やはり彼らの連携はまるでなっていなかった。



 襲ってきたモンスターのランクがたまたま低い相手ばかりだったため、拙い連携でもやってこれてはいたが、ランクの高いモンスターが現れれば、たちどころに瓦解するほどに危うい状態だった。



 そんな彼らの戦いをやきもきしながら観察していたサダウィンだったが、とうとう我慢の限界を迎え、彼らに模擬戦をしたいと申し入れるのを装って少しだけ戦闘の手ほどきをしてやることにした。



 ゴードンがなぜ自分にこの指名依頼を受けさせたのかという意図を考えた時、彼らの現状を理解させたかったという予想ができる。そして、彼らの現状を何とかしたいギルドとしては、他の冒険者から戦闘についての何かを彼らに学ばせたかったのではないだろうか。



 仮に他の冒険者が彼らに何かをしなくても、自分たちの置かれた状況を理解させることで、少しでも自分たちで何とか改善させる方向に持っていこうとしてくれればギルドとしても願ったりなはずだ。



「あんたがあたしたちと模擬戦? しかも、四人同時に相手にするですって!?」


「そうだ。あんたらも薄々気付いてるんじゃないのか? 自分たちの連携がまったくなってないってことに」


「うっ」



 サダウィンの指摘はどうやら的を射た発言だったようで、サリィが反論の言葉を失っていることから、それが事実であるということを物語っていた。そして、さらに挑発するようにサダウィンはこう付け加える。



「今までの戦いから、あんたら四人同時に相手にしても問題ないと判断した。俺の鍛錬に付き合ってくれ。その代わりといっては何だが、連携についてのあれこれを教えてやろう」


「な、なんであんたみたいな子供に教えられなくちゃならないわけ? ふざけえるのもいい加減に――」


「負けるのが怖いのか? まあ、そうだよな。俺みたいなガキに負けたとあっちゃ、冒険者としても年上としても立つ瀬がないだろうからな。無理なことを言った。さっきのは忘れてくれ」



 まるで相手を小馬鹿にしているような挑発的な態度でサダウィンは言い放つ。あまりにもあからさまな態度に、サリィだけでなく他の三人も険悪な雰囲気が漂っている。



 踵を返してその場を離れようとするサダウィンの背中に「待ちなさいよ!」と声が掛けられる。振り返ると、額に怒りマークを浮かばせたサリィの顔があった。



「そこまで言われてこっちも引き下がるわけにはいかないわ! いいわよ、やってあげる。みんなもそれでいいわよね?」


「落ち着けサリィ。相手はまだ子供じゃないか。ムキになるなよ」


「よく言えたものだな。戦闘中にただ猪みたいに突っ込むだけの筋肉馬鹿」


「……」



 サリィを止めようとするゴリスにこれまた挑発的な発言を繰り返す。そして、それは他の二人にも浴びせ掛けられた。



「そっちの貧弱優男はただ顔がいいだけの役立たずだし、そっちの神官はただ乳がデカいだけの能無しだ」


「な、なんだって!」


「の、能無しですって!」



 サダウィンの言葉に、怒りが湧いてきた四人が彼を射抜くように睨みつける。挑発が成功したと確信したサダウィンが、さらに止めの一言を刺す。



「これなら、一人で依頼を受けてた方がよっぽどマシだっただろうな」


「いい加減にしなさいよ! 黙って聞いてれば好き勝手言ってくれちゃって!!」


「なら、掛かってこい。自分たちが役立たずの能無しでないことを証明してみせろ」


「上等じゃないやってやるわよ!! みんなもあれだけ言われて引き下がるなんて言わないわよね?」



 これだけコケにされて引き下がっては、冒険者としても人としても沽券に関わると考えたのか、それ以上サリィを止めることはしなかった。



 サダウィンとしても、依頼中に彼らとの仲が険悪になるのは避けたかったが、彼らの実力では今後冒険者としてやっていけるかどうかも怪しく、下手をすれば今回の依頼中に死人が出る可能性もある。



 彼らとの仲と今後の彼らの境遇を天秤に掛けた結果、サダウィンは境遇を選択することにしたのである。



 彼らと模擬戦をすることになったのはいいが、今は依頼の最中であるため、依頼主のヨルクに許可を取らねばならない。そう思い、サダウィンが事情を説明したところ。



「こちらは問題ないよ。……それに、私の目から見てもあの人たちの連携はかなりマズイものとわかるからね」


「協力感謝する。まあ、それほど時間は掛からない。すぐに終わらせる」


「やり方は任せるが、できれば怪我のないようにしてやってくれ」



 無事に依頼主の許可が出たところで、少し開けた場所に五人とも移動する。これから始まる戦いは、本来であれば依頼には全く関係のないものだ。だが、同じ依頼を受けている以上、実力が乏しい相手との共闘は、下手をすれば自分の足を引っ張りかねないお荷物に等しい存在となってしまう。



 増してや、今は護衛依頼という護るべき対象がいる。自分たちの実力が伴わなければ、最悪の結果すら招きかねない。だからこそ、サダウィンは彼らを挑発し、少しでも自分たちの欠点に気付いてほしいと考えたのである。



「本当に俺たち四人を同時に相手にするつもりか?」


「そうだと言っている。まあ、すぐに勝負の決着はつくだろうから、安心して掛かってきてくれ」


「……そうか、ならこちらも遠慮はしない。全力で行かせてもらおう」


「そうしてくれ」



 サダウィンの言葉に、最後の良心を捨て去って本気で戦いを挑む決意をするゴリス。それに続くように他の三人が武器を構え臨戦態勢を取った。



「じゃあ、始めるぞ。先手は譲ってやるから、好きなタイミングで掛かってきてくれ」


「ならば、行くぞ!!」



 戦士ゴリスの掛け声と同時に、まずは前衛職の彼と剣士のヴァンが前に出た。しかし、その足並みはややゴリスの方が早く、ヴァンが少し出遅れた形となっている。



「はぁっ」


「思い切りがいいのは悪くはないが、まずは前衛のヴァンとの足並みを揃えろ。あと、武器の扱いが大振り過ぎる。もっと隙を少なくするようコンパクトに武器を振るえ!」


「なっ」


「ふっ」



 サダウィンの助言のような言葉に戸惑っていると、彼の放った横薙ぎの一撃によって強制的に後退させられる。次にサダウィンに迫ってきたのは、剣士のヴァンだった。



「はっ、やっ、はぁっ」


「手数が多いのは利点だが、一撃一撃に腰が入っていない。スピードを重視するあまりに一撃の重みが疎かになっている証拠だ。剣を振る時にもっと自分の体重を剣に乗せることを意識しろ。こんな感じだ」


「えっ、うわっ」



 そう言いながら、実演するようにヴァンに体重の乗った一撃を放つ。咄嗟に剣で受けたが、その衝撃は大きく体ごと吹き飛ばされてしまう。



「『火よ集え。そして、我が敵を討て』 【ファイヤーボール】!!」



 ヴァンが吹き飛ばされたタイミングで、サリィの放ったファイヤーボールがサダウィンを襲う。だが、その狙いは曖昧で少し横にズレるだけで簡単に避けられてしまう。



「か、躱した!? しかも、あんなあっさりと」


「魔法に対する習熟が甘い。狙う時はもっとしっかりと狙え。あと、今回はたまたまのタイミングだったが、魔法を放つときは味方との位置を考えて使え」


「『光の力よ。かの者を癒し、安息を与えよ』 【ヒール】」


「回復のタイミングが早い。まだヴァンは動けるぞ。味方の受けたダメージと今後受けるダメージを想定した回復の使い方をしろ。それと……後衛は常に狙われやすいということも覚悟しておけ」


「えっ、い、いつの間――いたっ」


「は、速すぎるわよ!? さっきまであっちにいたのに!」



 ゴリスとヴァンを後退させたところで、次はミネルバとサリィの後衛組にも助言をする。サダウィンは足に身体強化を施し、五メートル以上離れている後衛二人組に瞬く間に接敵し、驚いているミネルバのおでこにデコピンをお見舞いしたのだ。



 呆然とサダウィンを見つめる四人組に対し、彼はただ淡々と指示を出す。それはまるで、かつての地球で一世を風靡したブートキャンプ的なアレを連想させる光景であった。



「もう一度、同じ場所からやり直しだ」



 自分たちよりもはるかに年下の男の子に子ども扱いされていることに一瞬ムッとしたが、彼にはそれだけの実力があると改めて認識を変える。そして、彼の口から出てくる言葉は自分たちの戦闘の助言であるということにも薄々気付いていた。



 そして、何より彼が口にした「すぐに勝負の決着はつく」という言葉は虚言でも虚勢でも何でもなく、ただ冷静に自分たちの実力と自らの力量を推し量った結果出てきた言葉ということを理解させられた。



(彼が本気になれば、全員一瞬で殺されている。それだけの実力差があるということか……)



 自分たちよりも格上の存在だと改めて認識したことで、彼の助言の重要性を理解する。そして、その助言は自分たちに向けられているのだとも……。



 そこから、幾度も模擬戦が行われ、その度にサダウィンが細かく助言をしていく。最初は自分勝手に動いていた彼らも、どう動けばいいのか指示を出せばしっかりと動けるようにもなっていった。



 伊達にFランクに上り詰めたわけではなく、個々の実力はしっかりとFランク相当であるため、瞬く間にサダウィンの助言を実行し自分たちものにしていく。



「今日はここまでだ。明日までに俺が今日言ったことを頭の中で整理しておくように。あと、後衛の二人はちゃんと魔力操作の訓練を実施すること。以上だ」


「……」



 ぐうの音も出ないとはまさにこのことで、あれからただの一度もサダウィンが彼らにクリーンヒットを許すことはなかった。まさに完全勝利である。



 最初は突っかかっていたサリィも、彼が模擬戦中に放った無詠唱のファイヤーボールを見て衝撃を受け、「魔力操作の訓練を毎日やれば、できるようになる」という彼の言葉に歓喜し、今では彼の助言を素直に聞くまでに様変わりしていた。



 それから、ヨルクの元へと戻ったサダウィンは、ゴリス達が今日は使い物にならないことを説明し、彼の厚意で今日はこのまま野営に入ることになった。そして、その日はサダウィンが寝ずの番をすることで彼らを休ませた。当然自分たちも番をすると抗議したが、彼の放った「そんな疲れた体では役に立たない。休むことも冒険者の仕事だ」という言葉には反論できず、結局全員休むことにした。



 自分たちの中で一番冒険者としての経験が浅いにもかかわらず、最も冒険者らしいサダウィンにゴリス達一同は、お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべるのだった。

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