終わらせなかった恋だから

緋雪

第1話 応援

「俺さ、沙知さちと結婚しようと思ってるんだ。」

祐也ゆうやはそう言った。


「沙知が沢山辛い思いをしてきたこと知ってるし、俺のことホントに助けてくれたから、幸せにしてやりたいんだよね。」

「せっかく『サチ』って名前なんですもんね。幸せにならないと嘘ですよね。」

彩乃あやのは答える。ただただ、純粋に、祐也と沙知の結婚を応援していた。


 森山祐也もりやまゆうやは、松下彩乃まつしたあやのの直属の上司だ。祐也は、まだ31歳だが、営業2課の一番大きなクライアントを任されるほどの優秀な社員だった。彩乃は24歳。まだまだ新人扱いの営業社員。そこそこの数字は取れるようになったものの、大きな契約になると、祐也に同行してもらうのが常だった。


「松下、笹野ささのさんに提示する資料できてるか?」

「あっ、森山さん、これです。確認お願いします。」

祐也と彩乃は、社内では仕事のことしか話さない。が、営業車に乗って出かけると、世間話や相談話になるのが常だった。


「そんなさあ、仕事の話ばっかりしてるわけないよな、どこのチームも。」

祐也は笑う。

「伊藤、長瀬ペアなんて、社内でもイチャイチャじゃん。わかりやすいよなあ。」

「あはは。でも、森山さんと私は何もありませんよ?」

彩乃は笑いながら、運転する祐也にガムを渡した。「お、サンキュ」と受け取り、

「まあ、俺に婚約者がいるから、疑われてもいないんだろうな。」

祐也はそう言った。


「沙知さんとはいつ結婚を?」

「そうだなぁ。再来月かな。」

「え?式挙げないんですか?」

「式に金かけてる余裕あるなら、貯金だよね、って二人で相談してさ。」

「そうなんですね…。」

「ん?なんか不満が?」

「いえ、沙知さんのウェディングドレス見たかったなあ…って。」

「そっか。松下はウェディングドレス着たい派なんだな。」

祐也は笑った。


「森山さん、沙知さんのこと、幸せにしてあげて下さいね。」

「そうだな…依子よりこの分も…だな。」

依子は、祐也の元妻だった女性だ。5年ほど前に、交通事故で亡くなった。二人が結婚してまだ半年しか経っていない頃だった。祐也は、それから、恋愛とは無関係の所で生きてきた。ひたすら、仕事のことだけ考えてきた。

 それを見守り、救ったのが、沙知だった。祐也は彼女を幸せにしなければと、依子の分まで幸せにしなければ、と思っていた。


 一方、彩乃は、祐也を応援しながら、自分にも祐也と沙知のような素敵な出逢いがあればいいのに、と思っていた。仕事を覚え、数字を達成するのに必死で、恋愛だなんて、そんな余裕はなかったけれど。


「ねえ、森山さん、結婚式しないってホント?」

同期入社の中野芽衣子なかのめいこが聞いてくる。

「ええー?ホントに?」

佐藤香織さとうかおりも。

久々に同期三人で飲んでいた。

「えー、何着て行こう?とか思ってたのに〜。」

芽衣子が焼き鳥をくるくる回しながら言う。香織も、ビールを一口、

「なーんだ。いい人見つかんないかな〜と思ってたのに。」

ガッカリしたように言った。


「芽衣子は彼氏いるからいいよね〜、あたしなんか『恋愛』の『れ』の字もありませんよ。香織だってモテまくりじゃん。」

「はじまった、はじまった、彩乃のボヤき癖。」

二人は大笑いした。

「どこかに落ちてないかねえ、運命の人。」

ため息をつきながら、彩乃はグラスに残ったレモンサワーを飲み干した。

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