第18話 夢追い人①

 夢花とのケンカ? をした夜。純の携帯に一本の電話が来た。


「どうしたんですかこんな時間に」

「もしもし、純くん? 遅くにごめんね。申し訳ないんだけど、明日バイトの前に少し話したいんだけど良いかな?」


 電話の主は夢花の母だった。


「大丈夫ですよ。明日はバイト以外に予定も入ってないので」 

「良かった。じゃあ、9時半頃お店に来てもらえるかな?」

「分かりました。……あの」

「どうしたの?」

「いえ、何でもないです。では明日お願いします」

「そう。じゃあ、明日よろしくね」


 夢花はどうしてますか? たったこれだけの言葉が言えずにいた。やっぱりちゃんと謝ろう。明日は夢花と同じシフトなのだから、話す時間はあるだろうから。


     *


 翌日、柳井書店へ行くと、すでに夢花の母が待っていた。


「昨日はごめんね、急に電話しちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ」


 ケンカをした次の日に夢花の母と話すのは少しぎこちなく感じた。


「話っていうのは……」

「ちょっとおばさんの話に付き合ってもらってもいいかな」

「はい、かまいませんけど」

「もしかして昨日、夢花とケンカしたりした?」


 ケンカした夜に急に電話してきた時点で察してはいたが、こうも直接言われるときまずい。純が申し訳なさそうに頷くと夢花の母はクスっと笑った。


「やっぱ、ケンカしてたのか~。昨日ね夢花、自分の部屋でもの凄く荒れてたから何かあるんだろうなって思ってたんだ」

「夢花さん、僕のことまだ怒ってますかね?」

「さあ~ね、そのことについて夢花と話してないから私じゃ分からないかな。自分の口で聞いてみたら?」


 純が夢花と話すのが気まずいから母に聞いているのに、彼女は小悪魔のように純のことをおちょくってくる。夢花の母は高校生の娘がいるとは思えないほど、若く見える。20代だと言われても全然信じられるぐらいだ。


「ちょっとそんな怖い顔しないで、笑顔でいないとカッコいい顔が台無しだよ」

「……お世辞はよしてください」


 怖い顔をした自覚は純には一切なかった。純は夢花の母は少し苦手な女性だ。嫌いというわけではないが、話すとテンポを狂わされるので、苦手意識が純にはあった。


「冗談はこれぐらいにして、純くん夢花のこと許してあげてね」


 先程までふざけた顔が嘘かのように真剣なまなざしでこちらを見てくる。


「許すも何も悪いのは僕の方だと……」

「どっちが悪いとかそういう話をしたいんじゃないわ。それは2人の時にやってくれる? 私興味ないから」


(まったく、この人は……)


「ところで、純くんは小説家になるのが夢なのよね?」

「何でそれを?」


 純が小説家を目指していることは夢花の母には教えていない。彼女が知っているということは……


「安心して、夢花に教えてもらったとかじゃないわよ」


 こちらの思ったことを簡単に読んでくるところも純が彼女を苦手としている理由の一つだ。心を見透かされてそうで怖い。


「バイトの隙間時間にメモ帳にたくさん書き込んでたり、紗弥加ちゃんとかともたくさん話してたの見てたからね。あと、最近は夢花の部屋に入り浸っているようで驚いたけど」

「あれは、夢花さんの部屋に入り浸っているわけじゃくて、家の方が落ち着いて話せると言われて」

「ちゃんとわかっているわよ。ただあの子にしては大胆なことをしたなと思っただけよ」

「普通付き合ってもない異性を部屋に入れたりしませんもんね」

「それを分かっていながら入る純くんもなかなかだけどね」

「……それは」

「あまりいじりすぎちゃうと純くんに嫌われてしまうわね」


 そうは言うものの隙があればいじってきそうなので怖い。


「あの子が男の子と話すところ久しぶりに見たのよね」

「え?」

「純くんと会うまでは夢花、男の子と話していなかったのよ。確か最後に見たのは小学生のころだったかしら。理由を聞いても教えてくれないのよ」

「そうだったんですね、全くそんなこと知りませんでした」

「だから、純くんが仲良くしてくれるのはありがたいわ。あの子毎日が楽しそうだもの」


 夢花とは色んな所に出かけたりしたけど、そんな過去があることは知らなった。純が誘えば普通に来るし、夢花の方からも誘ってくることが多かった。だから、交際経験はなくとも異性とお出掛けぐらいはしているものだと思っていた。


「だからね、純くんとケンカしたと知って驚いたわ。この2人でもケンカするんだって」

「あれはケンカというか……、夢花さんには僕の小説を見てもらってアドバイスをもらってたんですけど、なかなか上達しなくて、怒られてしまって」

「あら、それが原因だったの?」

「はい」

「夢花の評価厳しいでしょ」

「それはもう……」


 面白いです。なんて感想は夢花に言われたことがない。ダメですという言葉は何度も言われたが。


「純くんはここに置かれている店長オススメの本面白いと思う?」

「それはもちろん。夢花さんのお父さんが薦めるだけはあるなと思いました」


 柳井書店には多くの本棚が並んでいる。その中で一つレジの横に『店長のオススメ』と書かれた棚がある。そのコーナーはお客さんからも人気ですぐに補充をしなければならないほど売れきれる。本好きのお客さんからは丘にどの本がオススメなんですか?って聞かれることが多々ある。


 純もこのコーナーに置かれている本は読んだことがある。夢花にその本を貸してもらって読んだわけだが、店長は凄いなと尊敬をしたことがあるほどだ。中には純が夢花に薦めた本が置かれていることもある。


「これ実はこのオススメのコーナーの本選んでいるのお父さんじゃなくて、全部夢花なのよ」

「夢花さんのオススメだったんですか?」

「驚いたでしょ? 選んでいるの夢花なんだから『店長の娘のオススメ』って正直に書けばって言ったんだけど、夢花に店長って書いた方が売れるよ。って言われてこのままにしているのよね」


 驚きというよりは「へ~」と感心してしまった。夢花の薦める本は面白いと純も思っていたので、それがこの書店にこうして並び置かれていることに他人のことながら嬉しさがあった。


「だから、夢花が純くんの書いた小説を厳しく評価しているのも、純くんためを思ってしていることなのよ」


 自分のために言ってくれているとは純でも分かっていた。ただ、たかが本屋の娘と思ってしまったことはひどく反省をしている。夢花の本の評価は全くの素人意見ではなく、多くの人が認めるほどの正当な評価であったと分かってしまったからだ。


「夢花もね、純くんには厳しく言っているようだけど、本当は純くんが書いた小説いつも楽しそうに読んでいるのよ。あの子ったらわざわざ毎回プリントアウトしてまで読み込んでいるんだから。ここをもっとこうすれば面白いとか言いながら線をいつも引いて読んでたわ」


 夢花が純の小説につけた点数はじっくり読みこまれた上で書かれていたのを知ると嬉しさもあったがその分申し訳なさがあった。夢花は頑張っていてくれているのに自分は何をしていたんだと。


 文化祭準備を忙しいことを理由に純はプロットの作るペースを落とした。作る時間とアイデアがないことを理由にして。だけど、本当は頑張らなきゃいけなかったのだ。アイデアがないなら必死に探し、隙間時間を見つけてプロットを作ることもできた。


 今月は忙しいからシフトに入れないと言っていた夢花なのに、純のために時間を割いてアドバイスをくれていた。純は自分のことであるはずなのに夢花に負担を掛けさせてしまったのだ。それなのに、純はもっと本気で取り組めたはずなのに、理由を他に作って現実にしっかり向き合っていなかった。


(しっかりしろ、これは僕の夢のはずなんだから……)


 幸いにもWX文庫の新人賞締め切りまであと50日近くある。今からでも遅くない。残りの時間真剣に向き合おう。


 その決意と同時に純には1つの疑問が生まれた。


「夢花さんのお母さん、なんで夢花さんは僕のことなのにここまで真剣にやってくれるんですか?」


 純と夢花は仲の良い友達だ。決して付き合っているわけじゃない。それに夢花には他に別の思い人がいるんだろうなっと純は感じていた。だからなおさら、仲が良い友達ということだけを理由に手伝ってくれるものなのだろうか。


「それは、夢花も純くんと似たような夢を持っているからよ」

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