第7話 生きた証

「話を戻すとしよう」

 ずぶれの身体を一通りき終えたゴールドブラムが、俺とロネリーを見ながらそう告げた。


「見ての通り、ロネリーのバディも、大精霊の名を持つバディなのじゃ」

「そうみたいだな」

 ゴールドブラムの話に賛同しながら、俺は考える。


 つまり、どうやってるのかは分からないけど、普段のロネリーはウンディーネを隠している。

 だから、彼女のそばにはバディが居ないように見えた。

 そうすれば、さっきのルードみたいに、服の中に隠していると言い訳ができるんだろう。


 何のために?

 それは恐らく、ロネリーのバディが水の大精霊だということを隠すため。

 そして、そんな彼女はコロニーから単独で逃げて、その先で賊におそわれていた。


 これらの事から推測できることは、あまり多くは無い。

 いくつかの仮説を立てた俺は、確かめるように、説の1つをゴールドブラムに投げかけてみる。


「賊の狙いは、ウンディーネだった?」

「ほう。半分だけ正解と言うておこう。奴らの狙いはウンディーネだけではない。4大精霊を狙っておる」

「え?」

「オイラ、狙われてたのか……意外と見る目のある奴らだったってことだなぁ」


 彼の言葉を聞いた俺が、小さく声を漏らした直後、俺の頭の上でノームが鼻高々はなたかだかに告げた。

自惚うぬぼれが過ぎるぞ、ノーム」

「おいダレン、大地の大精霊様に向かってなんて口のき方をしてるんだ!?」

「お前は俺のバディだろうが。あくまでも俺達は対等だろ」

「対等? は~ん、ダレン君はオイラと対等でありたいんだなぁ。まぁ、そう思いたいのも仕方がないってもんだぜ」

「おいノーム。喧嘩売ってるのか?」

「売ってるのはそっちだろ? ダレン」


 髪の毛に掴まりながら、俺の鼻先に降りて来たノーム。

 そんな彼とにらみ合いをする俺に、ロネリーがアワアワとしながら声を掛けて来る。


「ちょ、ちょっと2人とも!? 喧嘩けんかしないでくださいよ」

「そうだぞダレン。オイラに敵うわけないんだからな」

「何言ってんだノーム。なんなら今から外に行って、空高く放り投げてやろうか?」


 売り言葉に買い言葉とはこのことか。

 ノームの挑発に乗る形でそう告げた俺は、直後、顔面蒼白がんめんそうはくになるノームの表情を見た。

「おいダレン、それだけはやめろ……前にそれをやって、鳥に喰われそうになったのを忘れたのか!?」


 どうやら俺は、ノームのトラウマを刺激してしまったらしい。

 そしてそれは、俺にとってのトラウマでもあった。

 鳥にくわえられたノームを追いかけて、惑わせの山の切り立った崖を一人で登ったことを思い出す。

 その過程で、何度も死ぬ思いをしたのは、言うまでもない。


 そんな記憶が、もう3年も前の事なんだなぁと思いつつ、俺は謝罪を口にする。

「……そうだった、やめとこう。すまんノーム。ちょっと冷静さを失ってた」

「オイラも正気を失ってたぜ」


 俺達が一時休戦するのを見て安心したのか、ロネリーが胸をで下ろしている。

 そんな俺達の様子を、黙って見ていたゴールドブラムに視線を戻した俺は、若干じゃっかんの気まずさを感じながら告げる。


「すまん、話が逸れたな。それで、どうして賊の奴らは4大精霊を狙ってるんだ?」

「ふむ。理由については、何も分かっておらん。ただ、今回襲撃してきたやつらは、明確に、4大精霊のウンディーネを出せと言っておった」

「ってことは、このコロニーにウンディーネが居ることを知ってたってことだよな」

「そうなるな」

「ロネリーは普段、ずっとウンディーネのことを隠してるんだよな?」

「はい」

「ってことは……」


 そこまで言葉を発した俺は、静かに口をつぐんだ。

 てことは、このコロニーの中に、ウンディーネのことをバラした人がいるかもしれない。

 なんて、言ってもいいのだろうか。

 そして、それこそが、ロネリーがこのコロニーから単独で逃げていた理由なんじゃないか?


 これはただの推測に過ぎない。


 このコロニーで生活している限り、きっとロネリーはずっと狙われることになるだろう。

 どうしたらいい?

 これから俺は、どうするべきか。


 既にこのコロニーの中で、俺のバディがノームであることは知れ渡ってしまっている。

 ということは、惑わせの山に逃げ込んでも、4大精霊を狙っている奴に居場所がバレていることになる。

 絶対に山に入って来れないのならいいけど、もし、奴らがコロニーを焼いたのと同じように、山に火を放ったら。

 俺達は無事では済まないだろう。


 仮に生き残ったとしても、燃え尽きた山で迷うなんてことが、本当に起きるだろうか?

 そこまで考えた俺は、いつもの癖で、思わず呟いた。


「こういう時、ガスならどうする?」

「……今、なんと?」

 俺の呟きを聞いたゴールドブラムが、目を見開いた状態で尋ねてきた。

「ん? あぁ、こういう時、ガスならどうするんだろうって思って。あ、ガスってのは、俺達を育ててくれた恩人で、俺にとっての師匠ししょうだ。まぁ、5年前に死んじまったけど。良いオッサンだったぜ。なぁ、ノーム」

「あぁ、変わったオッサンだったけどな。そう言えば、ガスはどうして惑わせの山の中で生活できてたんだ?」

「ん、言われてみればそうだな。でも、ガスならこうやって腕組みをしながら、得意げに言うんじゃないか? 『これだから若造は』って」

「あぁ~。想像できるぜ。それでオイラ達を試すようなことを言いだすんだよなぁ」

「あ、ダメだ。また話がれてる……って、どうしたんだゴル爺?」


 ガスの思い出話に花を咲かせそうになった俺は、また話が逸れ始めていることに気が付き、我に返った。

 そして、ゴールドブラムの方に目を向けた俺は、彼が目に涙を溜めているのを見てしまう。


「……すまん。あまりになつかしい名を耳にしたもんじゃから」

「え? それって……」

「ガス……あいつは山の中で暮らしておったのか?」

「あぁ、俺達を育ててくれたんだ」

「そうか……」


 そう呟いたゴールドブラムは、寂しさと安堵あんどの入り混じったような表情で、黙り込む。

 それからしばらくの間、誰も口を開くことができなかった。

 辺りの空気に充満する静寂が、俺の心をかき乱してゆく。


 そうして、俺がこれ以上静寂に耐え切れなくなったその時、ゴールドブラムがゆっくりと口を開いた。

「ガスは……わしがまだ子供だった頃に親友だった男じゃ。丁度、お主と同じくらいの歳の頃かの。魔物から逃れる過程で惑わせの山の中に入ってしまい、それ以降ずっと行方知れずで……てっきり、その時に死んだものじゃと思っておった」

「そんなことが……」


 ゴールドブラムの言葉を聞いたロネリーが、口元を押さえながら呟く。

 すっかり暗い表情のゴールドブラムとロネリーを見た俺は、強く握りしめていた拳の力をそーっと抜き、口を開いた。

「そっか。ゴル爺はガスの親友だったんだな。でも、だとしたら、ゴル爺はガスのことを見くびりすぎだな。そう思わないか? ノーム」

「そうだな。なんてったって、ガスはたった一人で何十年も山の中で生き続けたんだからな」

「そうそう。武器の扱いも狩りも採取も、山の中で生活する術を身に着けて、それを俺達に教える余裕まであって、本当にすごいオッサンだった」

「だな、ガスは強い男だ」

「ダレンさん……」


 ゴル爺やロネリーが凝視してくる中、俺は口を動かし続けた。

 いかにガスがすごい男だったのか、どんな生き様だったのか、俺が知りうることを全て、話した。

 そんな俺を心配そうに見つめて来るあおい瞳を、意識的に無視した俺は、なぜかかすんでいる視界の中で、ゴールドブラムを見つめる。


 彼は優しげな目に涙を浮かべながら、ただただ、俺の話を聞いてくれた。

 そして、全てを語り終えた俺の元に歩み寄り、そっと、俺の頭を抱擁ほうようしてくる。

 細くて、微かに震える彼の腕に頭を抱かれた俺は、不意にガスとの最期のやり取りを思い出した。


『ダレン、ノーム。俺は思う存分生きた。これ以上に思い残すことは無い。だから、お前達も思い残すことなく生きろ。俺が教えられるものは全て教えて来たんだ。お前ならできる。何でもできる。なぜなら、お前たちは俺の弟子で、息子なんだからな』

 そう言った後、寝床で息絶えたガスは、とても穏やかな表情だったのを覚えている。


 俺とノームだけが、そんな彼の生き様を知っている。

 俺とノームだけが、彼の生きたあかしを知っている。


 そんな風に思っていた俺の頭を、ゴールドブラムが優しく撫でつけて、告げた。

「よくぞ、生きていてくれた。儂の元に来てくれた。ありがとう。ダレン、ノーム」

 彼の言葉を聞いた俺は、耐えることができずに涙を流してしまった。


 誰にも知られることなく、誰にも理解されることなく、ただ、俺とノームの中だけに残ると思っていた、ガスの記憶。

 それを、彼と共有できた気がしたんだ。


 しばらく涙を流した俺が落ち着きを取り戻し、シェルターの外に出た時には既に、空が赤み掛かっていた。

 燃え盛っていたはずの建物も、ほとんどが鎮火ちんかしかけていて、煙も収まり始めている。

 そんなコロニーの様子を一望した俺は、とあることを決意したのだった。

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