第四話 錬金術師

 眠れない。


 なぜか意識をなかなか手放すことができない。


 やっぱり今日のことが衝撃だったからだろうか。


 念のため言っておくが、僕は妖なんて初めて見たし存在すら知らなかった。


 というよりあんなのがいたらすぐにニュースになりそうなものだが。


「駄目だ、全然眠れないや」


 僕は眠ることをあきらめて本を読むことにした。


 本を読んでいるときは気が休まる。


 だが今日に限ってはそうでもないようだ。


 全くと言っていいほど内容が頭に入ってこないのだ。


 あの後僕は、


「はよ帰って寝ろ」


 紅城さん、彼女にそう言われ、家に帰ってすぐに寝ようとした。


 で今こんな状態。


 やっぱり駄目だ。今本を読む気にもなれない。どうしようかな、特にすることが無いと困るな。


 んー、よし、散歩でもしよう。


 思い立ったがすぐ行動。


 適当に着替え、玄関から堂々と外に出る。


 父親はすでに死んでおり、母親はどこか遠くの国で働いている。


 だから実質ひとり暮らしだ。


 まあ数か月かに一回帰って来るのだが。


 家の外に出ると、やっぱり夜のしんみりとした雰囲気が漂っていた。


 どこへ行こうか。


 夜は何でもできるような気にしてくれる。


 昼間は道のど真ん中を歩くことなんてできないし、歌いながらスキップすることもできない。


 そんな夜。


 だが人がいないというのは良いことばかりではない。


 妖、そう呼ばれている奴らは、恐らく夜にしか現れないのだろう。


 もし昼間に出てきているのなら大スクープになっているはずだからだ。


「夜遊びしてる悪い子だーれだ」


「うわっ」


 振り返ると紅城さんがいた。


 紅城さんは、狐の面では無く眼鏡をつけていた。


 というかなんでこの人はこんなにも気配がないんだろう?


 足音一つ聞こえなかった。


「早く帰って寝ろって言ったのに」


「なんだか眠れなくって」


「ふーん……そんなに熱心に見つめられると照れるなあ」


「え!?あ、すすみません」


 彼女は僕が慌てふためく様子に、心底愉快そうに笑みを浮かべている。


 その表情がなんというかもの凄く、


「美人ですね」


「へぁ!? ちょ、いきなり何言ってんだ!?」


 彼女は顔を真っ赤にして挙動不審になり始めた。


 立場が逆転した。


「全く止めてくれよ、そういうの恥ずいだろ」


「でも本当のことを……」


「ストーップ!分かった、オケィ、話を変えよう」


 彼女は大きく深呼吸を繰り返し、元の表情に戻した。


「まあ錬金術使った後の疲労感はすごいもんな」


「え、錬金術? 僕使えませんよ」


「いやいや、さっきの妖に一撃ぶつけたとき使ってたじゃん」


 そういえばあの時だけ異様に体に力がみなぎってたし、妖もすごい勢いで吹っ飛んでたな。


 でも錬金術って何かを造り変えたり、交換したりするものじゃなかっただろうか。


 錬金術で身体能力が向上するなんて聞いたことが無い。


 もしそういう類の人間がいたのなら、テレビでびっくり人間運動会なんて番組が作られることだろう。


「錬金術は一から二を作り出すことはできても、ゼロから一は作り出せない」


「?」


「昔錬金術を教えてくれた人が言ってたんだよ。だからな、君は力と引き換えに何か失ったものがあるってこと」


「失ったもの、ですか。特に思い当たる節は……もしかして眠れないのって」


「錬金術が使える奴ってのは大抵何かを犠牲にしてるんだ。もちろん私も犠牲にしてきた」


「じゃあテレビとかで錬金術使ってる人たちって……」


「あれは別。錬金術とは言っても未熟で不完全なもの。黒葬君のもどちらかと言えばそっちに近い。ってどうした」


「いや、人に僕の名前呼ばれるの久しぶりで」


「悲しい奴だな」


 僕は中学生よりも前の記憶がない。


 だから高校生の今だけで言えば、おおよそ友達と言えるような人はいない。


 席が隣だから話す、授業だから話す。それだけだ。


 だから僕は強い悲しみ、喜び、怒り、そんな当たり前のようなものが欠落していたのだろう。


 でも今は対等に僕と話してくれる人がいてくれる。


 出会って一日だけれど、なぜか彼女といるときだけは心が休まった。


「行きたいところとかある?」


「特に無いですけど」


「んじゃ私んち行こーぜ」


「!?」


 そういうと、紅城さんは僕の前をすたすたと歩きだした。


 なんだろうこの感じ。


 いきなり夜に人の家に、それも女子の家に行くなんて背徳感がすごい。


 それに少しドキドキしてしまっている自分がいる。


「着いたぞ」


「ここは……」


 そこは紛れも無い神社だった。


「え、ここって神社じゃ」


「そ。私の家」


 衝撃が走った。


 まさか紅城さんはホームレスだったのか!?


 でも年は僕とそんなに離れてないっぽいし……。


「なんか、ごめんなさい」


「なんで謝ってんの。ほら入った入った」


 神社の裏に、そこそこ大きな建物があった。家と言うには小さいが小屋にしては大きいサイズ感。


 彼女はそこに入って行った。


「良かった、うん、良かった」


 僕はボソッと呟いた。


「あ、そうだ聞くの忘れてた」


 彼女はくるりと振り返ると、指を二本ピンと立てた。


「マリカとスマブラ、どっちがいい?」

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