1-4 曰くつきの駐輪場
「別に遠くじゃない。すぐそこ」
「そうか」
頷きつつスニーカーに履き替え、昇降口を出てすぐ左に曲がる。すぐそこの校舎の角を左へ曲がると、校庭の方へと向かう十メートルほどの小道があり。
「随分、素直についてきてくれたね」
小道の両脇は自転車置き場になっていて、俺たちは左右に所狭しと停められている自転車の間を通って進んだ。自転車の泥除けに貼られた学校指定のステッカーがちらちらとカラフルに、視界の隅を彩っていく。
「……注目されるの、あんまり得意じゃない」
「成程ね」
何が成程なのかは分からないけれど、そこで桐山はあっさり退いた。深く突っ込んでこないその姿勢には少し好感が持てる。いまだに謎が多い奴だけど。
兎にも角にも、俺たちは黙々と歩き。校舎の曲がり角まで来てまた左に曲がり、少し進むと自分たちの教室の窓の近くだ。
一年生の教室は一階部分にあり、校庭に面している。クラスはA組からH組まで。ついでに言うとA組からF組の教室の前には等間隔に水飲み場が並び、俺たちのクラスG組と、一番端のH組の前は自転車置き場になっている。
桐山はG組とH組の境目くらいで立ち止まった。その目線は自転車置き場に停められた自転車たちに注がれている。
「『ついてきてくれないか』って、ここに?」
「気になる話を聞いたんでね」
桐山は俺の質問に答えるわけでもなく、突然そんなことを言い出した。
「気になる話?」
「新入生たちの間で、少し話題になってる噂があって」
ぐるりと周りを見回しつつ、桐山が目を細める。
「このあたりの自転車置き場は『曰く』つきらしくってさ。事情を知っている上級生はここいらには自転車を停めないらしい」
「曰くつき?」
俺は桐山の言葉に戸惑って、思わず停まっている自転車たちを見回した。俺もここに、自転車を停めているんだが。変なことが起こるのならだいぶ困る。いや別に、怪談話なら怖くもなんともないのだけれど、その「曰く」とやらが人間起因のものであれば気味が悪いと言わざるを得ない。
そう思うと同時に、俺は気が付いた。
「確かにこの辺、一年生しか停めてないな。泥除けのステッカーが全部赤色だ」
この高校には、多くの生徒が自転車で通学してくる。外部の者が紛れて駐輪しに来ることがないように、各生徒には東和高生である目印として、自転車に貼るステッカーが配られるのだ。学校の校章が白抜き線で印字されたそのステッカーは、学年ごとに色が違う。一年生は赤、二年生は青、三年生は緑。
そして今、目の前の駐輪スペースに停められている自転車のステッカーの色は全部赤。俺たち一年生のカラーだった。
学校の駐輪スペースとして指定されている箇所であれば、学年関係なく誰もがどこにでも自転車を停められる。現に俺たちがこれまで通ってきた駐輪スペースのステッカーはカラフルだった。こんな赤一色ではない。
「だろ? 不思議だよな?」
「うーん……」
本当のところを言うと『曰くつき』の内容とやらが気になるけれど、こいつの表情を見ていると素直に答える気が失せる。その完璧な笑顔、今ここで無駄に振りまかずに女子に向ければいいのにな。いつもそれで疲れないんだろうか。
「フ・シ・ギ・だ・よ・な?」
底知れない笑みを浮かべて、さらにそう重ねてくる桐山。さっきと同じセリフだが、言葉の圧が三割増しだ。肯定の意を示さないとどうも会話が終わりそうにない。
「まあ、その『曰く』が妙なことじゃないのかどうかは確かめたいところかも、しれない」
「よくぞ言った」
背中をバシンと叩かれる。地味に痛い。
「というわけで、君にこの駐輪スペースの『曰く』が何なのか、解いてほしい」
「……へ? 俺?」
「そう、君が」
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