CHAIN GAME

錦木

第1話 火蓋を切る

 街の喧騒けんそう

 呼び声、かけ声。

 笑い声が高らかに響いて、泣き声は空に消えて。

 人、人、人。


「なんて騒がしいことだろう」



 火の粉が舞う。

 地をめ天を焦がすように辺りを焼き尽くす。

 苦悶の声をあげるものはなく、嘆き苦しむ声もしない。

 それでもこれを見たものは悲鳴を上げるだろう。

 燃えて形がなくなっていく。

 よく燃えるのを見て、その人物は、それを眺めていたものは満足げに背を向ける。

 赤赤あかあかといつまでも火は揺れていた。



〈智雪〉


 よく澄んだ空が見える日暮れの頃。


「なあ、小峰こみね産業昨日焼けたって知ってるか」

「なにそれ」


 俺は天体望遠鏡を組み立てる夕映ゆえに話しかける。

 日が暮れてきた。

 空には一番星がぽつんと光っている。

 黙々と作業を続ける夕映に俺は言った。


「なあ、聞いてるのかよ」

「聞いてる聞いてる」

「なら手を止めろよ」

「お前の言葉は後でも聞けるけど刻一刻と空は変わっていってるんだよ」


 はーとため息をつくと俺は寝転んで空を見上げた。


「お前はいつもそれ」

「で、小峰産業がなんだって」

「マジで知らないのか?お前ニュースくらい見ろよな」


 俺がそう言うと目を細めて夕映は俺を見下した。


「バカいうな。ニュースならお前より断然見てるよ」

「でも今俺が言ったニュースは知らないんだろ」


 そう言うと夕映はムッとしたように言った。


「俺は忙しかったんだよ。誰かさんとは違って。テスト勉強で」

「そうかお前は日本一の大学目指してるんだったな。まったくご苦労なことで」


 俺はごろんと冷たい屋上の上に横になった。

 風が心地いい。

 コンクリートはずいぶん冷たいがそんなことは気にならない。

 綺麗な空だ、と思った。

 自分は夕映と違ってそんなに熱心に空を見にきたわけではないが。


「お前この先どうすんの?」 


 夕映がふと訪ねた。


「進路のこと?」

「それも含めてその他もろもろ」


 ざっくりとしてるなと思った。


「まだなにも決めてない」

「そっか」


 息をついた。


「来し方はすでになく、行く先は未だ見えず」


 夕映が呟いたが意味がよくわからなかった。


「なんだそりゃ」

「さあな」


 夕映は素っ気なく明後日の方角を向いた。

 俺は起き上がる。


「どうだ。よく見えるかよ」

「ああ。今日は快晴だからな」


 どいてもらおうとした時音が鳴った。

 ザザッとしたノイズの後に声が入る。

『次のニュースです。県議員の選挙が始まります』

 パッと画面が変わって男が映った。

 優雅ゆうがに礼をしてから記者に話をしている。

 長い髪に細い身体がどこか中性的で議員というよりは、古い言い方だがどこかの貴族のようだ。


「あ、こいつ知ってる」

「だれ?ああ。木崎きさきか」


 難関大学にストレート合格、研究員になりそこから一気に政治の道へといった経歴が語られている。

 絵に描いたようなエリートだ。


「たしか親も金持ちだったよな」

「金持ちってそんなアバウトな。まあ政治家になろうなんていうやつは金持ちだろうけど」


 見るからに俺らとは格が違うというか違う世界を生きている人間に見えた。


「偏見じゃないか」

「人生ゆうゆうと渡っていくやつはたいてい金持ちなんだって」


 俺がそういうと夕映が言った。


「で、火事っていうのは?」

「そうだ。小峰産業っていうのはたかくけいえい?ってやつで本業の物流の他にもシステムの管理もしてるんだって。そこの情報管理所が燃えたらしいぜ。なんでもまだデジタル化してない資料があったとかなんとかで……」

「ちょっと待て」


 夕映が手でそれを制した。


「それって街の中心部?駅の近くか?」

「そうだけど」


 夕映が沈黙した。

 なんか深刻そうだなということだけがわかる。


「なにお前なんか心当たりあんの?」

「今からそこに行ってみる」

「え、なに急に」


 驚いたが夕映の表情は切羽詰せっぱつまったものだった。


「誰かが情報を盗んだのかもしれない。その痕跡こんせきを消そうとして燃やしたのかも」


 言う間に天体望遠鏡を片付けはじめる。


「待てよ。夕映が行くなら俺も行くし」


 そういうと夕映がこちらを見た。

 息をのんだ。

 今までに見たことがないほど真剣な表情だったからだ。


「な、なんだよ」

「ついてくるというなら止めない」


 夕映は天体望遠鏡をしまったケースを担いだ。


「ここから先は自己責任だ」



「待てって。早いよ」


 俺は肩で息をした。

 それでも夕映はズンズンと先を歩いていく。


「なあ今日じゃなきゃダメなのか。ほら、もう日も暗くなってきたし」

「できるだけ現場が動いていない状態で見ておきたい。他のやつが土足で踏み入る前に」


 夕映はそう言った。


「現場って」

「なあ、智雪ともゆき


 夕映が俺のほうを振り返った。

 焼けたビルはもうすぐそこだ。


「置いてくるのはどうかと思ったけどやっぱりお前はここに来るべきじゃないと思う。いや来るべきじゃなかった、か」

「なんだよどういうこと」

「ここにあるのは不都合な真実だからさ」

「不都合な真実」


 俺は繰り返して言った。

 意味はさっぱりだった。


「とにかくお前は……」

「あーちょっと君たち!」


 夕映の言葉を遮るように声をかけてくる人がいた。


「ダメだよ、勝手に入ろうとしちゃ」


 スーツ姿の男がやってきた。

 サラリーマンだろうか?

 顔が童顔なので一見社会人というより大学生くらいに見える。


「なんですか」


 夕映が不審そうに言う。


「なんですかってこういうものだけど」


 男が懐から取り出したのは警察手帳だった。

 マジかよ、ドラマでしか見ないような展開だなと俺は思った。


「俺は安斎あんざい。君たちは?近くの高校生?」


 しげしげと安斎が俺たちを観察する。


「……ええまあ」


 無愛想に夕映がそう言った。


「野次馬か?言っておくけど炭になっているだけで見て面白いものなんてなにもないぞ。学生は早く帰って宿題でもすることだな」


 別に嫌な言い方ではなかった。

 出来の悪い後輩を見るような印象。

 警察というとなんというか威圧的でお役所仕事な感じがしていた俺はへえこういう人もいるんだと思った。


「はいはい、善処します」


 俺はそう言って夕映を引っ張る。


「早く帰るんだぞ」


 そんな俺たちを問題がないと見てか、安斎は向こうのほうに歩いていった。


「おい」


 俺は小声で言う。


「ていうかよく見たらここ、お前の親父さんが働いてる場所じゃないか」

「……ああ。親父は下っ端の平社員だけど」

「おいおい実の親にその言い方はないってー」


 俺が呆れていると、夕映はじっと俺の顔をのぞき見るようにして言った。


「悪いな」

「なにがだよ」

「お前を、付き合わせて」


 安斎がいないのを見計らうと夕映はビルに張り巡らされたテープをゆうゆうとくぐっていった。


「あ、やっぱり行くんだな……」


 俺も、多少あたりを気にしてから夕映に続いて中に入って行った。



「うわ、思ってたよりひどいな……」


 ビルは五階建てだが、最上階のワンフロアが焼け焦げている。

 幸い焼けたのは深夜とのことで従業員がいなかったのは救いだったか。


「パソコンは……外はやられてるけど中は取り出せば大丈夫かもな」


 夕映は冷静にそう判断する。


「おかしいな」


 俺は天井を見る。


「スプリンクラーとかあるんじゃないか?故障してたのかな」

「動かないように細工してたんだろ」


 夕映がパソコンから目を離してそう言った。


「細工って……」

「自然に火が出たと思っているのか?」

「逆に違うのかよ?」

「パソコンが発火した形跡はない。喫煙所は下の階。給湯室もここよりは燃えてない。まあここまで燃えていちゃよくわからないが」


 夕映は部屋の中央あたりを指さした。


「火元はあそこだ」

「あそこって。なにもねえじゃないか」


 夕映は首を縦に振った。


「なにもないところから発火したんだ」


 俺は首をひねる。


「自然発火ってやつ?」

「見ろ」


 部屋の奥。

 壁に備え付けのいかにも重要なものが入ってそうな金庫が開いていた。


「これは……」


 俺が絶句していると夕映は中をあさった。


「ちょっ、おい勝手に触っていいのかよ」

「チェーン・リポート。こんなところに……」


 夕映が紙の束を掴む。


「おかしいな」

「なにが」

「これは政府の機密扱いの書類なんだ。なぜこんな雑に……」


 はっとして夕映は慌てて紙の束を戻した。


「帰るぞ」

「えっなに」

「早く!」


 俺の手首を掴むと夕映は廊下に出た。

 電気系統もやられているようで足元がよく見えなかったが非常用電灯がついているのは救いだった。

 機密書類。

 チェーン・リポートってなんだ。

 ここにあるってなんでわかった。

 なぜ夕映がそんなことを知っているのか。

 聞きたいことはいろいろあるが、言葉が出てこなかった。

 やっと入り口までたどり着いたとき、なにか口論のような声が聞こえた。


「ちっ。今は出ていかないほうがいいか」


 夕映は物陰に隠れた。


「お前も動くなよ」


 会話の内容が聞こえてくる。


「だから今は入れないんだよ」


 大人の男の声。

 さっきの安斎とかいう刑事だ。


「だからよお、俺たちそこのビルに用があるんだよ」

「邪魔するなら痛い目見るぜ」


 うわ、と智雪は思う。

 明らかなチンピラだ。

 さすがにここまでテンプレだとどうかと思うが。


「やっちまえよ」

「うわっ」


 その時、風が大きく吹いた。

 安斎の身体が飛ばされて壁に叩きつけられるのが見える。


「あいつ、能力者ホルダーか」


 俺は焦って言う。


「おい、ここにいちゃまずいんじゃないのか。見つかるのも時間の問題だぜ」


 そう言っている間にも安斎を突破したチンピラはこちらに向かってくる。

 万事休すか、と思ったとき不良の一人の体が吹っ飛んだ。

 なんだ、と思ったが安斎が飛び回し蹴りをくらわせたのだ。


「なんだ、こいつ」


 能力を見せてもちっとも怯まないことに驚いたのだろう。


「国家権力をなめるんじゃないよ」


 安斎は言った。


「全員そこを動くんじゃないぞ」


 智雪は物陰から少し移動した。

 ガラス越しにビルの外を見る。


「おいヤバいぞ、夕映。向こうは三人だ」

「能力者か。どう見てもマスターファイブじゃないとはいえ警官一人じゃ分が悪いな」


 そう言って夕映はあたりを見渡した。


「裏口から出るぞ」

「おい、待てよ。安斎さん見捨てていくのかよ」

「俺はヒーローじゃない。それに今日知った他人を助けるほどのお人好しでもないしな」

「でも安斎さんは俺たちを危険から遠ざけようと注意してくれただろ」


 俺が説得しようとすると、夕映は面倒くさそうな顔で言った。


「わかったよ。そんな顔をするな」

「そんな顔ってなんだよ」

「犬がしょげたような顔だよ。こっちが悪いことをしている気持ちになる」


 夕映はため息をついた。


「わかった。じゃ勝ち目はないが安斎に加勢するっていうことでいいか」

「お前ならそう言ってくれると思った。そうだあれ」


 俺はそう言って廊下の隅に行くとあるものを持ってくる。


「消化器?」

「ああ。目くらましくらいにはなるだろ」


 俺は片目をつぶって見せる。


「まあ子供だましだがな……やるしかないか」


 そう言って夕映はこちらとあちらと交互に見た。


「よし行くか」 


 飛び出そうとした時、声がかかった。

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