第21話 (淡々攻防)土方・1



 どこからか花の香りがした。


 持っていた筆を置き、顔をあげると、部屋の中がだいぶ明るい事に気付く。

障子を開けた。やわらかい風が入ってくる。


(すっかり春だな……)


 休憩をとる事にして縁側に腰をおろす。カタリという音がして傍らに湯呑みが置かれた。振り返ると、山﨑が目を瞑ったまま、静かに控えている。

「……気付かなかった」

「気配を消してましたからね」

「部屋に入ってくるのに、障子を開けた音もしなかったぞ」

「副長が、こちらの障子を開けるのと同時に開けましたから」

「消された気配を感じ取る訓練を始めて久しいが……」

 まだ熱い茶を啜った。「お前の気配だけぁ、いつまで経っても読めねぇなぁ…………」

「島田さんも大石さんも悔しがってましたよ。あの斎藤さんにさえ気取られた事が無いのに、副長には勝てなかった、と」

「……っは! 年季が違わぁ。斎藤なんかと一緒にされちまったんじゃ、俺が可哀想だろ?」

「さて、どうですか……」

 山﨑がやわらかく笑う。それに笑い返してから、俺は再び外に目を向けた。


 ついこの間まで満開だった桜が、チラチラと散っていた。まるで雪のように、柔らかい日差しの中、花びらが舞っている。もみじの新芽も顔を出し、柘植にも新しい芽が金色に輝いていた。

「その斎藤だが…………今日あたり戻ってくるんじゃねぇかな?」

「そうですね。久しぶりですし、今夜はお二人でどこかへお出かけになりますか?」

「……なんでだよ」

「お仕事の報告を、お食事でもしながらお聞きになるかな、と思いまして……」

「他意はねぇのか?」

「さて。何の事やら……」

 山﨑は涼しい顔をして言ってのけた。「仲良し兄弟を見守りたい、とは、いつも思っておりますけれど」

「…………たぬき」

「きつね」

「なんだと?」

「おや、『しりとり』じゃなかったんですか?」

「山﨑……お前いつからそんなに人が悪くなった?」

 答える代わりに、フッと笑うと、山﨑は腰をあげて部屋を出て行った。舌打ちをして、温くなった茶を一気に飲む。湯呑みを畳に転がすと、ゴロリと横になった。


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