不機嫌ガールとインセンシブルジーニアス

 あの『裏切りの神乃ヶ原』から一日明けた日の朝。


 黒髪となった僕、神乃ヶ原天は上履きに履き替えんと自分の下駄箱を開ける。


 ……ドサドサドサ。


 するとどうだろう。どうやって閉めたんだよと言いたくなる量の封筒が、リノリウムの廊下へと零れ落ちる。


「……はぁ」


 大きな溜息を吐きつつも、僕は零れ落ちた手紙達を拾い集める。欠片も興味がないのにだ。


 何故かって?


 僕の下駄箱から手紙が零れ落ちるのを、数人の生徒に見られているからだ。


 コレで僕が無視して上履きを履き、放置したまま教室へと歩き出したら、もう悪評を広められること間違いなしだ。


 勝手に好意を寄せられて、勝手に入れられたものに対して、『何もしない』をしてしまっただけで、人は悪者扱いされてしまうのだ。


『いっそそうした方が次の日から手紙入れられなくなるから好都合じゃね? 迷惑なんだろ、ああ?』と思ったかい?


 ただ手紙を入れられたり、必要以上に好意を押し付けられるのが無くなるだけならば大歓迎だ。


 だがそこまでしてしまうと、プラマイゼロ状態どころかマイナスになる。


 人には「好きだから、期待していたからこそ許せない」って理屈があるんだよ。


 そして、コレだけじゃ終わらないんだろうな……。


 僕はもう一度大きく溜息を吐いた。




◆◆◆◆




「おはよう神乃ヶ原くん!」


「手紙……読んでくれました? 連絡……待ってます」


「よっ、神乃ヶ原。あんた面白いね。LI●E教えてよ」


「アマツ様……素敵……」


「黒髪も、似合うね!」


「神乃ヶ原ぁ! 黒くしたんだなぁ! 先生は嬉しいぞぉ! 一緒に全国優勝目指そう! さあ――」


 ははははは……超うるせぇ。あと最後の。何故いる。


 しかし、今まで虐げられ、迫害されていた身としてはこう、百八十度扱いが反転すると戸惑うばかりだ。


「瀬形先生……何してるんですか柔道着のままで。もうチャイム鳴りますよ。皆さんも席に着いてくださぁい!」


 人垣を分けるように現れた小山内先生が、ピキー! と鳴くひよこのように声を上げ、周囲は蜘蛛の子を散らしたようにいなくなる……て、何だこの喩えは。


「神乃ヶ原くん……今日も髪、黒いですね」


「はは……日によって変わるものではないですから」


 と半分笑いながら僕がそう返すと、先生が不意に僕の耳に唇を寄せてきた。


「ふふっ……本当は金髪も悪くなかったですけど、こっちの方がカッコいい……先生、嬉しいです」


「……っ」


 僕は不覚にもドキっとした。


 こんな幼女みたいなロリ先生なのに、先生が大人の女なのが窺える色っぽい声と、笑みだった。


「先生! 全員席に着きましたわ! 早くHRを始めて下さい!」


 僕の後ろの席に座っている金髪女子、神原天乃が厳しい声を出す。


「は、はい……! ご、ごめんなさいぃ……」


 一瞬で半べそキャラに戻ってしまった先生が教卓へと小走りする。


「…………」


 僕がチラリ、と様子を窺うと――


「……何? HRが始まりますわよ。前を見なさい。裏切り者」


 ――冷たい声で、眉間に皺を寄せた神原がそう言った。


「……まだ怒ってんのかよ」


 僕はぽつりと呟いて、言われるがまま前を見た。




◆◆◆◆




「なんで……あんなに怒ってんだろ?」


 昼休み。


 僕は、教室の自分の机に置いた弁当の包みを解きながら、ぽつりと呟いた。


 ちなみにウチの母さんは結構弁当を作ってくれる。


 たまに朝から用事があったり、夜まで用事があって翌朝爆睡している時などは、僕が自分で弁当を作ったり、学食に顔を出したりすることもあるが。


「……神原さんのこと?」


 目の前に座った小太郎が、そう問い掛けてくる。


「うん……そりゃ黙って髪の色、戻したのは悪かったと思ってるけど……僕は僕のまま神原と接していけたらって思ってたのに……」


 いつの間にやら作っていた、僕ら以外の友達と昼食を摂っている神原の横顔を見ながら、僕は呟く。


 いつの間にじゃないな……あの体育の時間での彼女の毅然とした態度に、彼女を慕う者が現れた。それだけだ。


「そんな見た目だけで、接し方変える人じゃないでしょ、彼女も」


「つまり……僕が黒髪に戻したことで怒っているのでは、ないと……?」


「少なくとも小太郎そう思う」


 何だよそのキャラ? 一人称定まってないぞ……!


「じゃあ、なんであんなに怒ってんだよ……」


 クラスメイトに向けている神原の笑顔を見ながら、僕は納得がいかない、と言いたげに目を細める。


 ……僕にはあんな顔見せないぞ。


「一件……の、小太郎アイの観察結果による推論が、アリマス……聞きますか? ちなみに、信憑性は保証出来ません」


 突然小太郎が機械音声の物真似を始めた。


「……聞く」


「では……その、おいしそうな、卵焼きを一つ、小太郎の弁当に、移してクダサイ」


「信憑性の保証無い癖にセコイぞ! でも持ってけ!」


「イタダキマス……コレハ……タイヘンオイシイデス」


「味の感想は良いんだよ……早く推論を言え」


 僕は小太郎にアイアンクローを喰らわせながら、先を促す。


「イテテイテテテ、頭部に、甚大な損傷……自爆装置が誤作動する危険性が、アリマス」


「そんなんで自爆すんな。転んだら終わりじゃないか。いいから早く」


「ハイ。その前にから揚げももらっていいかなぁ?」


 完全に普段の口調になった小太郎に、僕は黙ってから揚げを差し出す。


「やばうま……! はい。それデハ……推論レポートを、読み上げます」


「…………」


 無駄に待たせてくれたな。


 だが、正直信憑性は度外視して、他の人間から見た感想というのは大事だ。


 特に、僕の様に凡人の気持ちが理解出来ない人間にとっては。


「…………」


「…………」


「神原さん……アマツくんのこと、好きなんじゃない?」


「…………」


「…………」


「……はぁ?」

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