第48話 月人の記録参

 破滅の子は成長する、さらに強大な力に、より大きな破滅に、それでも彼女は、彼が救いであると信じた。




「ただいま」


 月人が学校から帰り、家に入ると彼の鼻がある匂いを捉える、彼の母、美月の得意料理であるシチューの匂いだ。


 月人は晩御飯が自分の好物であると知ると上機嫌になり、軽い足取りで部屋に荷物を置き、私服に着替えて食卓テーブルに着いた。


「はい月人、今日も遅かったのね」

「立花に剣術教えてたらこんな時間になっちまったよ、じゃ、いただきます」


 月人が美月のシチューを口の中にかき込みすぐにおかわりを頼もうとするとその一秒前に和人が皿を美月の前にさしだしおかわりを要求し、途端に月人の眉間にしわがよる。


「おいおい、父さんはもう成長期過ぎてるんだからおかわりはいらないんじゃねえのか?」

「そんなことをいって美月のシチューを独り占めしようなんて男のすることじゃねえぞ」


 和人も眉間にしわを寄せると二人は同時に立ち上がりにらみ合う。


「独り占めって、この前なんか俺が帰ってくる前に父さんがほとんど食ったせいで俺は一杯しか食えなかったんだぞ!」

「はっ! 何言ってやがる、世の中は弱肉強食早い物勝ち理論確定! 一杯分残してやった親の優しさを少しは感じろ!」

「燃やすぞクソ親父!」


 月人の掌に霊力が集まる。


「噛み殺すぞクソガキ!」


 和人の犬歯が鋭く伸びる。


 二人の鋭い眼光が交差する、だが二人が飛びかかろうとした瞬間、美月が二人の前にシチューがよそわれた皿を差し出す。


「はいはい、今日は多めに作っておいたからケンカはダメよ」

 二人はすぐに着席すると再びシチューをかき込み始め、美月は「フフ」と小さく笑いながら和人(おっと)と月人(むすこ)の頭を優しく撫で、夜風(よるか)はその様子をだまって観察していた。

「……飼いならされる」



   ◆



 食事後、お風呂が沸くと和人はバスタオルを持って風呂場に行こうとするがその途中、居間でテレビを見ていた夜風が目に止まった。


「おい夜風、たまには父さんと風呂に入ら……」

「いや」

「……」


 和人は沈みきった空気を全身から放ちながら日めくりカレンダーのページを次々に破り、ブツブツと何かを喋り出す。


「ああもう夜風、和人君すねちゃったじゃない」

「えー、でも高校二年生にもなってお父さんと一緒にお風呂入ってるなんて、クラスの子に絶対変だって言われてるんだよ私……」


 夜風は父親(かずと)と一緒にお風呂に入る事を嫌がるがなおも美月は食い下がる。


「ほら、和人……お父さん最近出張が多くて帰ってくるの遅いでしょ? ただでさえ娘との時間が少ないんだから今日ぐらい……」


 美月がそこまで言うと和人が一言。


「チェックメイト」

「ああもうほら和人君とうとう一人チェス始めちゃったじゃない、こうなったら後が大変なんだから、和人君、お風呂なら私が一緒に入ってあげるから、ねっ」


 それでも和人のいじけはおさまらずついには歩兵(ポーン)に騎兵(ナイト)の動きをさせて敵の王(キング)を取るなどという異次元的な進め方をしたあたりで夜風が母親(みつき)に問い掛ける。


「お母さん、よくこんな人と結婚したね……」

「フフ、そうね、でも、和人君はホントにステキな人だとお母さんは思うわ、少なくとも他人のためにあそこまで戦える人なんてなかなかいないもの、夜風も知っているでしょ?」

「そっ、それはそうだけど……」


 夜風は表情を曇らせながら思い出す。

一〇年前の事件を、その時に自分達を守るために命を削り戦った和人(ちちおや)の背中を。


「とにかくお父さんはすごくかっこいいんだから」


 そう言うと美月は頬を赤らめ恋する少女のような目で和人を見つめながら右の手を自らの頬に当てる。


「はっはー、歩兵(ポーン)で敵の駒(コマ)を総取りだぁーー」

「ああもう和人君、ルール上そんなことできるわけないでしょ、まったく、なんで和人君の世界の歩兵(ポーン)はいつもそんなに強いの?」

「うるせえ、俺の歩兵(ポーン)は全部女王(クイーン)の動きができるんだぁあ」

「それじゃあ相手が勝てるわけないでしょ」


 美月は延々とカオス的チェスを繰り広げる和人を抱きかかえるとそのままお風呂場へと向かった。



   ◆



 次の日の朝起きると昨日、和人が破ったページをのりで無理矢理くっつけたため、無残な姿をさらしている日めくりカレンダーに同情しつつ月人は朝食を食べる。


「そういえば月人、今日の炊事遠足の場所はどこだ?」

「ここよ」


 そう言って美月は月人が答えるよりもさきに和人に炊事遠足のプリントを見せる。


「なんだ、またあそこか、二五年前と変わらねえなあ」

「そういえばお父さん達の時もここだっけ?」


 夜風の問いを聞くなり美月は顔を赤くし、はにかみながら喋り出す。


「そうよ、それでね、その時和人君がガケから落ちたお母さんを助けてくれてね、その時お母さん思わず和人君に大好きって言っちゃってね、その帰りに和人君もわたしに好きって言ってくれたんだから」


 そこまで言うと月人と夜風はマズイと思った。

 

 去年、夜風が炊事遠足に行く日の朝、同じ様なことがあったがその時は二人のノロケ話を延々と聞かされて遅刻ギリギリだったのだ。


 月人と夜風は急いでご飯をかき込みバタバタと慌てながら家を出た。


「まったく、母さんには困ったな」

「ほんと、お母さん、普段はあんなに落ち着いているのにお父さんのことになると急に口数増えるよね、まっ、それだけお父さんのことが好きなんだろうけど、子供にはちょっと……」

「ったく、父さんだけじゃなくて母さんまで恋人気分かよ……」

「ほんと、困った親ね……」


 その後、二人はブツブツと自分達の親の文句を言いながら学校へと歩みを進める。

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