第5話 隠と呼ばれた民

 子どもの頃、好きだったゲームがある。よくありがちなRPGで突然王様に呼ばれ「勇者よ! 世界の平和のため旅立つのだ!」

 と言われ、木の棒と3000円ぽっちで広い世界に放り出される剣と魔法のゲーム。


「あなたは鬼です」

 まぁ、ちょっと違う気がするよな。

 鬼って言えば、たいていのゲームでは敵だし、凶暴で手がつけられない悪いもの、というイメージがついてまわる。自分がそうなのだといわれても実感がわかない。

「そうだろうなぁ、誰しも自分が変だとは思いたくないもんサ」

 誰の声だろう。

 夢の中で人から声をかけられるのは珍しいな、と思いながら、戦は顔を上げる。夢の中なので、真っ暗だと思いきや背景は意外としっかりしていた。

 静かな海岸沿いに大きな巨石があり、その上に誰かが腰かけている。照りつける日差しから身を守るように大きな番傘を手にし、こちらを見ている。

 その顔は自分によく似ていた、というか自分だった。

 違うといえば、先程見た”白い自分”だった。風もないのにゆらゆらと揺れる白い髪を結いもせず、にやにやと笑いながらこちらを見る。その姿は”鬼”と形容するにふさわしいような気がする。

「お前が鬼か?」

「お前も鬼だろうに、妙なことを言うもんだなァ。まぁ、父上や母上がそういう風に育てたんだし、おいらもお前に会う事なんてないだろうって思ってたんだけどナ」

 自分と同じ声なのに、全く違う口調でイクサが言う。なんだろうか、昔ドラマで見た江戸時代の人みたいな喋り方だ。深い緋色の着物を着流しにして、体中の文様がよく見えている。

「俺は二重人格者? お前は何だ?」

「オイオイ、早合点はよしてくんねェか。正直、おいらだってさっき起きたばっかりでよ、まーったく何にも知らされちゃいねぇんだナ、これが」

 ゲラゲラと笑う所も、やっぱり自分とは違う”何か”を感じてしまう。

「なにも知らない?」

 漫画なら、こういう時は”自分の知らない何か”を教えてくれるのがセオリーではないだろうか。あっけにとられている戦を尻目にイクサは腕を組んで唸った。

「正直言うと、おいらとお前は全く同じ存在だってのは分かるんだ。けど、それ以上は何にも知らねェ。さっき起きたばかりだけど、お前がヒトとして生きてきた17年分の記憶はお前と同じ濃さであるのは確かサ」

「信じられるかよ! 何か証拠は!」

「証拠ってもなァ………。じゃあ、この海、覚えちゃねぇか?」

「?」

「ここはおいら達の一番古い記憶の場所サ」

 そう言われても、どこにでもある普通の海岸だ。夏になれば海水浴の客が訪れるような広い砂浜と、ちょうどよい木陰を作る松原が見える。青い空に大きな入道雲が広がっているところが、夢の世界なのだと伝えてくる気がする。

「覚えちゃねぇ、か。いずれ分かるだろうし、焦らんでいいか」

「答えは!」

「時間のようだし、伝えるべき事だけ伝えとくわ」

「おい! 待てよ!!」

 急に夕暮れに染まっていく中でイクサは低い声で言った。

「…………死ぬなよ」


「……!?」

「おはようございます、若君」

 よく見る天井に見慣れないものが映りこんでいる。八尋だ。

 オンナノコガヘヤニイル。

「わ、わあああああ!!??」

「曲者ですか!?」

「お前だよ!!」

「私は若君を起こしに参ったのです」

「いや、分かるけどね! でもさ、なんでいるんだよ!」

 なにを言っているのか分からない、という視線を戦に向けてくる。そっくりそのまま返したいほどだけれど、ぐっと飲みこんだ。

「私は一族の命を受け、若君をお守りするのが使命ですので」

「その設定まだ生きているんだ」

「設定? なにをおっしゃいます。先だって、本来の姿になられたというのに。本来ならば我ら一族の隠れ里にお連れしたいところですが、事情が変わった今、ここにいるべきと判断します」

 すらすらと、どこまで設定が練り込まれているんだろうな、と戦は思った。あんな夢を見た直後だからか、戦の中ではだんだんと現実と空想の境があいまいになっている気がした。よくない、よくない。

「そういえば、町はどうなったんだ?」

 あれだけ派手に燃え広がったんだ、まだ爪痕は残っているはずだ。部屋の窓を開けると、やっぱり昨日見たとおり町のあちこちが燃え落ちていた。けれども、焦げ臭いにおいは薄れてきており、サイレンの音もしない。

「夢じゃない、んだな」

「そうです。これから先、若君には一族と人との盟約のため、戦っていただかなくてはなりません」

「いや、ホントそういうのは止めてくんない。嘘とホントが分からんし」

「すべて真にございます」

「……」

 良く、二次元にはまった人が”俺は闇の貴公子で、この眼帯の奥には邪眼が封印されているのだ”と語ると聞くけれど、ここまでの完成度はあるのだろうか。この少女に照れというものはないのか。

 戦に”演技力”というスキルがあればこの芝居に付き合ってあげることはできただろうが、とっさに返せるほどの機転は悲しいかな、戦にはなかった。


「昨日はすごかったよな、火事」

 教室につくと孝則が戦に声をかけてきた。クラス中は昨日の火事の話題で持ちきりだった。幸いにも、戦の聞き取れる範囲では大けがをした人はいないようだ。

「店は被害が無かったよ。ノリちゃんは?」

「俺んちはちょっと外壁が焦げたけど、延焼はなかったよ。店が無くなっちまったら、お前の就職先無くなっちまうもんな」

「そう、だな」

「暗いなぁ、何かあったよ?」

 実はその火事の犯人らしき人物と遭遇したかと思えば、自分は人間じゃないと知らされて、今朝はコスプレ忍者に叩き起こされました、なんて言ったら心配される。色々と。

(ノリちゃんなら、そこらへん上手くスルーしてくれそうだけど……)

 けど、藪はつつかないに限る。親友に心配されるわけにはいかない。

「おはようございます、孝則君」

「おーす、八尋」

「!?」

 自分たちの会話に割り込んできた女子がいた。春野ではない。この学校の制服を着た八尋が立っていた。

 戦が何かを言う前に、孝則が八尋に話しかけた。

「八尋、今日の英語の小テスト忘れててさ。ノート見せてくんね?」

「英語なら、戦君の方が得意じゃないかな?」

「いやー、センの字はほら、独特? 味がある感じじゃん? だからさ、頼む!」

「仕方ないな。ほら、副詞と接続詞、あとこの文法の判別を見ていたらいいと思う」

「さっすが八尋先生! 困ったときに頼りになるぅ!」

「おだてても何もないから。それに鈴夏ちゃんからあなたたち2人は要注意だって言われているからね。これくらい安い物よ」

「あざーーっす!」

(……???)

 会話が、成立している? しかも、ここの制服いつ着替えた? 

 昨日までいなかったはずの女子生徒が普通に割り込んできて、しかも違和感なく馴染んでいる。ホラー映画の導入じゃないか。

「ちょっと! こっちきて!」

「あ、はい?」

 八尋の手を引っ張り、人のいない非常階段まで連れてくると、戦は口を開いた。

「どうやったんだよ!? 何かの呪いをかけたのか!?」

「呪いではありませんよ。これこそ、我が一族が”鬼”とよばれる理由です」

「は?」

 鬼というのは、角があって乱暴なのが理由じゃないのか。

「若君もこの力をもってヒトの世にいるのですから」

「?」

 そう言われても訳が分からない。言い返せないでいると、階段下に見回りに来た体育教諭がやってきた。

「ちょうどいい。あの男で試してみましょうか。念のため若君はあの男を見ないように背を向け、聞き耳を立ててください」

「はぁ……」

 とん、とん、とんと軽やかな音を立て、八尋が階段を下りて行く。言われたとおり、階段の壁に背中をつけ、聞き耳を立ててみる。

(どういう事だ? 試すって言っていたけど、何をするんだ?)

「おい、末永! そっちは立ち入り禁止だろうが、校則を守らんか!」

「す、すみません! ちょっと人を探していて……」

「人探し? 誰をだ?」

「庵戦君です」

「イオリイクサ?」

 教諭の声が妙な雰囲気をまといだした。

「はい、春野さんから探してくるように言われてて……」

「そんな奴、?」

(!!!!)

 体育の授業はそこそこできていたから、教諭からの覚えは確かにあったはずだ。それに孝則と一緒にいる所も覚えられている。

「先生、ほら。あのバスケ部の男子といっつもつるんでる人ですって」

「人違いじゃないか?」

「先生っ!」

 思わず戦が階段から顔をのぞかせると、教諭は目を丸くした。

「庵っ! 末永が探しているじゃないか! そろそろホールルームだろうが!」

「は、はい!」

 転がるように階段から下りると、教諭は先ほどまでの会話を忘れているかのように話し始めた。

「昨日の火事は大丈夫だったか? 末永がいるから心配はしていなかったが」

「はい、おかげさまで、被害はそこまでありませんでした。営業もできると、おじさんが言っていました」

「そうかそうか! おかげ堂のコロッケ丼が無くなるのは寂しいからな!」

「お待ちしております、先生」

「ははは! 近いうちによらせてもらおうか!」

 そう笑いながら遠ざかっていく。

「お分かりになられましたか?」

「なにが?」

「我らがなぜ”おに”と呼ばれているか」

「先生、俺の事分からなかったよな。なんでだ?」

 名前を呼んだのは戦の姿を見てからだ。それまでは、戦の事を覚えていないような雰囲気だった。

「私たちはいわばこのヒトの世の軒借り人です」

「?」

「私たちは正確にヒトとは関われない。私たちが近くにいれば認識できるが、それを外れれば忘れてしまう、そんな者だから隠れたもの、鬼なのです」

「待ってくれよ………それなら、ノリちゃんも、春野も?」

「ええ、想像の通りです」

「嘘だ! ノリちゃんとはずっと一緒にいたんだ! 忘れるわけない! それに、机が急に増えたり減ったりするもんか! 学級日誌にもちゃんと俺が書いたところは残ってるし!」

「そこは我らの知り及ぶところではありません。私たちが去った後の人の世の在り様など、知るすべなどないのですから」

 ずっと親友だと思っていたのが、実はかりそめのものだと知り、戦は愕然とした。いつも一緒にいた、その時間すら自分がいなくなれば消えてしまうのか。

「俺が居なくても、みんなは何も感じないのか?」

「ええ、そうなります」

 遠くでホールルームを告げるチャイムが鳴る。確かに、誰一人として戦も、そして八尋を呼ぶ声がしない。ただただ空洞の廊下にチャイムが乱反射しているだけだった。

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