嫌な予感は外れてくれない

「それでそれで? その部活の先輩がそんな横暴なんだー? ヒドいねー」


「そうなんですよー! 本当信じられない!」


 ……笠山コウタロウとかいう偽名を名乗った、風間小太郎の問い掛けに、女子テニス部の部員さんが答える。


 僕……神山アマトという偽名を名乗った神乃ヶ原天は、小太郎がいきなりチャラ男よろしく隣の席に突撃した瞬間は、滅茶苦茶に肝を冷やした。


 ……何やってるんだこのバカ野郎。ぶち壊しだ、と。


 当然、同じ制服とはいえ、いきなり話し掛けてきたチャラついた茶髪野郎に、彼女達は警戒心を剥き出しにした。


 だが、小太郎が僕の方を見て、『こいつも一緒に話に混ぜて貰っていい? こいつシャイで女性慣れしてないから、特訓してあげたいんだ』と告げた途端、彼女達は一斉に『えー、私はいいけど、どーするー?』みたいなことを高い声で言い出したのだ。


 そこからはあっという間だった。僕達は特等席で彼女達の愚痴を聞けている。


 ……マジか。信じられないほど上手くいっている。こんな簡単でいいのか?


 正に小太郎マジックと言っても差し支えない謎の現象に、僕は戸惑っていた。


 戸惑うと言えば、彼女達の態度もだ。


 何かしら話が一区切りする度に、『神山くんはどう思う?』と上目遣いで訊いてくるのだ。


 僕が若干キョドリながら『え、酷い話ですねー』と返すと、『可愛い』と実におかしそうに笑う。


 もう意味が分からん。が、とりあえず上手くいっているのは分かる。だからここは小太郎に任せて、僕は話題を振られた時は同調する、を繰り返すのみだ。


「で、その女子部の部長さんて、そんなにおっかないの?」


 小太郎がそう質問する。


「もう、ヒスババアって感じ」


「絶対将来お局になるよね」


「ねー」


 部員達は口々に文句を言う。


「でもそれって先生がいないから、部長の自分が部員達をまとめなきゃって気合が空回りしてんじゃね?」


 僕が『そんなに気に入らないなら本人に言えよ』と口にする前に小太郎が口を挟む。


「違う違う。絶対違う」


「あれはね。完全に個人的な嫉妬」


 即座に否定する部員達に、僕と小太郎は目を合わせる。


「個人的な……嫉妬?」


 僕はオウム返しに訊く。


「男テニの部長とウチの部長って付き合ってんのね」


「うんうん、確か部長同士が付き合うって伝統があるんだっけ?」


 小太郎がにこやかに続きを促す。


「そう。そのおまじないみたいなのに憧れて、入ってくる人達も結構いるんだけどさ」


「うんうん」


「でも男テニの部長って超チャラいのね」


「マジで!? 俺とどっちがチャラい!?」


「あはははは! いい勝負してるけど向こうのがチャラい!」


「ちくしょー!」


 小太郎が渾身の演技で場を盛り上げてくれる。僕はコレが僕の為なのだと思うと、若干感動すらしていた。 


「私、入部してソッコーで声掛けられたもん」


「あたしも」


「ウチも」


「俺も!」


「あんた女子でもテニス部でもないでしょ!」


 小太郎のボケに爆笑が起こる。す、すごいなこいつ……! 僕は完全に置いてけぼりだ。


 ……小太郎を連れてきてよかった。


「でさ、その彼女……女テニの部長の嫉妬を買っちゃってさ。もう八つ当たりのしごきがキビシーの何の」


「ねー! 文句あるんなら自分の彼氏に言えっての!」


「逆らえない後輩にばっか当たっちゃってさ!」


「ホント信じらんない!」


「そーだそーだ!」


 堰を切ったように文句が飛び交い始めた。最後のは小太郎の野次なので無視してもいい。


「じゃあそれでみんなその女テニ部長にいじめられちゃってんだ。大変だね~」


「まぁ大体の部員がねー……あ、でも……あの子はさらに……」


 ……あの子?


「あー……あのショートの子ね」


 ……ドクンと、心臓が跳ねる。


 落ち着け、ショートの子なんていくらでもいる。

 

「明らかにあの子に対してだけ、当たり強いよね」


「普通マネージャーがやるような雑用ばっかり押し付けられてるよね」


「でもあの子、普通に雑用終わってみんな帰った後に一人で自主練してるよね」


「え、すごくない? てか、そもそもなんであの子あんな目の敵にされてんの?」


 僕は口を挟みたくなるのをぐっと堪えて、今出た質問への回答を待った。


「あたし実は……偶然見ちゃったんだよね」


 ……何をだよ……! 早く言え!


「あたし達って、男テニの部長に声掛けられただけじゃん? いいとこLI●E聞かれたくらい」


「うん」


「でもその子マジで告られててさ……」


「え? マジ……?」


「で、その子ソッコーでフったのよ。チャラ部長のこと。マジで脊髄反射かって速度で」


「マジで!? ウケる!」


「でもね……それ、女テニ部長に見られてたんだ」


「げ……修羅場じゃん」


「ねー、マジ気の毒」


「だからあの子にだけ、やたら当たり強いんだ……」


「でもそれって……どうしようもなくないか? そこで『はい!』って付き合っちゃってるワケでもないし、その子はどうすりゃ良かったんだよって話じゃねーか」


 思わず口を挟みそうだった僕の代わりに、小太郎が言ってくれた。


「私もそう思う。悪いのは完全に彼女いるクセに他の女に告った男テニ部長だし、逆恨みの嫉妬でいびってる女テニ部長だよ」


「……誰?」


「え……」 


 そこにいた全員がこちらを向く。みんな驚いた顔でだ。


 ……僕はそんなに低い声を出しただろうか? さすがに抑え切れていない自覚は自分でもあるが。


 だって……もう、半ば確信めいた予感があるから。


「だから、その――彼女いるクセに他の女に告った男テニ部長をフって、それを見てた女テニ部長に逆恨みの嫉妬で、普通マネージャーがやるような雑用ばっかり押し付けられて、終わってみんな帰った後に一人で自主練してる……ショートの子だっけ? その子は……誰なの?」


 僕が低い声音で、それでも笑顔でいるのが不気味だったのだろう。みんな戸惑っていた。


「え……と」


「何ていったっけ」


「確か――」


 分かってる。分かってるよ。


 確信がある。


「――花。赤井だか……青井だか」


「明井花」


 僕がそう言うと、彼女達は頷いた。


「そう。確か……そんな名前の子」


 ……はぁ。全く。


 嫌な予感ってのは、外れてくれた試しがないな。


「……分かった。ありがとう」


 そう言って僕が席を立って歩き出すと、後ろから『ありがとう。ごめん、俺達帰るね』という声が耳に入ってくる、が頭には入ってこなかった。


 ……僕は自分がつくづく馬鹿に思えてきた。


 甘かったんだ。


 心のどこかで『ハナは大丈夫』だと、根拠のない考えの元、楽観視していたんだ。


 忘れていたんだ。 


 サル共の……自分を被害者だと思った加害者の嫉妬や、屈辱は、容赦ないし、なりふりも構わってくれないんだって。


「……アマツっ」


 後ろからついてきた小太郎が僕に声を掛ける。


「ありがとう、小太郎。こんなにスムーズに聞き出せたのは、間違いなくお前のおかげだ。連れてきてよかった」


「あ、ああ……いいんだよそんなこと、それより、お前――テニス部を?」


 僕は一瞬立ち止まり、小太郎の方を見て、告げた。


「うん。決めた。乗り込んで、叩き潰すよ」


 僕が高校に進学することを決めた時、同時に誓った自分自身との約束を全然守れていなかった。


『ずっとハナの傍にいて、彼女を守り続ける』という、約束を――。

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