第7話 大業物・壱

 教室を飛び出していったので、学校のチャイムを待ってから教室に入ることにした。教室にゆっくり入ったつもりなのに、目の前に孝則に立たれた。

 孝則は戦の方を掴んでグラグラとゆらす。運動部らしいその力強さに戦の目はあっけなく回される。

「セン! いきなり出て行くから心配したんだぞ!」

「そうよ、体調が悪いなら早く言いなさいよ」

「ごめん」

「とりあえずノート、取っといたぜ。課題もちゃんと見とくこと」

「ありがと、ノリちゃん」

「次の授業の準備もしないと、体調は本当に大丈夫なのよね?」

 二人以外にも、何人かが心配そうな顔でこちらを見た。すこし前なら疑問に思わなかったのに、なんとも言えない不安が押し寄せてくる。

(俺がその場を離れても、二人は気づいてくれるのだろうか)

 いいや、と首を振る。確かにあり得ないことが立て続けにあったとしても、ずっと前からの知り合いだ。疑ってはいけない。

 それに、自分がいることが前提で動いているのなら、その疑問は口にしたって無意味に違いない。確かめようのないことを確かめることはできない。悪魔の証明と一緒だ。もし、本当に2人が忘れてしまってしまったら、自分は立ち直れるかどうか、自身がない。

「ごめん、心配かけて」

(なら、普通に振る舞おう。庵戦として)

 そう思うことにして、戦はその日の授業を全て受けた。


「お帰りなさいませ、若君」

 家に帰ってくるなり、厨房で鍋をかき混ぜながら八尋が言った。そういえば、八尋は午前中に分かれたきり、学校には現れなかった。

「なんで学校に来て、そのままいなくなるんだよ」

「私にとって、学校は必要ない物だからです。若君がこの世界との”乖離”を感じ取っていただく絶好の機会と思ったのですが、強情な所は襷様によく似ておいでですね」

 八尋は簡単に戦の両親の名を口にする。戦は顔しか知らないのに、八尋はまるで旧知の仲だと言わんばかりの口調で話す。

「いや、知らないって」

「そう意気地を張るところも、姫様にそっくりです。丹治様、これくらいでよろしいでしょうか?」

 会話を物理時って、八尋は丹治に話しかけて行く。そうだ、今日からおかげ堂は再開するんだった。戦もさっさと自室に戻り、制服を脱ぐ。飲食店にありがちな黒地のTシャツにジーンズを身にまとう。

(こうしてみると、普通の人間だよな)

 洗面台に顔を近づけてもそこには戦がいるだけだった。

 どこにでもいる高校生アルバイトの姿だ。何もかも平凡だった日々があっけなく終わり、形容しがたい不安が常に付きまとう。

 いけないよな。

 そう思い、戦は首を振る。

 そろそろ、定時ダッシュに定評があるサラリーマンの人達が来店する。少し遅れれば、近所の家族連れ、その後には飲み歩きをしている年配層や女性客だって来る。店はそんなに広くないけれど、ずっと地元に愛されてきた。

「今日は金曜日、忙しくなるぞ!」

 そう気合を入れて戦は勢いよく階段を踏み外した。


「あの、君。ちょっといいかな?」

 人通りの途切れた薄暗い中、2人の警官が呼び止めた少年がいた。パーカーのフードで顔を覆い、ふらふらと歩いている姿がどうしても気になったのだ。新学期が始まり、人間関係に悩む学生が増える時期で、パトロールも強化している。

「え、えっと。オレに用です、か?」

 少年は見たところ高校生らしいが、おどおどとした表情からは幼さを感じる。制服を着ていないから、どこの高校生化は断定はできないが、12時も近い頃に何も持たずに一人で徘徊しているのは不自然だった。

「この辺りで以前大きな火災事件が起きたのは知っているね? それ以降、小規模なボヤ騒ぎが起きているから、君も気をつけなさい」

「そ、そうですね。早く帰ります」

 そう言って、少年は弾かれたように走りだした。次の瞬間、警官は思いもよらないものを目にする。

「火、が……」

 少年の足元から、火柱が立ち始める。歩を進めるたびに、その足跡のように小さな火が上がっていく。それは小さな花火のようで、すぐに消えてしまう。

「君! なにをしているんだ!」

 警官が声を張り上げた時には少年の姿はどこにもなかった。


「すごい火ですね、この炎神御柱………。思い描いたように火が出てきますね。昔憧れた漫画のヒーローみたいです」

 街の全体を見渡せる電波塔の上、先程の少年が虚空を見つめて語りかけている。誰もいない夜空ではあったが、少年は何かをとらえているようだった。

「鬼を倒すなんて、ヒーローだよな。あの日も、全部燃えてしまって、面白かったなぁ。ちょっとした火じゃ、鬼は出てこないんだったら……」

 パチパチ、と火花が少年の周りを取り囲む。そこから生まれた陽炎から、するりと何かが目を光らせた。それは、赤い体毛をまとった獅子だった。その眼光は獲物を見定めようとせんばかりに輝いていた。

 少年は手を伸ばし、その鬣に触れた。少年の手の感触に気づいた獅子は背中をのばし足を踏み鳴らす。

「炎神御柱、次はどこを燃やそう。鬼を倒して、この国を救おうじゃないか」

 グゥオオオオン。

 獅子の遠吠えがとどろく。

 少年の名は高瀬篤臣。戦が回収すべき4振りの大業物、その1つを所有する人物だった。

 

 

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