魂入れ替え魔法から始まるいくつかの物語

蔵入ミキサ

主人公1 黒帝魔女リフィリア


 私は魔女のリフィリア。みなさんが「魔女」と聞いてイメージする通りの、ごく普通の魔女です。いつもは魔女のお城で大釜おおがまをかき回したり、ホウキに乗って空を飛んだりと、いかにも魔女っぽいことをしています。

 

 でも、今夜の私は主催者のリフィリアです。今夜は魔女のお城にて、「夜宴サバト」という名の立食パーティーを開催しています。

 まあ、ただ食べたり飲んだりするだけのパーティーではなく、ある商品の「即売会そくばいかい」を兼ねていますけどね。


 「いらっしゃいませ」

 「こ、こんばんは。リフィリアさん……。あ、しょ、招待状、持ってますっ……!」

 「こんばんは、ミュフィールちゃん。あら、素敵なドレスを着てるわね」

 「は、はいっ。今日の夜宴サバトのために、せ、精一杯……おしゃれしてきましたっ。へ、変じゃないですか……?」

 「ふふっ、とっても似合ってるわ。改めて、私のお城へようこそ」


 さっそく最初のお客様がやってきました。

 彼女の名前は、【陰影いんえい魔女まじょ】ミュフィールちゃん。臆病おくびょうで内向的な性格の、ちょっぴり陰気な下級魔女さんです。

 ちなみに私、【黒帝こくてい魔女まじょ】リフィリアは最上級魔女なので、ランクの違いはありますが同じ種の魔族です。


 「あ、あのっ……。わたし、リフィリアさんの商品を買うつもりなんですけど、こういうの……初めてで……! ど、どうやって、選べばいいとか……何も分からなくて……」

 「ふふっ、問題ないわ。初心者向けのものを、私がいくつかピックアップしておいたから。ミュフィールちゃんには、カタログの12番あたりをオススメしたいんだけど……どうする? 今から見に行く?」

 「は、はいっ……。お願いします……!」

 「分かったわ。じゃあ、転移魔法を使うわね」


 パチンと指を鳴らして、魔法の力で瞬間移動。私とミュフィールちゃんは、一瞬でお城の地下牢ちかろうにワープしました。

 牢獄ろうごくの番号は12番。この中に、私のオススメ商品があります。


 「ムーン王国出身。少年騎士団ウィンドナイツの若き騎士団長、シルフ・ランドルト。総合能力値はA。仲間を逃がすためにその身を差し出した、勇気ある少年よ。年齢は人間の12歳だから、ミュフィールちゃんと同じくらいね」


 そう、私が売っているのは人間です。

 かつての勇者、英雄、騎士団長。冒険者、盗賊、僧侶、格闘家、魔導士、踊り子、職人見習い、魔狩人まかりびとまで。魔女のお城の地下牢には、様々な種類の少年少女をたくさん取り揃えてあります。私の夜宴に来た魔女や魔族の女性を対象に、その子たちを販売しています。

 

 「黒帝魔女リフィリア……! おれと戦え! ムーン王国ウィンドナイツの騎士団長として、おれはお前と戦わなければならないっ!!」

 

 ほら、元気いっぱいな声。私の商品たちには、ちゃんとご飯を食べさせているので、健康状態も良好です。


 「り、リフィリアさん、怖いですっ……。あの人、すごく怒ってるみたい……」

 「大丈夫よ。武器は取り上げてあるし、魔力を込めた手枷てかせや首輪もついてる。暴力を振るうことはできないわ」

 「でも、わたしっ……数年前に、悪い人間たちに石を投げられたり魔導書まどうしょを破られたりしたことがあって……! そ、それが今でもトラウマで……」

 「そう……。ミュフィールちゃんには、人間に傷つけられた過去があるのね」

 「は、はいっ! うぅっ……」

 

 弱い魔女や魔物が共通して経験するのは、悪い人間からの迫害。ミュフィールちゃんのように、人間におびえて暮らす魔女も少なくはありません。

 そこで、私は彼女にプランを提案することにしました。


 「じゃあ、そっち側になってみる?」

 「え……?」

 「力を持つ側になってみる? 暴力を受け、痛みを知ったあなたなら、強大な力を上手く使えると思うから」

 「で、でも、どうやって……?」

 「たましいを入れ替えるのよ。【陰影魔女】ミュフィールちゃんと騎士団長シルフくんの魂をね」

 「えぇっ……!?」


 魂入れ替えオプション。

 人間購入者を対象にサービスとして提供している、特殊高位魔法プランです。人間にしいたげられてきた魔族の少女ほど、力を持った少年の体を手に入れた時、その魅力にハマります。


 「興味はない? ミュフィールちゃん」

 「わ、わたしは別に……人間になりたくは……」

 「試しに、少しの間だけ体験してみない? それでもし気に入ったら、シルフくんの体に魂入れ替えオプションをつけて売ってあげるから。ね?」

 「えっ……。じゃ、じゃあ、少しだけなら……」

 「ふふっ、決まりね。入れ替わりの魔法をかけてあげるから、まずは牢獄の中へ入って」

 「は、はいっ」


 ミュフィールちゃんとシルフくん。魔族の少女と人間の少年が、一つの同じ空間に。


 「誰だ、お前は! リフィリアの手下か!? お前がおれと戦うのか!?」

 「ひっ……! い、いえ、その……わたしは……」

 「おれは王国の騎士として、数多あまたの魔物を討伐してきた! お前のような下級魔族程度なら、手枷があってもひねり潰せるぞ! 大人しく退け!!」

 「きゃっ! や、やめてっ……。大声を……出さないで……」


 威勢のいいシルフくんの声に押され、今にも泣いてしまいそうなミュフィールちゃん。

 しかし、これも今のうちだけ。体が入れ替われば、立場も逆転していきます。ミュフィールちゃんがシルフくんに怯えることもなくなるでしょうね。


 「おい、リフィリア! こいつに戦意はない! お前が……おれと戦っ……て……」


 魂を抜き取れば、意識を失って倒れます。

 そして、シルフくんから抜き取った魂は、ミュフィールちゃんの体に。ミュフィールちゃんから抜き取った魂は、シルフくんの体に。

 あとは、二人が目を覚ますのを待つだけです。このまま置いて、時間が経ったら様子を見にきましょうか。


 「きっとみ付きになるわ。元の体に戻りたくなくなるくらい、ね」


 * * *


 今宵こよい夜宴サバトに、招待したのは女性のみ。

 本来、人身売買というのは男性の市場です。奴隷どれい商人には男性が多く、また奴隷を買う側も裕福な男性が多いのです。

 つまり、女性には買い辛いのです。「男性ばかりの場所で人身売買するのは恥ずかしい」なんて意見を、よく耳にします。そこで私は、女性が安心して買える取引場として、この夜宴サバトを定期的に開催することにしたのです。


 「リフィリアさん……! こ、こんばんは……」


 この方もそうです。今も挙動不審きょどうふしんにきょろきょろして、恥ずかしそうな顔をしています。

 こういう方は、普通の市場には入ることができないので、私の夜宴サバトに人間を買いに来ます。


 「いらっしゃいませ。花園はなぞののエルフさん」


 東の森の奥地にある「秘密の花園」を代々管理している、エルフのお嬢様です。普段の彼女は、あらそい事や闇の魔族との関わりを避け、花や妖精たちに囲まれて穏やかに暮らしています。

 

 「ごめんなさい、リフィリアさん。私、こういう場には慣れてなくて……」

 「ふふっ、そういう方も多いので大丈夫ですよ。来てくれてありがとうございます。人間の売買に興味を持った、ということですよね?」

 「はい。えっと……この本に載っている子が、欲しくて……」


 エルフさんが取り出したのは、青い魔導書。 それには、私の商品の一覧が載っています。いわば、商品カタログですね。

 夜宴サバトの招待状とセットで、私はみなさんに青い魔導書を配布しています。


 「魔導書を読んで、事前に決めてきてくれたんですね。では、商品の番号をお願いします」

 「は、はいっ……。18番の子です……!」


 パチンと指を鳴らして、魔法の力で瞬間移動。私と花園のエルフさんは、一瞬でお城の地下牢へとワープしました。

 先ほどと同様に、18番牢獄の中にもとらわれの少年が一人います。


 「アゼ村出身。盗賊団『夜天災やてんさい』に所属していた盗賊見習いの少年、リッド・メイズリス。総合能力値はC。仲間に裏切られ、その身を売られる。年齢は14歳で……エルフ年齢で換算すると、だいたい花園のエルフさんの半分くらいです」


 『夜天災』とは、貴族や大商人など財力のある者を専門に狙う、盗賊団の名前です。メンバーは全員、貧しい村出身の人間たちだとか。


 「へぇ。そのエルフのお嬢さんが、おれを買うのか。へへっ、盗賊のおれを家に入れて大丈夫か?」


 たいした実力もない盗賊見習いの少年ですが、口先だけは一流のようです。なんだか微笑ほほえましいですね。

 リッドくんと話をしたいのか、花園のエルフさんは彼に近づきました。


 「私は花園のエルフと申します。『秘密の花園』を管理する者です」

 「ああ、あそこか。昔、盗みに入ったことがあるよ。エルフの財宝が埋まってるとかいうウワサを聞いてね。結局、何もなかったけどな」

 「当時、私は影で見ていました。あなたたち盗賊団が、私の大切な花園を荒らしているところを」

 「へへっ、そうかよ。じゃあ、おれたちをうらんでるってこと? おれを奴隷にして、復讐ふくしゅうでもする気か?」

 「いいえ。あれから、私はあなたをずっと待っていました。また花園を荒らしに来てくれないかなって」

 「え……?」

 「リッドくんのこと、忘れられなくなっちゃったの。あの日から、毎晩、毎晩、あなたのことを想い続けていたのよ。私は、あなたのことが好きみたい……」

 「はあ!?」


 恍惚こうこつとした表情を浮かべる花園のエルフさん。

 どうやら盗賊の少年は、思いも寄らないものを盗んでしまったようです。


 「リッドくんは、今日から私と一緒に暮らすの。お互いに想い合って、心まで通じ合って、二人で仲良く永遠に……」

 「か、勝手に決めるなっ! おれはあんたと一緒に暮らしたくないしっ、想い合う気もないっ!」

 「大丈夫。それが難しいことも分かっているわ。だから、あなたは体だけゆずってくれればいい」

 「え? おれの……体だけ?」

 「ええ。心はこっちにあるから」


 花園のエルフさんは、ふところから小さなビンを一つ取り出しました。


 「……!」

 

 小ビンの中に入っているのは、一匹の妖精ようせい。最下級妖精の『フラワーフェアリー』です。

 とても小さな雌体したい妖精で、花畑や清流のそばで暮らしています。見た目は人間の幼い女の子に近く、知能や思考力も幼い女の子と同じくらい。背中にはちょうのようなはねが生えており、花びらをドレスにして自分を着飾ることを好んでいます。


 「名前はコモモ。リンクフラワーはコスモス。私のお気に入りの妖精よ」

 「そ、そいつが、なんなんだよ……!」

 「コモモは私にとってもなついているの。この子の心をあなたの体に入れれば、私のことが大好きな、従順でかわいいリッドくんが完成するのよ。ねぇ、理想的でしょ?」

 「そいつの心を、おれの体に!? じゃあ、おれの心は……!?」

 「もちろん、コモモの体に入れるわ。あなたは妖精の女の子になるの。他のフラワーフェアリーたちと一緒に、花園を優雅ゆうがに舞うのよ。それもきっと素敵だわ」

 「ふ、ふざけるなっ! そんなの絶対に嫌だっ!!」

 「いいえ、もう遅い。……それじゃあ、リフィリアさん。魂入れ替えの魔法をお願いしますね」

 

 自分以外の二人を入れ替えてほしい、という依頼にも私は対応します。人間の男の子になりたい人ばかりではありませんしね。


 「やめろっ!! おれは、人間の男として、故郷の村に帰るんだ……!! そして、あいつと……」


 魂を抜き取れば、意識を失って倒れます。

 そして、リッドくんから抜き取った魂は、コモモちゃんの体に。コモモちゃんから抜き取った魂は、リッドくんの体に。

 私が魂入れ替えを終えると、花園のエルフさんは私に尋ねました。

 

 「ねぇ、リフィリアさん。最後にリッドくんは何を言おうとしてたのかしら?」

 「ふふっ。故郷の村に住む恋人さんのことだと思います。そろそろ盗賊から足を洗って、その女の子にプロポーズをする予定だったとか」

 「あら、そうだったんですね。じゃあ、会わせてあげないといけませんね。その恋人さんと、変わり果てた姿のリッドくんを」

 「きっと喜ぶでしょうね。人間の女の子は花の妖精が好きだから」


 * * *


 今宵の夜宴サバトはなかなかに盛況。主催の私としても嬉しい限りです。

 夜宴サバトの会場では、ここへ招待された淑女たちが、思い思いの相手と交流をはかっています。


 「なによ、ティナ。せっかく人間の男子になったんだから、ちゃんと男子の格好してこなきゃダメじゃない」

 「だ、だってぇ……。わたし、男の子の服とか持ってないもん……」


 二人の少年。中身はおそらく、天使族の若い女の子でしょう。

 一人の少年はしっかりと人間の男の子らしくオシャレをしていますが、もう一人の少年はスカートがふわりと広がる女性用の聖衣せいいを着用しています。

 

 「ねぇ、魔狩人まかりびとの男の子持ってる? うちにもいるんだけど、今度交換してみない?」

 「いいわね。交換して、入れ替わっちゃう? 私、普段とは違う子になってみたいわ」

 

 高貴な吸血鬼の女性たち。「魔狩人の男の子」……つまり、ヴァンパイアハンターの少年を集めることが、彼女たちの間で流行っているらしいのです。少年たちの体を使って、いろいろな「夜遊び」を楽しんでいるそうですよ。


 「剣士のオスと聖職者のメスを買ったんだけど、生殖活動を全然始めないの。13歳だから、年齢的にはそろそろだと思うんだけど」

 「そういう時は、オスとメスの体を入れ替えるといいらしいよ。性欲に対する自制心が弱くなって、生殖活動をしやすくなるんだって」


 人間の飼育に悩むアラクネさん(上半身が人間で下半身がクモ)に、ラミアさん(上半身が人間で下半身がヘビ)がアドバイスをしています。夜宴サバトでは、ただ交流を楽しむだけでなく、人間の飼い方について誰かに気軽に相談することもできます。


 そして、人間の取引もこれで一段落。

 しかし、夜宴サバトはまだ終わりではありません。私は浮遊魔法を使ってテーブルを運び入れ、その上に次の商品を並べました。

 

 「これより試食会を始めます。どうぞ、ご自由にお召し上がりください」


 次に売るのは食料品です。まずはサービスとして、みなさんに試食をしてもらい、気に入っていただければ商品を購入していただきます。

 本日ご用意した商品は二つ。「マルシェ兄妹のヨーグルト」と「ムツルギの輝宝卵きほうらん」です。

 

 「では、そのヨーグルトをいただけるかしら? リフィリアさん」

 「はい、どうぞ。【りゅう貴婦人きふじん】マグリーさん」

 

 竜人の女性は「マルシェ兄妹のヨーグルト」を選びました。


 「ふぅん、味は悪くないわね。それで……マルシェ兄妹というのは、人間の兄妹?」

 「そうですね。かつては、人間の幼い兄妹でした。二人に体があったころは」

 「あら、体だけが買われてしまったのね。二人の魂はどうしたの?」

 「消してしまうのはもったいないので、新しい体を用意してあげました。お兄ちゃんの方にはお乳の大きな乳牛にゅうぎゅう獣人じゅうじん、妹ちゃんの方には毛深くて荒々しい野牛やぎゅう獣人じゅうじんの体をね」

 「お兄ちゃんはメスの牛になり、妹ちゃんはオスの牛になっちゃったのね」

 「それから、妹ちゃんがお兄ちゃんに欲情してしまい、オスとメスで交尾をして、お兄ちゃんが初めての妊娠、出産。そして、お乳が出るようになりまして」

 「ああ、このヨーグルトはそういうことなのね」

 「ただ、乳牛の特性というのか、一日に異常なほど母乳が分泌されるらしいのです。それこそ、妹ちゃんや二人の子どもが飲んでも飲みきれないくらいの量を。おっぱいが常にパンパンに張っていて、ずっとしぼり出していないとすごく痛いんだって、お兄ちゃんが泣きながら言っていました」

 「あらら、それは可哀想かわいそう

 「以前はそれを利用して、乳搾り体験イベントなんかも行っていたのですが、お兄ちゃんが恥ずかしさに耐えられず母乳を噴出し、お客様を牛乳でびしょ濡れにしてしまうアクシデントがあったので、中止に。今はこうして、私がミルクや乳製品を売っています」

 「乳製品?」

 「ええ。バターにアイス、ミルクセーキなんかも用意してありますよ。魔女は大釜おおがまをかき回すのが得意なのでね」

 「リフィリアさんの手作りなのね。それなら、何か買って帰ろうかしら」

 「ふふっ、ありがとうございます」

  

 こうして、竜人の女性は「マルシェ兄妹のヨーグルト」の大ビンを一つ買っていきました。

 続いて、試食をしにやってきたのは、悪魔族の若い女の子。


 「リフィリアさん! あたしはそっちのキラキラしたやつがほしい!」

 「はい、どうぞ。【黄目悪魔】ヤラロロさん」

 

 悪魔族の女の子は、「ムツルギの輝宝卵」を選びました。


 「うわっ、キャビアみたい……! 『輝宝卵』ってことは、これも何かの卵なんだよね!?」

 「そうですね。これは人魚の卵です」

 「へー、人魚の卵なんだ! もしかして、その人魚も元々は人間だったとか?」

 「ふふっ、よくお分かりですね。元々はムツルギという名の、マスラ族の少年です」

 「マスラ族? 何それ」

 「密林に住む人間の部族ですよ。女人禁制で、美男子が多いことで有名ですね。マスラ族の男たちは、誠実に強さだけを求め、怠惰な欲望を内なる悪とする気高い精神を持ちます」

 「なんか……良いね、その部族」

 「あらゆる面で質が良く、マスラ族は市場でも人気の商品。人魚をさらって売っていた海賊たちも、その価値に目を付けてマスラ族を捕らえようとした。……しかし、マスラ族は強かった」

 「海賊もやっつけちゃうんだ」

 「そこで、私が呼ばれた。か弱い人魚とマスラ族の魂を入れ替えて、慣れない体に戸惑とまどっている間に捕まえようっていう作戦への、協力依頼でね。結果、その作戦は成功し、マスラ族の少年を一人捕まえた」

 「それが、ムツルギくん?」

 「そう。その後、ムツルギくんの体の方は、すぐに高い値段で売れた。しかし、ムツルギくんの心が入った人魚は売れ残り、海賊たちにもてあそばれるようになった。鬱憤うっぷんらしのように毎日殴られ、蹴られ、そしてなぐさみ者にされた」

 「え、ひどい……」

 「このまま海賊に殺されちゃうのは、少しもったいない。だから、ムツルギ人魚さんは私が買い取ることにしました。でも、私のところへ来てからも、平穏へいおんというわけにはいかず……彼には産卵が始まってしまった」

 「人魚の産卵?」

 「ええ。人魚は、有精卵と無精卵が混じった卵嚢らんのうを産むんです。ちょうど今あなたが食べているそれが、人魚の無精卵ですよ」

 「へー。けっこう美味しいよ、これ」

 「産卵する自分の体を初めて見た時、ひどくショックを受けたらしく、ムツルギくんの心はしばらく壊れたままでした。しかし、ムツルギくんはなんとか自力で精神を回復させ、ある日、私に声をかけてきたんです」

 「マスラ族って、体だけじゃなくて心も強いんだね」

 「『ぼくの体を取り戻したいんだ』『お金があれば、体を買えるんだよね? ぼくに、お金の稼ぎ方を教えてほしい』ってね。面白そうなので、私もその商売話に乗った。……つまり、この商品の売り上げは、彼が自分の体を買い戻すための資金になるんです」

 「あー、そういうことなんだ! じゃあ、一個買ってあげよっと」

 「ふふっ、ありがとうございます」

  

 こうして、悪魔族の女の子は「ムツルギの輝宝卵」が入った箱を一つ買っていきました。


 * * *


 今宵の夜宴サバトも、そろそろ終わりが近付く頃。

 そのお客様は突然やってきました。

 

 「いらっしゃいませ。招待状の確認をよろしいですか?」

 「……」


 マントを羽織はおり、深くフードを被った人物。

 馬のような動物を引き連れているようですが、その動物にも大きな布が被せられていて、正体が全く分かりません。


 「招待状はお持ちではないですか?」

 「黙れ……!」

 「えっ?」

 「奪ったものを返してもらうぞ! 【黒帝魔女】リフィリア!!」


 バサッとマントを脱ぐと、その正体が明らかになりました。

 ピンク色の髪、褐色かっしょくの肌、コウモリのような羽根、体に刻まれた淫紋いんもん。そして、露出度の高いビキニのような衣装は、淫魔いんま特有のもの。つまり、私の前に一匹のサキュバスが現れたのです。


 「サキュバス……? 私、サキュバスに恨みを買った覚えはないけど」

 「とぼけるな、しき魔女め! 今に思い知らせてやる!!」

 「ふふっ、サキュバスなのに剣を使うのね。私を斬ることができるかしら?」


 一般的に、サキュバスの武器は魔法です。しかし、このサキュバスさんは魔法を使わず、ずっと剣を振り回しています。

 その豊満なボディには似合わない戦い方。となると、このサキュバスさんも私の魔法の被害者でしょうか。


 「なるほど。だんだん思い出してきたわ。あなた……『惨劇さんげきの結婚式』の時の新郎しんろうさんね」

 「……!」

 「場所はカイナ王国。双頭そうとう大蛇オロチを倒した勇者の少年と、王国のお姫様の結婚式。まるで物語のハッピーエンドのような雰囲気の場所を、私が台無しにしちゃったんだっけ」

 「そうだ! お前は……おれの体を、この汚らわしい淫魔と入れ替えた!!」

 「私のペットだったサキュバスよ。勇者の少年はサキュバスと入れ替わり……お姫様の方は、もう一匹のペットと入れ替わったのよね」

 「くっ! い、言うな……!」

 「もしかして、あなたが引き連れている動物の正体は……」

 「やめろっ!! 姫様は、今も自分の姿を直視できないほど、苦しんでいるんだっ!!」

 「ふふっ。少しだけ見てもいいかしら?」

 

 浮遊魔法を使って、ふわりと布を浮かせます。すると、サキュバスさんが連れてきた動物の正体も明らかになりました。


 「……!?」


 ドルフィンドラゴン。海辺の洞窟にむ、四足歩行の海竜かいりゅうです。

 哺乳類型のドラゴンなので体にウロコはなく、柔らかい脂肪がついています。知能が高くて友好的であるため、金持ちのペットとして飼われることも多いしゅです。


 「久しぶりね、お姫様。でも、なんだか悲しそうな顔をしてるわ」

 「見られたくないんだよっ! 人間の少女が、若いオスのドラゴンに姿を変えられてるんだぞっ!! 早く布を戻せっ!!」

 「あら、それはごめんなさい」

 

 私が浮遊魔法をやめると、大きな布がバサッとかかって、ドラゴンさんの姿を隠しました。

 慌てて、剣を納めたサキュバスさんが、ドラゴンさんのそばへと駆け寄ります。


 「申し訳ありません、姫様っ! おれがついていながら、あなたを晒し者にしてしまうなんてっ!」

 「……!?」

 「もう大丈夫です! 必ずや、あの憎き魔女リフィリアを討伐してみせます! だから、少しだけここで待っていてください……!」

 「……!」

 「えっ? ひ、姫様? 大丈夫ですか? そ、そんなに、おれの体が気になりますか……? 落ち着きが戻らないように見えますが……」

 「……」


 サキュバスさんは、鋭い瞳でキッとにらみながら、私に向かって叫びました。


 「姫様の様子がおかしい……! お前の仕業しわざか!? 何をしたんだ、リフィリア!!」

 「何もしてないわ。やったのはあなたでしょ?」

 「おれが!? 何を言ってるんだ……!」

 「自分がメスの淫魔だということを忘れちゃダメよ。あなた、さっき剣を振り回したから、汗をかいてるじゃない?」

 「汗……!?」

 「サキュバスの汗にはね、オスを誘惑するフェロモンが含まれてるの。あなたが近付いたせいで、お姫様は興奮しちゃったのね。きっと」

 「う、ウソだっ……! そんなわけ……」


 驚いているサキュバスさん。彼女の背中の羽根を、興奮したドラゴンさんが口で掴みます。

 そして、サキュバスさんは布の中へ引きずり込まれていきました。

 

 「ひ、姫様! ダメですっ! 落ち着いてくださいっ!! おれが戦わないとっ!!」

 「キュウン……!」

 「今は復讐をする時ですっ! こんなところで、そんなっ! うぅっ、うあぁっ……!!」

 「キュンッ……! キュウゥン……!」


 もぞもぞと動く大きな布。聞こえてくるのはサキュバスのみだらな悲鳴と、求愛するドルフィンドラゴンの鳴き声。

 夜も深くなってきましたし、見せ物としてはちょうどいいかもしれません。


 「会場のみなさん。この若いお二人の愛に、はなを添えたいと思いませんか? 『布の透明化』『体の一部肥大化』『欲求の増幅』など、金額に応じて私が魔法をかけてみせましょう」

 

 【黒帝魔女】リフィリアが主催する、今宵の夜宴サバト。その最後にふさわしいショーの開演に、会場にいる魔族の女性たちと人間の少年たちからは、大きな歓声かんせいが上がりました。


 * * *

 

 そして、いくつかの物語は、この夜から始まります。

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