第31話 斎藤・5



「や~ま~ざ~き~!」


 廊下には、山﨑が正座をして、珍しく驚いたような顔をしていた。

「…………ふッ、副長……!」

「出歯亀か? いい度胸だなぁ、お前……」

「恐れ入りました! 山﨑、今回は本当に気配を見破られまし……」

「俺ぁ、覗きをしてたのか、と聞いてるんだ!」

「……覗かれて困るような事でもしてたんですか?」

「…………」


 流石というかなんというか、山﨑が驚いていたのはほんの一瞬の事で、すぐに土方の方が弱い立場になってしまった。大人の男というよりも、たぬきのようだ。いつも乱暴者の土方が、何故山﨑には手を出さないのか、これでようやくわかったような気がする。

「山﨑も、お二人が仲直りしたかどうか気になりまして……」

「……下手な能書きはいいから、とっとと用件を言え。お前が覗きなんて無駄な事する筈がねぇだろ」

「これは……随分と信頼されているようで大変恐悦至極に存じ上げます」

「山﨑、いい加減にしねぇと俺も怒るぞ」

「……失礼しました」


 山﨑は、苦笑いをしながら土方の耳に顔を寄せた。離れたところでその様子を見ながら、自分の胸のあたりがもやもやしてくるのを感じる。


(修行が足りない……まるで友達を取られてやきもちを焼く幼児のようだ)


「それは、駄目だ」


 土方が、強い口調ではっきりと言う。山﨑が困ったような顔で首を傾げると、今度は土方が山﨑の耳元に口を寄せた。

「えぇ? そうやったんですか?」

 山﨑が、視線をチラリとこちらへ寄越す。何事かと口を開こうとすると、すぐに視線は逸らされて再び二人で話し始めた。

 先ほどまでとは違い、山﨑の顔には焦りが浮かんでいた。何度も首を横に振り、土方を心配そうに見詰める。

「しつけぇぞ、山﨑。俺のとこにその話を持って来た時点で、事ぁ始まっちまってんだ。とっとと沖田でも永倉でも呼んで来い」

「呼んできます。呼んできますから、それまではどうか大人しく……」

「約束ぁできねぇな。俺だって命ぁ惜しい。けど、不逞浪士を取り逃がすのだけぁ嫌だ。動きがあれば、踏み込むぜ?」

「……斎藤さん! この人が無茶をしないように、ちゃんと見張っててや!」

山﨑はそう叫ぶと、慌てて廊下を走って行った。


「…………どうしたんですか?」


 俺の問いかけに、土方はくるりと振り返り、力強く、綺麗に微笑んだ。その笑顔を見て、俺は何故だか背筋が凍りついた。


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