第15話 予期せぬ災い


 それが破られたのは、どかっと蹴られたような衝撃を受けての事だった。

 

 ぽかんと見上げた天井が、何だかおかしい……いや、おかしいのは……何だろう?

 暗闇に染まった室内。眠った時間を考えると恐らく今は真夜中で、柚子は違和感に身を捩った。


(あれ?)

 はたと気がつくと、自分をベッドに押し付けるようにリオが覆い被さっており、悲鳴をあげそうになった。

 けれどそれより早く窓ガラスが勢いよく割れた。

「きゃあああ!」


 更に、それを境にあちこちから騒音と悲鳴が聞こえてくる。


「ゆ、柚子……」

 リオが顔を上げたと同時に、再び蹴られたような衝撃に襲われた。いや、これは下から突き上げられたというべきか……

「これって……じ、地震?」


 柚子が住んでいた国は地震大国と言われていた。

 けれどこれほど酷いものは経験した事がない。

 家具は倒れ、置物は落ち、物は散乱。酷い有様だ。

 

「ジシン? 柚子、何だそれは!?」

「え、リオ……地震……知らないの……?」


 そんなやりとりの中でも、建物の揺れは収まらず、普通に立っている事もできない。何度もベッドの上で体勢を崩した。


 ここにいるのはきっと良くない。地震を知らないなら、きっとこの建物は耐震性なんてないだろうし、下手すれば倒壊する建物の下敷きにされてしまう。


「とにかくここを出て広い場所へ、……あ、でも。もしかして海は近い? だったら出来るだけ高いところに逃げないといけないんだけれど」

「海は……近くはない。ほぼ陸続きで……わかった、とにかく外の、開けた場所へ出ればいいんだな」

 混乱しながら話す柚子の言葉も、リオは真摯に受け止める。こんな時でも。

「う、うん。建物が壊れそうで……あとはもし火を使っていたら直ぐに止めないと火事になっちゃう」


 言ってる傍から壁からみしみしと音が響いてくる。

 同時に青服を纏った騎士が部屋に雪崩れ込んできた。

「殿下!」

「すぐ外へ! 宿泊客で動けない者がいたら外に出るように伝えろ。それから厨房に行き、火を使っていないか確認してこい!」

 リオは騎士たちに素早く指示し、柚子を抱えて部屋を飛び出した。

「リオ。私、自分で……」

「駄目だ、まだ熱があるだろ」

「リオ……」


 先を進む騎士たちを追いかけながら。ぐらぐらと揺れる地面でふらつく中、リオは柚子をしっかり抱えて出口へ向かい廊下を駆けて行く。そんなリオを見上げ、こんな時なのに柚子は胸が甘く疼くのを感じた。

 けれど一際大きな揺れを感じたその時、ばきばきと頭上の天井が崩れるのが見えた。

「リオ!」


 はっと息を飲んだリオは柚子を前方に放り投げた。

 騎士に受け止められ、柚子は崩れていく建物に飲まれていくリオを呆然と見つめた。


「──!」

 

 一瞬、目が合った途端。リオがこのままいなくなってしまう未来が鮮明に浮かび、気付けば柚子は叫んでいた。

 その瞬間まるで時間が止まったように瓦礫が空中で止まった。誰もが息を飲み、同じように動きを止める中、柚子だけはリオに向かって騎士の腕から飛び出していた。

 無我夢中でリオの腕にしがみつき、彼の身体を力任せに引っ張る。


 そのまま落ちる瓦礫から逃れるように出口から飛び出した。


「リオ、大丈夫!?」

 うつ伏せに倒れるリオの背中には衣服が破れる程の打身があり、柚子は息を飲んだ。

「急いで殿下をハビルド城へ運ぶんだ!」


 未だガクガクと止まらない揺れの中、柚子は慌てて騎士の一人を呼び止めて、自分の知る地震の知識を伝えた。

 意識の無いリオが馬に乗せられるのを見送り、ぎゅっと拳を作る。

「あなたも早く乗りなさい」

 馬上から促され、柚子は首を横に振った。


「わ、私はここに残ります。少しくらい助けになれると思うんです」

 少し知識があるだけで、自惚れているかもしれない。

 でも、右往左往する街の人々に後ろ髪を引かれてしまうのだ。


「駄目だ、君は殿下の伴侶となる身。こんなところに放ってはおけない」

 そう言う騎士とは別に、柚子に冷たい眼差しを向ける者も目に入る。柚子を認めていない貴族出身の者だ。

 彼らを横目に柚子はいいえと食い下がった。


「なら、尚更……もし殿下が気が付いていたなら、目の前の人を助けると言うと思うんです。どうぞ殿下を連れて行って下さい。まだどこが一番被害が大きいのか分かりません。これからもっと大きな揺れが起こる可能性もあります。でも、領主様のお城の方が情報も入りやすいでしょう。私の事は、殿下が起きてから迎えに来て下されば……」


「おい、もういいだろう。こいつの言う通り殿下の安全が第一だ!」

 焦れたように言い放つ騎士に柚子の身体がびくりと竦む。

 どうやらリオについていく騎士と、街に残る騎士では階級があるようだ。けれど同じ青を着ていても、リオの周りから向けられる柚子への視線は厳しいものが多い。

 その中で柚子を庇うのは、確かディガと言う名の騎士だ。柚子が王城を歩く時、何度か付き添ってくれていた。


「エレン。お前っ、なんだその口の利き方は……」

 睨み合う騎士の間に柚子は急いで声を掛けた。


「いえ、あの。その通りですから……早く行って下さい。殿下を早くお医者様に診せないと……」

「──だ、そうだ。ほら行くぞ!」

 そう言って手綱を切るエレンと呼ばれた騎士に多くの者が付き従う。それを受け、躊躇いを見せていた騎士も隊列に向き直る。


「どうぞこちらに残る者に従って下さい。直ぐに迎えに来ます」

「ありがとう」


 気遣うように告げていくディガに柚子はこくりと頷いた。

 そうしてリオを見送り、柚子はきゅっと拳を握る。自分に出来る事なんて高が知れている。

 それでも──

 

 柚子は意を決してポーボに残った騎士たちに駆け寄った。

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