第19話 炎神御柱

「これで、いいんだな」

「はい、これが鍛冶師に加工されたこの者の魄です」

 イクサは手にしていた核を八尋に見せた。

「元に戻すことはできるか?」

「同化が進み過ぎて……どうすることも……」

「手遅れ、なのか?」

「いいえ、いいえ! ただ、その方法は鍛冶師にしか……」

 二人が落ち込んでいると、倒れていた篤臣がかすかに動いた。

「篤臣っ!」

 ばっと、しゃがみこんだ。揺さぶり続けると、篤臣の目がかすかに見開いた。

「――――!!?」

 イクサと目があった瞬間、篤臣がこれでもかというほど目を開いた。

「あ、わあああああ!!?? 誰お前!! つか、ここどこ!?」

 その悲鳴はもっともだ。イクサは目を閉じた。ふっと、呼び戻された戦は目を篤臣に向けた。

「あ、戦? え? 何かの撮影?」

「若君もそのようなことを言ってましたね。ヒトの世では撮影というのは何かの儀式なのですか?」

「お前、確かイクサのクラスの……末永さん? なんで忍者のコスプレなんか」

「あー。話せば長いんだけど、ここはある意味あの世? みたいな?」

「俺、死んだの?」

「死にかけている、というのが本当ですね。あなたの魂の半分はこちらに」

「なんか末永さんが闇の商人みたいな事言ってる!?」

 混乱しているのが丸わかりだ。確かに、鬼の事とか、剣憑きの事とか、あまりにも現実離れしている。篤臣は巻き込まれた被害者だが、町に混乱を持ち込んだことは消えない。

「落ち着いて聞いてくれるか?」

「いや、落ち着くも何も。俺、気づいたら炎に呑み込まれてさ。で、起きたらあの世っぽい所にいるんだけど」

「あの男、水去すいこの事は何か知っているの?」

 八尋が篤臣の隣に座り込んでじっと見つめた。問い詰めるような視線に耐えきれなかったのか、篤臣はばつの悪い顔をして下を向く。

「俺さ、バスケ部に馴染めなくてさ。もやもやしてたら、話しかけられたんだよ」

 君のように悩みを抱えている人間の役に立ちたいんだ、と言っていた。その悩みを解決してあげよう、と。

「鬼っていうのは、あの世から湧き出てきて、人の魂を食べる奴なんだって言われてさ。願いを叶える代わりに戦えって言われて、炎神御柱を渡されたんだ」

「出任せもいいところですね。敵を味方と誤認させる。あの男の考えそうなことです」

「…………」

「鬼と戦うのははじめは怖かったさ。だって、さっきの戦みたいな姿をしてて、見境なくてさ……あれ? 戦、さっきの姿………」

「あぁ、あれが俺のもう一つの姿? みたいな? 俺、人間じゃないっぽい」

「人間じゃないっぽい?」

「ヒトではなく、鬼です。私もそうです。この事を他の者に言ったら、分かってますよね?」

「分かった! だから、喰わないでくれよ!」

「食べませんから、私たちは人の魂など食べません。水去に嘘を吹き込まれたのですね」

「あの、さっき聞こえたんだけど、その魄っての、無かったら俺どうなるの?」

 篤臣が八尋の手の中にある炎神御柱の核を指さす。

「この場所にとどまってもらうほかないですね。なにせ、大業物を生み出す魂なんですもの、いい力になります」

「ひえっ!?」

「驚かすなよ! 何か方法は……」

「俺、なんてこと……」

 帰れない、と知った途端篤臣の顔がどんどんと暗くなっていく。

「バスケがしたかっただけなのに……」

「篤臣とまたワンオンワンしたいな……」

「俺、何調子乗ってたんだろうな。ホント、部活もさぼったから先輩にヤキ入れられる……」

「そもそも、俺が早くお前から炎神御柱を抜きだせばよかった話だよな……」

「戦は悪くねぇよ。俺が悪いんだってば」

 ずぅん、と二人で落ち込んでいると、八尋があ、と小さく呟いた。

「八尋?」

 ぽわ、と八尋の手の玉がやわらかな赤い光を纏い始める。その光をまとったたまはゆっくりと空に浮き上がると、一瞬大きく光った。目もくらむような閃光。三人が目を閉じ、そして目を見開くと、そこはもう見慣れた河川敷だった。

「戻ってこれた?」

「そのようですね……炎神御柱の力が切れたのでしょうか?」

 二人が首を傾げた時、今度は篤臣が声をあげた。

「なんだこれぇええええ!!!!」

「篤臣、それ……」

 篤臣の手にはあの炎神御柱が使っていたものと同じ槍があった。刃先から柄の先まで真っ赤な槍に黒い房がぶら下がっている皆朱の槍だ。赤い光を纏っていた槍は急に収縮すると、篤臣の右手に集まって槍ごとと消えた。

「え?」

 三人が同時に呟いた。一瞬の出来事で、全く分からなかったからだ。

「剣がヒトに宿った? 魄も本来とは違いますが、元に戻っていますし……どういう事?」

「つまり、助かったって事? 末永さん」

「釈然としませんが、現状ではそのようですね……」

「よ、良かった……!」

 ほっと胸をなでおろした。一瞬、篤臣があんな暗く、何もない寂しい処に永遠に閉じ込められるのかと思ったからだ。不可解な顔をしている八尋をよそに、戦はにこっと笑った。

「なんだかよく分かんないけど、良かったな、篤臣!」

「お前、意外と楽天家だな。俺としては俺の魂がいつの間にか武器になって体に収納されただなんて理解の範ちゅうを越えてるぞ」

「だよな。まぁ、慣れるよ、多分」

「慣れちゃいけねぇと思うんだがなぁ」

 はぁ、と篤臣が呟いた。


「自我を持たせちゃだめだろ、水去」

「ったく、お前は面倒な機能を持たせるな。力こそ正義だ」

「悪かったよ、兆木、寺日。大業物が鍛えられるって分かって舞い上がっちゃったせいだね」

 湖面に映された戦たちを見下ろす三人は、一人の鬼を責め立てていた。責められてはいるものの、水去には反省の色は見られなかった。

「次は俺の番だな」

 にやりと笑った大柄の男は、二人の言葉を無視してその場を去っていく。

「よかったのかい? 兆木」

「質問の意図が分からん」

「あいつ、また何か作る気だよ。それに、今年はあの女も出張ってきそうだし」

「……」

 兆木、と呼ばれた鬼は目を伏せた。

「なんにせよ、私には成すべきことがある」

「ああ、あの脳筋もそれだけは分かってるよ。安心してよ兆木」

 ピピピと水去のズボンから軽快な音楽が鳴り始めた。

「次の大業物、もう少しで出来るからさ」

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