5部 祭りデートをしよう

第26話 ねぇ、俺は?

 翌日、文化祭準備が終わった後、純は龍樹と遥夏に出来上がったプロットを見せることにした。


「完成したよ、それで読んだ感想聞かせてほしんだ」


 龍樹も遥夏も純から渡された紙を取り、それを眺めた。


「面白いんじゃない?」

「俺もいいと思うぞ」

「え、もう読み終わったの?」


 龍樹たちは紙を受け取ってから30秒ぐらいで読み終わった。夢花に見せた時は5分ぐらいは返してくれなかったのであまりの速さに驚いた。


「いや、これぐらいの量そんなに時間かからないでしょ」

「あ、私たちバカだからって読むの遅いって思ってたでしょ」

「俺はバカじゃない、巻き込むなよ」

「追試受けてたの誰だっけ? おかげで文化祭準備大変だったんだけどな~」

「俺です。ごめんなさい」

「正直でよろしい」


 二人で夫婦漫才的なのが始まったので純は黙ってそれを見ていた。これでお互いに異性として好意持ってないんだもの、恋愛って分からないなと純は2人を見て考えていた。


「純?」

「ああ、ごめんバカにしたってわけじゃないから」


 龍樹と遥夏が決して読むのが早すぎるわけではない。夢花の方が遅いのだ。


(柳井さん、僕の書いたプロットしっかり読みこんでたんだな……)


 普通に読んでも5分はかかりすぎ、それはつまり夢花が真剣に読んでいたということだ。


「俺はこれでいいと思うけど」

「私もいいと思う」


 純自身も満足はしていた。ただ、10作も一次落ちをしていたことで自分の作品に自信がもてなかった。だから、この2人に1度感想を聞くことにした。


「純?」

「あ、ごめん、なんでもない。ちょっとぼーっとしちゃってた」

「徹夜で書いてて疲れたのか?」

「そうかもしれない」


 2人から褒められたにも関わらず、心にモヤモヤが残った。


 すんなり面白いと言われたのが少し引っかかってしまった。夢花にあれだけダメ出しを貰っていたから、あっけらかんとプロットが完成してしまって物足りなさを感じた。


「大丈夫? 帰った方が良いんじゃない?」

「ううん、平気平気」

「ならいいけど。それで書けそうなの?」

「今までの作品よりは比較的書きやすいと思う」


 今回は純自身の気持ちをキャラクターに移入する分、心理描写などは描きやすい。


「じゃあ、なんでそんな浮かない顔をしてるんだ?」

「いやね、前半部分は過去のことを思い出して書くことはできるんだ」

「そりゃ、純が語った初恋エピソードだもんな」

「まさか、本当に書くとはね」

「2人が書けって言ったんじゃん」

「だって面白いじゃん、その方が」


 そうそう、と遥夏も頷く。絶対この2人面白半分で手伝っているなと純は思った。でも手伝ってくれるだけとても助かっている。だから下手に文句は言えない。


「でも、その言い方だと他に問題があるように感じるけど?」

「そうなんだ、問題はここなんだ」


 純はプロットの中に書かれている“デート”の部分を指さした。


「僕“デート”なんかしたことがないんだよね」

「デート? 純、お前よく後輩の女の子と遊びに行ってるんじゃんか、それじゃダメなのか?」

「私にはそれはデートだと思いますけど」


 機嫌が悪そうに純の方をにらみつける遥夏。


「何故、睨む」


 「別に」と言って遥夏はそっぽを向いてしまう。遥夏は時々機嫌が悪くなる。そういう時はそっとしておくのが良い。


「確かに、僕は柳井さんとよく遊びに行ってたよ。デートの定義からすれば、それもデートとは呼べなくはないんだろうけど……」


 純と夢花の間には互いに恋愛感情はない。仲が良い異性という立ち位置であるため純にとっては龍樹と遊びに行くのと、そう変わらないものだった。


「つまり、純は後輩の子に恋愛感情を抱いてないから、今回の小説には参考にはならないってことだな」

「そういうこと」


 龍樹はバカだが、こういうときの頭の回転は速い。日頃からこれだけ鋭ければどれほど楽か。本当に今度からのテスト勉強、綿原に押し付けようか。


「なんだ~じゃあ、純デートしたんことないんだ」


 急に元気になったのか、純を小バカにしてくる遥夏。デートをしたことがないと聞いていじりたくなったのだろう。


「バカにしてるけど、2人だってしたことないでしょ?」

「「……」」


 龍樹も遥夏も交際経験はない。だからこそ、このデートの相談を2人にしたところで意味はないと思っていた。でも、純の知り合いで交際をしたことのある人はいない。身近で良いのなら笠原がいるのだが、日頃から絡むような仲ではないので聞いたところで答えてはくれないだろう。


「だから悩んでるんだよね。このデートの部分の主人公をどう描写しようか」


 この部分はこの小説の中でも重要な場面。だからこそ、そこを消してしまったり、手を抜いてしまえば一気に小説の質が下がってしまう。


「じゃあ、この部分純はどうしようと思ってたんだ?」

「演じるって言ったらいいかな。とりあえず、誰かと出掛けて相手に恋をしてる人の立場でデートをしてみようとは思った」

「それをすればいいんじゃないの?」


 純が置かれている状況を理解できていない遥夏が簡単じゃないの? という感じで首をかしげる。


「それが出来ないんだよね」

「どうして?」

「どうしてって……」

「純は相手がいなくて困ってるんだろう?」


 さすがは龍樹というべきかしっかり純のことをしっかり理解している。


「相手……? 純仲良くしてる女子多くない?」

「そのジト目辞めて。それにその言い方だと女をとっかえひっかえして遊んでる男みたいじゃんか」

「違うの?」

「違うよ」


 純が仲良くしている女子と言っても、夢花、紗弥加、遥夏の3人ぐらいだ。綿原と最近は話すようになったが、3人ほどではない。


「純が問題視しているのはそこじゃないよ」

「そうなの? 龍樹」

「純は今、柳井さんとケンカ中だろ?」

「ああ、そうかそれで私たちに相談してるんだっけ」

「そう。ケンカしてるのにデートなんか誘ったらまず間違いなく半殺しにされる」


 実際夢花はそんなことをしないだろうが、軽蔑しきった目で見てきそうなのが眼に浮かぶ。


「だから、柳井さんは候補からいなくなる。そして、もう一人純が仲良くしてるのが俺の姉ちゃんだ」

「そっか、純、龍樹のお姉さん振ったんだっけ」


 ニコニコしながら純の方を見る遥夏。「何?」と聞いても遥夏は「別に」と笑みをこぼしたままだった。


「だから、俺の姉ちゃんも候補から消される。というわけで純が仲良くしている女性は全員いなくなる」

「そうだね。その二人がダメなら他にはもう……ちょっと待って、私は?」

「私はって、遥夏は論外に決まってるだろ」

「なんでよ」

「遥夏は純と距離が近すぎるから今回は向いてないんだよ」

「そんなことないもん」

「純は今回疑似恋愛をしなきゃいけない。だから元から距離が近い遥夏じゃ純をドキドキさせられないだろ」


 遥夏は悔しそうに頬を膨らませた。言い過ぎじゃないかとは思うものの、龍樹の言う通りであった。今更遥夏にドキドキするなんて考えられない。


「純もそう思ってるの?」

「……うん。でも別に遥夏に魅力がないと言ってるわけじゃないよ」


 遥夏も純はかわいいとは思う女の子だ。だからと言って恋愛感情を抱くかと聞かれれば別問題なのだが。


「……言ったわね純」

「何その顔。待って怖いんだけど」

「龍樹、もし純が私にドキドキするようなことがあったらどうする」

「なんでも遥夏の言うことを聞いてやるよ」

「龍樹その約束ちゃんと覚えておきなさいよ」


 龍樹の言葉を聞いてニヤッと不敵に笑う遥夏。何か良からぬことを考えているのがよく分かった。


「純、私とデートしよ」

「え? 急に?」

「私にも魅力がある所見せてあげる」

「いや、魅力はないなんて言ってないけど」

「とにかく、ドキドキさせてあげるんだから。感謝するわよ絶対、小説の参考になりましたって」

「参考になるなら、嬉しいけど。それでどこに行くの? 普通に遊びに行くぐらいなら昔からよくしてたし、今更ドキドキなんてしないよ」

「今週の日曜、何があるか分かる?」

「日曜って……あ~あの祭り?」


 毎年この近所の神社で行われている祭りで、毎年龍樹と遥夏と3人で行っている。


「そう、そこで私と2人きりっでデートしよう」

「え、じゃあ俺は?」

「お姉さんとデートしてればいいんじゃない? お姉ちゃんっ子なんだし」

「ひどっ!」

「純は良いよね?」


 小説の参考になるなら別にいい。遥夏といるのは気を遣わなくて素でいられるから、楽しそうではある。


「断る理由はないかな」

「じゃあ、決まりね」


 遥夏と祭りデートをすることになった。


「ねぇ、俺は?」


 寂しそうにする龍樹をよそに、遥夏はうれしそうにしながら待ち合わせ場所などを純に伝えた。

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