ねえねえねえ

 そして週末がやって来た。今日は例の食事会の日だ。


 母さんは朝から……なんなら昨夜から張り切って、料理の仕込みをしていたようだ。


 料理は全般的に母さんに任せて……というか、完璧主義者の母さんを手伝おうとしても、僕も父さんも邪魔にしかならないので、男二人の仕事は専らテーブルセットだ。


「ていうかさ……」


 僕は若干うんざりした声を出した。


「どうした天」


 笑顔のまま父さんが聞いてくる。


「飾り付けはいらないんじゃないかな」


「何を言うんだ! 息子に友達が出来たんだぞ! 本当なら一族総出で祝いたいくらいだ!」


「だからってクリスマスでもあるまいし……何より、手作りで『おめでとうAMATSU』とか、コレはさすがに恥ずかし過ぎる!」


 僕は抵抗しても無駄なのは薄々理解しつつも、一応抗議の声を上げる。


「父さんと母さんの歓喜の証だ。この祝いの気持ちは誰にも止められんさ」


 父さんは本当に嬉しそうに笑いながら、テキパキと場を整えていく。


 本当に喜んでくれているのが伝わってきて、僕も嬉しい気持ちが無いでもない。


 でも恥ずかし過ぎる! この両親のお花畑っぷりに慣れっこのハナは勿論のこと、多分小太郎や神原も引くことはないと思うが、笑われるだろうなぁ……。


「それと、母さんにとっては、さらに気合を入れる理由があるのさ」


「?」


 父さんの言葉に、僕は訝しげに首を傾げた。


 何だか最近、身の回りでよく分からないことばかり起きているような気がする。


 例の、母さんの書いた手紙とやらを、教室で「母さんからだ」と神原に渡したところ、神原は瞳を輝かせて「はい! 必ず母に渡しますわ! ありがとう」と、コレまでにないくらい……というか、別人格が発現したのか見紛うような素直な態度になった。


 ……ワケが分からん。


 やるべきことを終え、自室に戻った僕は窓の外に視線をやる。


 僕はてっきり、ハナは朝から……遅くても昼にはこちらにやってきて、飾り付け等を手伝ってくれるものだと思っていた。


 そして僕は、小太郎や神原が来るより前に、ハナと二人で色々話せると思っていた。


 ハナと話すことの叶わなかった、今日までの間に生まれた様々な疑問を解消できると思っていたのだ。


 しかし、ハナの部屋には灯りがついていない。


 ……今日も、部活なのか?


 別に、ハナと会えなかった期間がコレまでに無かったワケではない。


 僕が海外に行っているときや、ハナが旅行に行っている時期など、今以上に会えなかったときはある。


 そのときは何とも思わなかったのに、どうして僕は今回に限って、こんなに不安と寂しさに駆られているのだろう?


 僕の中で、何かが変わってしまったのだろうか?


 あの頃の僕は、自分のことばかりで、他人を思いやる余裕が全く無かったから、気づかなかっただけなのだろうか。音無さんと付き合うことになったときに、ハナが何を思っていたかなんて考えもしていなかったように。


 ……違うな。自分が間違っているかもしれない可能性や不安なんて、少しも感じていなかったんだ。


 あんな決定的な過ちを犯して、家に閉じこもっていたのに。


 傲慢で、自分勝手なガキだったんだ。


「……情けないなぁ」


 自分は正しいと信じて疑っていなかった昔の自分も。不安に駆られている今の自分も。


 でも、情けなくとも分かっている。コレばっかりは誤魔化しが効かない。


「寂しいよ……会いたいよ……話したいよ……ハナ」


 僕は俯き、ボソリと一人、誰にも言えなかった心の内を吐露した。


「へ?」


「!?」


 背後からそんな声がして、僕は反射的に振り返る。


「……え、と……」


 そこには、ハナが立っていた。


「……え、あ……? ハナ……?」


 会いたい。でも会えない。話したい。でも話せない。まだ来ない。


 そんな風に思っていた明井花が、僕の部屋のドアノブを掴み、足を踏み入れたところで固まっていた。


 僕の頭は真っ白になった。


「あ……えと、はい。ハナです。テンちゃん」


 そう言ったハナが、背筋を伸ばして敬礼をする。


「…………」


「…………」


 ……パタン、とゆっくり、ハナがドアを閉める。


 そして、黙ったまま、ベッドに座ったまま微塵も動けずにいる僕の隣に腰掛け──


「……寂しかったの? テンちゃん?」


 ──コレでもか、というくらいに嬉しそうに、イジる為の最高のネタを掴んだと言わんばかりに、口元を弛ませた。


「~~っ!」


 僕はというと、ハナの目を見れずに、真っ赤になって両手で自分の目を覆うばかりだ。


「ねえねえ、寂しかったの?」


「いや、アレはね──」


「会いたかったの?」


「聞いて、ハナ──」


「話したかったの? テンちゃん? ねえねえねえ?」


 彼女は絶好調だった。


 もう勝ち目がない。勝てるワケがない。


「いやぁ~! すごい瞬間に居合わせちゃったねえ!」


「ぐぐぐぐぐ……!」


 有頂天になったハナが、真っ赤になって唸る僕の頭をコレでもかと言う程に撫でくり回す。


「あの、ハナさん」


「なになに?」


 僕の頭を撫でるのをやめないまま、ハナがニマつく。


「部屋の灯りがついてないから、まだ帰ってないのかと思ったのですが……」


「うん。今日は午前部活で、帰ってきて、シャワー浴びて支度して、丁度今来たとこだよ」


 なんてタイミングだ!


「……いつもの、インターフォンの音がしなかったのですが……」


「丁度おじさんが外で飾り付けしてたから、『おお入って入って』って入れてくれたの」


 ……父さん!


「……ノックの音が、しなかったのですが……」


「ああ、うん。ごめん。月子さんが『ノック無しでいきなり開けてみなさい。でも何を見ても受け入れてあげてね』って言うから」


 ……母さんんん!


「…………」


「それでぇ……」


 閉口した僕に、では改めてとばかりにご満悦な表情をしたハナが、攻撃を再開する。


「寂しかったの? ねえ」


「…………」


「会いたかったの? ねえねえ」


「…………」


「話したかったの? ねえねえねえ」


 死ぬほど恥ずかしかったが、それよりも、ずっとずっと嬉しい気持ちの方が勝っていた僕は、僕の頭を撫で続けるハナの手を取り、指を絡ませた。


「寂しかったし、会いたかったし、話したかったよ、ハナ……!」


 そう言って僕は、ハナの手をぎゅっと強く握る。


 さっきまで意地悪な笑みを満面に浮かべていたハナが、大きく目を見開く。


「テンちゃん……」


「あのね、訊きたいこと、言いたいこと……謝りたいことがたくさんあるんだ。ハナ──」


 僕がそう言ったときだった。


「天ちゃーん! 小太郎くん達、来たわよー! 降りて来なさーい!」


 階下から母さんの声がした。


「──あぅ」


 何故ハナのときはスルーだったのに、今度は報せてくる!? いや、また前振りなしでこんなところを小太郎達に見られる方がまずいけどさ!


「……行こっか。天ちゃん」


「……ああ。あとで聞いて」


「ん。あとでね」


 そう言って僕達は立ち上がり、どちらからともなく手を離して部屋を出た。

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