五水疾走せし駿馬編

第20話 友達の推し配信をリアタイしてみる

「さぁて! どんどん紹介しちゃうよー! 次のお便りはHNのり茶漬けさんから、いつもお便りありがと―!」

 きらきらと画面の向こうにいる女の子が喋っている。戦の隣にはティッシュ箱を抱えた孝則がいる。その反対側には奇妙なものを見るような八尋がいる。

 ここは孝則の部屋だ。大型モニターが三台あり、その真ん中の一番大きなスクリーンに孝則の推しのバーチャルアイドルが映し出されている。

「ふー! こちらこそありがとうだぜ!!」

 開始してまだ30分しか経っていないというのに、もういくつものティッシュの塊が落ちている。泣くほどの物なのだろうか、と思うからこんなことに付き合わされているのだろう。

 目の前に映し出されているのは、左右で色の違う瞳を持ち、青と黒を基調にした派手な衣装をまとう少女だ。バーチャルアイドルというものは大抵がこのような格好をしているのだと言う。

「ViAちゃんー! 今日も可愛いよー!!」

 本人に聞こえてないのになぜいうんだろう。

「孝則君、どうしていうんです?」

 八尋が聞いてみても、夢から出てこれない孝則には聞こえていないようだ。孝則はこのアイドルを追っかけるためにこのモニターを揃えたのだと言う。

「のり茶漬けさん、お勉強頑張ってね♡」

「ウッ!」

 にこっと笑ってみせたアイドルの顔を見た瞬間孝則が膝をついた。

「孝則君!?」

 心臓を押さえ、呻いている顔は苦しそうにもうれしそうにも見えた。

「幸せだ……」

「ノリちゃん!? 死ぬなよ!」

「死ねるかよ……ViAちゃんのチャンネル登録者数が100万超えるまで生きるって決めてるんだ……」

 よく分からない言葉をつぶやきながら、孝則はのろのろと体勢を元に戻す。

「よく分かりませんが、この女人から危ないものを感じます! 魂魄に異常をきたす所業、もしやこの女人も鍛冶師の手先では!?」

「それはないんじゃないかな」

「しかし!」

「ノリちゃん、リアクションが激しいとこあるし」

 孝則の母が用意してくれたケーキを平らげながら戦は言う。おかげ堂は食堂だからこういうスイーツ物にはちょっと縁遠くなるので、こういう時はありがたい。八尋は初めて見たケーキに目を輝かせていた。

(ケーキを見たことないってどういう生活をしていたんだろう)

 この世の理とは違う所から来たことは分かっている。先日もその世界の一端を目の当たりにした。

 暗く、昏く、無数の魄の結晶が落ちているところ。地獄とも天国ともつかない、空白の世界だった。

 あの場所から自分の父と母は来ていたのだと思うと、少しだけ寂しく思えた。

(あの場所は、できればもう……)

「若君?」

「はっ!?」

「なにやら考え事をされているようでしたが、もしや具合が悪いのでは?」

「いや、それは」

「二人とも! これからメインの歌踊コーナーなんだから見ろよ!」

 ぐいっと、孝則が戦と八尋を画面の前に突き出した。ピコピコとした電子音の後、ViAが躍り出す。これがゲームではなく、一個人の技術で行われているのだから驚く。


「あ、気づいたらもう一時間も話してたね! いやー、時間が経つのは早いなぁ~。みんなもそう思うよね? うんうん、そうだよねー」

 踊り終わったViAが少しだけ息を切らせて言う。こくりと頷く仕草は本当に自然だった。

「あ、ところでこんなお便りがきたんだー。ちょっと読んでみるね」

 ふぅ、と一息をついて彼女は語りだした。


「ある町に馬に乗った首なしの騎士の幽霊が出るんだって」

 ぶつり、とBGMが途切れ、深刻そうな顔で彼女は言う。

「その馬も普通の馬じゃなくて、暴れているみたいで、通った後には血みたいな赤い物が点々と続いているんだってさ」

「結構目撃情報があって、検索すると出てくるって」

 それは、この配信で言う事だろうか。ふと横を見ると、孝則と八尋がそれぞれ違った雰囲気で見ていた。

(これは……?)

 戦が何か言おうとしたとたん、ぱっと画面が切り替わり明るく楽し気なBGMが流される。

「いやー、夏だねー。あれ、こんな感じの幽霊って、確か外国にいなかった? あ、デュラハン? そーそー。廃墟になったお城にいるって! そうそう!」

「びっくりした―。怪談配信やるのかな? 夏だしなー」

 はぁーと孝則が息をつく。

「怪談とは何です?」

「オバケとか、幽霊とか、階位とか、そんな怖い話の事だよ。夏になったらやるんだ。見たことない? 夏の特番のホラー特集」

「八尋はかなり田舎から来たから、テレビはあんまり見てないんだ」

「田舎の方こそありそうだけど。ほら、忘れ去られた村とか、廃墟の病院とか」

「……」

 田舎ではありません、と小さく反論されたけど気にしないことにしよう。それに、八尋は確かそういうのは否定する方だ。自分自身がその手の存在だという事を棚に上げて、だ。そんなことを言えば、お前が言うな状態になるので言わないけれど。

「デュラハンか―。日本でそう言うのはあんまり聞かんよな」

 配信が終わり、暇になった孝則がケーキをぱくつく。手の汚れにくいタルトを選んだが、ぼとぼととフルーツが落ちている。

「いたら怖いけどな」

「夏だからこそ、そういう話が合いそうだけどなー」

「そろそろ店の時間だから行くね」

「おう! また配信一緒に見ような―!」

 手を振って孝則が見送ってくれる。夏だから日暮れは遅くなっているけれど、店の手伝いをしないといけないから、少し早く行かなくちゃ。

 その日は週末という事も会って、久々に満席になった。初めの頃こそ慣れずに盆をひっくり返していた八尋だけれど、日が経つにつれそつなくこなせるようになった。八尋が注文を取ってくれるので、戦は意気揚々と台所に立っていた。

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