【週2更新】メンヘラ男子がオークに転生したってお話。

真白よぞら

1発目 人間→オーク

 タバコの煙が風に舞い、夜空に溶けて。


 喉に流し込むアルコールはふわりと鼻腔をくすぐり、胃袋を刺激する。


 そして手元で煌々とゆらめく火は、思い出を黒く染めていく。


「あぁぁぁぁまた振られたぁぁぁ!!」


 俺、大原唯我おおはらゆいがはマンションのベランダで自暴自棄になっている。


「なんなんだよ、俺は結局キープかよ!? 『唯我くん大好き! ずっと一緒にいようね』とかほざきやがって……!」


 思い返せば思い返すほど、悲しさよりも怒りがこみあげてくる。


「付き合って3日だぜ!? その間に10人も別の男と寝てたんだぜ!? 笑えねぇ」


 俺はスト缶を一気に飲み干して、またタバコに火をつける。


「おい唯我、自暴自棄になるなって。都合のいいようにされるのはいつものことだろ? 慣れろよ」

「バカか! 俺はいつだって純愛を求めてんだよ! 慣れてたまるか」

「ならまずはまともな恋愛観を身につけることだな」


 うるせぇ。お前だってつい最近まで非リア童貞だったろ。


 ベランダの入り口に悠然ともたれかかりビールを流し込むこいつは、友人の獅童澪しどうみお。いつも俺が振られた時は、一緒に酒を飲んでくれる。


 澪とは中学からの付き合いだ。可愛らしい名前とは裏腹に毒舌で冷徹なこいつは、メンタルが弱っている相手にも問答無用で現実をぶつけてくる。


 最初こそ驚いたが、今となってはこの飄々とした物言いが俺を立ち直らさる鍵になってる気がする。


「にしても、本当に全部燃やすのか?」

「ああ、思い出とはさよならグッバイだ! なんも悲しくねぇよ!」

「ならまずは涙ふけって。いつものことだけどさ」


 俺は振られたら、付き合う前から溜めてた手紙やらプリクラやらを燃やす。

 思い出が火に焼かれ揺らめく光景がどこか儚くて、いつもそうする。最後の思い出くらいは綺麗な光景で締めくくりたいだろ?


 その光景を見ながらケムリとアルコールを体内に入れつつ澪に愚痴る。


 澪や周りの友人にはメンヘラだって言われるけど、これが一番のチルだと思う。


「はぁもう何もかもが嫌になる!」

「おい酔ってるんだから大人しく部屋入っとけ」


 ベランダの塀の上に登り、夜風を浴びる。ケムリを吐いて、スマホで撮影。インスタに、『病み』のコメントともにストーリーへ流す。


「大丈夫だってここ1階だし」

「全然大丈夫じゃねぇだろ、1階なのは前のマンションな? ここ14階」

「1も14も変わんねぇよ――」


 意識が朦朧としだす。酒を飲むと毎回ふわふわとしだしてこれが癖になる。


 そんな時だった、突風が俺のふくよかボディーを攫ったのは。


「――おい唯我! 言わんこっちゃねぇよ!」


 塀から俺の体が離れ、すでにもう地面へ向かった自然落下していっているのを感じる。


 だがそんな俺のもとに、必死な顔した澪が咄嗟に駆けつける。俺の腕を掴み、苦しそうな顔で引き上げようとしている。


「離せ、澪まで落ちるぞ!」

「オレの心配するなら上がる努力しろや! 目の前でダチに死なれちゃ夢見が悪いだろ!」


 ダメだ。もう限界じゃねぇか。70キロの俺を、50キロのお前が持ち上げれるわけ無い。離してくれ……!


「バカか! 彼女残して死ぬ気か!?」

「死んだら枕元出て謝るわ」


 力むために塀を掴んでいた澪の左手が、汗で滑って外れる。当然50キロは、70キロの肉塊に引き摺られてともに落ちる。


「あー、詰んだ。枕元に出る方法ググってから落ちれば良かった」

「ごめん澪。最後まで巻き込んじまった」


 加速を続ける俺たちの肉体だが、なぜかゆっくり話す余裕がある気がする。死ぬ間際ってこんな感じなのか?


「ほんとに悪い。俺のためにお前にも人生を捨てさせちまった……」

「気にすんなって。でもどうしても償いたいってんなら、転生先でなんか飯でも奢ってくれや」


 俺は殺人鬼だ。彼女が出来て幸せ真っ最中のこいつの人生と、こいつの彼女から大切な人を奪って傷付けちまった。


 だがこいつは飄々と、転生先で飯を奢れなんて言ってる。


「転生したらな」

「約束だぞ?」


 どこまでも呑気なやつ。転生なんてするはずない。落ちていくってのに、笑いながら冗談まで言ってる。そのせいかどこかゆっくり時が流れていってる気がしてきた。


   

 ***


   

 よく分からないモンスターの肉を焼いて出る煙が風に舞い、荒野に溶けて。


 喉に流し込む野鳥の生き血はガツンと鼻腔を殴り、胃袋を襲撃する。


 そして足下で煌々とゆらめく焚き火は、仲間が犯した女騎士の鎧を黒く染めていく。


「あぁぁぁぁ色々やってらんねぇぇぇ!!」


 俺たちは結局、転生した。


 ……でもなんでオーク!? いや転生前からオークみたいな体系だったけどな!?


「おい唯我、自暴自棄になるなって。性別変わってないだけで、おんなじだろ。馴染めよ」

「バカか! それ以外まるっと違うわ! 馴染んでたまるか」

「もう1ヶ月だぜ? もう受け入れて前に進めって」


 うるせぇ。お前は美人な女騎士に転生したからって……! 俺の苦しみは分かるまい。


 襲い掛かる俺の仲間を次々と薙ぎ倒して上へ上へと積んでいく金髪の女騎士は、澪の転生後の姿だ。


 正直絶世の美女と言われても疑問は抱かない。


「オレに襲い掛かるとか……身の程を弁えろよブタども」

「……あの、毎回それ言われると俺にも刺さるんで勘弁してくんない」


 転生しても毒舌さは現在。

 それどころか、整った顔から重低音の美声で放たれる罵詈雑言は転生前よりも鋭さを増している。


「女騎士を犯す仲間を端から眺めることしかできないやつが何言ってんだよ」

「うるせぇ! だって無理やり犯すのなんてダメだろ!?」


 こいつは根性なしの俺をディスって来やがる。いや確かに根性なしだけどさ、無理やり犯して嫌われるの辛くね? てかあのブタども、死ぬまでヤルんだぜ? 正気の沙汰じゃねぇよ!


「まぁそれがお前のいいところでもあるか」

「だろ? てことで1発――」

「討伐すんぞクソブタ」


 ……冗談じゃん。


 鋭い眼光を向けながらも、どデカいリュックから何かを取り出す澪は、雑に俺へ投げる。


「オレはここ数週間で街の中では、ある程度顔が通るようにはなってる。もしオークバレしてもなんとかなると思う」

「なにこれ」


 転生してからしばらく放浪していたやつが街に行って騎士団に入ったと聞いた時は驚いたが、まさか俺のために権力を獲得しようとしてたのか……?


 酔った時の口癖が、「死後は異世界でスローライフを送るんだ」ってやつが、俺のためにキツそうな組織に入団するなんてな。


 本人は綺麗な女騎士がいたからなんて誤魔化してたけど多分照れ隠しだ。


「そいつはオレが信頼するじいさんが作った、認識阻害の魔法が練り込まれたローブだ。ちゃんとフードも被れよ?」

「どうして認識阻害なんてする必要あるんだよ」

「人間の集団の中にオークが現れてみろよ、場合によっては間違いなく処分対象だぞ」


 人間の集団? そんな恐ろしいところに俺を放り込むのか? いや、待て!? これもしかして街のことか?


「人間の集団ってことは街に行けるのか!?」

「おう、約束果たせよ」


 約束。それはきっと死の間際に交わした飯を奢るという約束だろうな。金なら、オーク集団に挑んで惨敗する冒険者たちからかき集めて割と持ってる。


 高級ステーキでも、時価の鮨でも、なんでも奢ってやる。


「任せとけ! あ、可愛い子が働いてる店がいい!」

「分かった」


 やったぜ! 街に行ける! 可愛い子とお近づきになれるぅ! 無理やり犯さずにちゃんとホテル連れ込んで愛してやる! やっふぉー!


「ならあそこだな。オレの先輩の妹が働いてる飯屋」

「可愛い?」

「唯我が好きって言ってたAV女優トップ5を全員足して割らなかった感じの顔」

「おぉぉ! ……ってそれブスってオチじゃね?」


 俺はカオスを予想しながら、大人しく澪についていく。

 巨体を動かすたびに、地面が揺れる。あれ? これ街にでて大丈夫!?

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