三. 熱

 夏の一番高い日差しが遠くなって、柔らかいオレンジ色した陽がボクのいるこの場所を照らしている。小窓から行き交う人を眺めていると、見知った顔の二人が歩いて来るのが見えた。


 萌音ちゃんが帰って来た!


 そう喜びたいけど、そういうわけにもいかない。萌音ちゃんの横には隣に住む幼なじみの男子、かいりがいたからだ。

 浬と萌音ちゃんは小さな頃から近くにいる。まるで本当の兄妹のように仲が良かった。彼女は浬に想いを寄せている。

 恋に鈍感なかいりは萌音ちゃんの熱い想いを知ろうともしていない。見ているボクの方がもどかしい。

 萌音ちゃんは現在、絶賛片想い中の彼を振り向かせようと試行錯誤の日々を送っている。


 サッカー部で活躍する浬は部活にバカが付くほどサッカーに熱中している。

 竹を割ったように真っすぐで嫌みのない明るさがある。憎らしいけど男女共に好かれている人気者だ。浬を狙うライバルも多そうだけど。

 萌音ちゃん、サッカーの試合があればよく応援しに行っている。それはもう新妻のようにかいがいしく世話を焼いたりして。

 浬の誕生日にはお手製のクッキーなんかを焼いていたっけ。「一口だけあげる。ママには内緒だよ」って萌音ちゃんから貰ったけど、ボクにはお菓子の美味しさがよくわかんなかった。ごめんな萌音ちゃん。


(内緒でもらった竹輪とかチーズ、ハムや鰹節の方がボク的には旨かった件) 

 

 バレンタインデーには手づくりの生チョコレートを作って浬に渡してたのを、この二階の出窓から眺めていた。

 だけど、普通にチョコを受け取って何事もなかったように家に帰っていく浬。あまりの無神経さにボクはかなりイラついたりもした。

 萌音ちゃんは、これほど君を振り向かせようと一生懸命努力しているというのに。

 浬さ、君は鈍感すぎやしないか?

 猫のボクにだってそのくらいわかるさ。

 浬とは一度、腹を割って語り合う必要があると思うわけで。

 ボクは人の話す言葉や意味を理解することは出来ても、人のように話すことはできない。実はそれが一番もどかしくて腹立たしかったりする。


 萌音ちゃんは一途で純粋な女の子。

 かいりもすごくいい奴だ。ボクもよく可愛がってもらっているから、そこら辺はよく分かっている(つもり)。

 スポーツ万能で勉強もそこそこ出来てルックスもいい。しかも性格もよいとくれば女子がほっとくわけがない。実際バレンタインデーに多くの女子からチョコを貰っていた浬。

 彼の唯一の落ち度と言えば恋に鈍感だということくらいだろうか。いやそれが一番問題だろう。本当のところ、萌音ちゃんのことをどう思っているんだろう。

 聞きたい。

 猫の手が喉から飛び出すくらいに聞きたがっている。

 

「ただいまー、ミルク!」

「ニャアア(おかえりー)」

「また出窓から外見てたの? ここ、相変わらず好きだよね」

 萌音ちゃんはそう言ってボクを抱き上げたので、嬉しくて彼女の頬っぺたに顔を擦りつけた。

「もねー、ご飯の支度手伝ってもらっていい?」

「はあーい」

 一階リビングからママさんに呼ばれた萌音ちゃん。

「今日のご飯は何かなあ? ちょっと手伝ってくるねえ、ミルク。また後でね」

 部屋着に着替えた彼女は、ふんふんと鼻歌まじりに部屋を出た。

 何だか疲れたので少しばかり目を閉じた。







あれ?

誰だよ、お前

この姿見に映る姿はじゃない

でも自分の意識ははっきりある

確かにこの鏡に映ってる彼は自分なんだ

でもこれはきっと夢だ

念願叶って、よかったじゃないか

夢の中だけでも人間の姿に生まれ変われただけでもさ







 目を覚ますと一緒に寝ていたはずの友達の三毛猫のぬいぐるみ、キラがいなかった。

 探すとキラは姿見鏡の近くにいた。キラの元へ行き口に加えた。

 あれ?

 何か暖かいな。

 いつもは冷たいのに。

 まるで体温が宿ってるみたいな温もりをキラから感じる。


 いつも見るおりひめさまと、ひこぼしさまの夢ではなく今日はもっと不思議な夢を見た。

 夢の中でボクは人間の姿になっていた。

 多分、萌音ちゃんや浬と同じ歳くらいの男の子。瞳の色だけがボクと同じ青色の瞳をしていた。だからこの部屋の姿見鏡に映っていた男の子は人間になったボクの姿なんだ。

 肌の色素はボクの白い毛と同じで陶器のように透き通る白い肌。口元は小さくて瞳は大きい。真っ黒な髪の毛をサラサラとなびかせて彼はそこに立っていた。

 









 







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