第3話


 ヴィと共にフィールドワークを行ってわかったことだが……動物に擬態する植物は異世界でも極少数のようだ。


「…………」


 見たことのない幼虫に葉を食べられる異世界の草花を観察しながら『まあ、そりゃそうだよな』と思う。

 異世界とはいえあんな形の植物ばかりではないだろう。

 別に、植物の生き方を否定する訳ではないが……なんというか、効率が悪いなと感じていた。

 例えば、地中に広く根を広げ、また胞子を飛ばすことで数を増やしていくスギナの方が賢いように思うのだ。


「……トウセイの言った通りですね。別々の個体かと思ったら、本当に地中で繋がってる」


 実際、今まさに異世界の住人であるヴィがスギナの駆除に手を焼いている。


「わかってると思うけど、根を残すとまた生えてくるからな」

「――ッ」


 涼しげな声で紡がれた異世界の言葉は、おそらく口汚い罵倒だろう。

 人間より早く異世界の侵略を開始したスギナに感心しつつ、ずっと抱いていた疑問をヴィへ訊ねようと考えた。


「なあ、こっちには目が見えている植物でもいるのか?」

「目? さあ、少なくとも私は聞いたことありませんね」

「だったら、他の生き物に擬態している植物はどうやって相手の姿形を知るんだよ」

「ああ、そういう疑問ですか」


 ヴィは駆除作業の手を止めるなり、真面目な顔で告げる。


「あれは別に、植物がものを見ている訳ではないんです。植物に宿るマナ……つまり、空気中から取り込んだ極々微小な世界に充満する魔力。それから植物が様々な情報を読み取っているんですよ」

「……は?」


 ぽかんと口を開けていたら、「なんですかその間抜け面は」と罵られてしまった。


「その……世界に充満するエネルギーから植物が情報を読み取っているってのが良くわからなくて」

「……と言うことは、何もわからなかったんですね」


 『わからなかった』と言えばそうだろう。

 だが、『信じられなかった』という方が適切だ。

 まさかと思いながら、答え合わせをするようにヴィへ質問を続ける。


「まさか、この世界には大気中に微小な魔力……マナが満ちていて、植物はそれを水分のように体へ取り込むことで生きているのか?」

「そうです」

「そして、マナの中には情報が閉じ込められていて、植物は取り込んだマナから情報を読み込むことができる?」

「ええ。そして、体に蓄えたマナの保有量が多い植物はマナの力を借りて意識や思考能力を持つとも言われています」


 ヴィが口にした言葉は、俺達の世界からすれば衝撃的と言わざるを得なかった。

 植物が意思を持つのか……それは、今も学者たちの間で議論されている事柄だ。


「まさか……異世界でこの論争に決着がつくとはな」

「……トウセイ?」


 いち姉が聞いたら喜ぶだろう。

 彼女は植物は意思を持つ派だった。


「いや、すまない。つまり、こっちの植物は葉から根に至るまで……マナを蓄える部分が動物でいう脳の役割を果たしているということか」


 まだ半信半疑ではあるが『ここは異世界なのだ』と自分へ言い聞かせつつ、目の前でエルフが語ったことに納得してみせる。

 しかし、俺が頷いた直後――、


「ええまあ。全ての植物がそうであるという訳ではありませんが」


 ――と、付け加えた。


「……どういうことだ?」

「言ったでしょう? マナの保有量が多い植物がマナの力を借りて意思や思考能力を持つと……例えば、そこで虫に食べられているキオオムラサ草などは、マナの保有量が少なく。意思や思考能力を持つとは考えられていません」

「なるほど……同じマナを保有する植物でも、保有量によって種類が分かれるということか」

「そうです。そして、保有するマナの量が多い植物を私達は有魔法植物と呼んでいます」


 それは、素人にも覚えやすくていい。


「有魔法植物ね……」


 小さく呟いた後、ヴィへ「他に有魔法植物の特徴はないのか」と訊ねた。


「特徴ですか?」

「例えばほら、擬態能力の有無みたいな」

「……そうですね。有魔法植物は冬を迎えても落葉しません。これは、厳しい環境下でもマナの消費を抑える必要がないからです。あとは」


 地球でいう常緑樹ににた特徴が上がった直後――、


「有魔法植物は、魔法を扱うための触媒になったり、魔法薬を作るための材料として重宝されている」


 ――黒髪の男……シアが険しい表情をしたまま口を挿んで来た。


「今、別にそういう特徴は聞いていなかったんだが?」

「必要なことだ。聞かせておいて早すぎるということはない」

「どういうことだ?」


 目線をヴィに移すと、彼はシアの態度に呆れたのか、それとも俺の無知に呆れたのか――やれやれと肩を竦めてから語り始めた。


「あなたは知らなくて当然ですけれど、シアが言ったように有魔法植物は魔法の触媒になったり、魔法薬の材料になったりするんです。彼が使う杖も有魔法植物に属する樹木から作られていますし……トウセイにわかりやすい例を挙げるなら、ジエイタイを襲撃する際に使った煙幕。あれも魔法薬を用いた道具ですね。まあ、煙が可視できてしまう時点で、本来あれは粗悪品な訳ですけど」

 ヴィは「要は使いようです」と続けてから話を本題へ戻した。


「つまり、有魔法植物には様々な使い道があり、私達の住む世界ではこの植物をどれだけ多く保有しているかで国力が決まると言っても過言ではありません。そして、私達の住むリゼウス王国の現国王は、それを王族と貴族で独占することで国を支配しているのです。さて、ここまで言えば、盗掘団の目的はおわかりですね?」


 出来の悪い生徒を試す誘導的な問い掛けだ。


「……ようやく、あんた達が盗掘団なんて名乗ってる理由がわかったよ。目的は王族や貴族が所有する領地で管理されている有魔法植物の盗掘か」


 答え合わせの必要はないだろう。

 そう思った直後、


「いや、僕達の目的はそれだけではない。だって、それだけじゃ正義の味方だなんて言えないだろう?」


 金髪の男――夜月の盗掘団の団長はキギリは正解に補足を加えた。


「有魔法植物を独占する権力者から盗掘した有魔法植物を、貧しい者達に与えて初めて我々は正義の味方足り得る。もっとも、他にも仕事はあるけどな」

「キギリ……」


 穏和な表情で微笑む団長を呼ぶシアの眉間に深くシワが刻まれる。

 しかし、


「その他の仕事って?」


 苦い顔になるシアとは対照的に、キギリは明るい声色で答えた。


「決まっているだろう? 人助けだよ」

「…………?」


 まあ、答えを聞いても具体的な内容はわからなかった訳だが……。

 そうして困惑していると、ヴィが助け舟を出してくれた。


「キギリの言う人助けって言うのは、例えばゴブリン退治のことです。丁度、今から行くんですよね?」


 ヴィはキギリが頷いたのを確認してから、俺へ向き直った。


「あなたもついてきますよね?」


 ヴィの挑発的な表情には『まさか、怖気づいたんですか?』と書いてある。


「……俺は一応、非戦闘員なんだが?」

「わかっています。ただ、ついて来るならおもしろいものが見れますよ」


 涼やかな口元に浮かぶ笑みからは、確かな自信が見て取れた。


「そんなつもりはありません。けど、人型の生き物……ゴブリンに擬態する植物なんて、あなたは見たことがないでしょう?」

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