第46話 子供の遊びじゃない

 モノオキさんの正体がわかった次の金曜日の夜、奏蓮と京子は緊張した面持ちで町で一つしか神社に来ていた。


 術が止められない以上、成長する使い魔その物を倒すしかない、奏蓮は腰の短剣を抜き放ち、京子は服のポケットから透明な液体の入った瓶を取り出すと周囲に撒いた。


 京子が撒いたのは全体不可視魔法の代用品で、この液体の周囲二〇〇メートルを対象に不可視魔法がかかる。


「じゃあ、始めようか」


 奏蓮と京子が抑えていた霊力を解き放ち、威嚇をすると突然、社の戸が開き、周囲の木がザワザワと揺れる。


 冷たい風が二人のすぐ横を通り抜けた。


 前方数メートル先の空間が徐々に黒ずみ、黒い影は鋭いツノを生やした巨大な狼のような姿になり、赤い目を光らせ奏蓮達を睨みつける。


「……思ったよりも強そうだな」


 冷や汗を流す奏蓮の言葉に京子もこの時ばかりは笑っていられない、唾を飲み込み、吸血鬼(ヴァンパイア)化する。


「下手したらあたしらが死ぬわね」


 言い終えた瞬間、口を開け、黒いケモノは襲い掛かってきた。


 一度の跳躍でケモノは二人の場所へ辿り着き、奏蓮達は間一髪のところでかわすのに成功する。


「はぁっ!」


 奏蓮が霊力を込めた剣でケモノの左後ろ足を薙ぐ、十分な手ごたえ、やはり大きなダメージは与えられないが奏蓮の攻撃は確実に効いている。


 続いて京子の爪から放たれた紅い光りの刃がケモノの背中を襲う。


 ケモノは苦しそうな声を上げて二人と距離を取ってからこちらに向かって駆け出す。


 単調な突進を二人はなんなくかわし、再びケモノに斬りかかった瞬間、ケモノの尾が長く伸び京子に襲い掛かった。


「くっ……!」


 地に叩き付けられた京子の姿に絶叫し、奏蓮はケモノの尾に斬りかかった。


 奏蓮の刃が白く光り、ケモノの尾を薙ぎ払う。


 同時にケモノが上に飛び上がり奏蓮はケモノの背中にぶつかり上空へ飛ばされる。


「なっ!?」


 ケモノは空中で身動きの取れない奏蓮に噛みかかり、それを剣で防ごうとした一瞬前に京子の手刀がケモノの腹に刺さり、ケモノは悲鳴を上げて地に落ちる。


 二人は並んで体制を立て直す。


 攻撃が単調なため、かわすのはそう難しくは無いが攻撃力は高そうだ、もしも噛み付かれたりすれば手足の一本は軽く持っていかれるだろう。


 二人がそう思った矢先、ケモノの口から黒い光りの球が放たれた。


 速い、完全にはかわしきれなかった黒球は奏蓮の服をかすめ、神社の大木に激突してけたたましい炸裂音を轟かせて木を粉々に砕いた。


 服のかすめた部分は穴が空き、その下にあった皮膚が出血している。


「さすが、学校中の生徒が集めただけのことはあるわね」

「ああ、さっさと終わらせたほうがいいな」


 ケモノは唸り、黒球を乱発しながら猛進する。


「って、あいつなんつう戦法を!?」


 二人は迫りくる黒球の嵐をよけるがその発射口にして鋭い爪と牙を持った本体がどんどん近づいてくる。


 直前に再び咆哮し、虎のように飛び掛ってくるケモノ、二人は脚に霊力を流し込み、強化した脚力でケモノの下を通り抜ける、ケモノがわざわざ飛び掛ってくれたから回避できたがそうでなければ考えるとぞっとする。


 だが奏蓮が振り返ろうとした瞬間、すでにケモノが股下から撃ちだした黒球が迫っていた。


「!?」


 黒球は対象に当たると炸裂し地面が赤く染まる。

 だがその血は奏蓮の物ではなかった。


「……!?」

「……大丈夫、奏蓮?」

「京子!」


 すぐ横にいた京子が奏蓮かばってケモノ黒球をその背中に受けていた。

 彼女の背中からはとめどなく血が溢れだし、奏蓮の顔がこわばる。


「何やってるんだよ京子!?」

「大丈夫、吸血鬼(ヴァンパイア)は傷なんてすぐに再生しちゃうんだからね、ほら」


 京子が振り向くと服が弾け飛び、剥き出しになった背中が見えるがいつのまにか出血が止まり、みるみる傷口が塞がっていく。


「でも痛みは感じるんだろ!」

「はは、そうだよ、でも痛いだけで済むならあたしが盾になればいいじゃない」


 叫びたいほどの激痛に耐え、京子はカワイらしい笑顔を見せてくれる。

 奏蓮は熱い涙を流しながら京子をどけさせると剣に全ての霊力を込めて激走する。

 ケモノも唸り声を上げて地を蹴り、巨大な口を開ける。


「奏蓮!」


 京子が叫ぶと奏蓮は全霊力を込め終わった短剣をケモノの無防備な口の中へと投げ込んだ。


 同時にケモノはあらん限りの雄叫びを上げてその身を崩しながら奏蓮にぶつかる。


 奏蓮はケモノの下敷きにされるがケモノはすぐに雲散霧消し彼の腹の上には投げた短剣だけが残されていた。


「ちょっと、奏蓮こそ何やっているの!? 今のタイミング間違えたら噛み殺されてたよ」


 顔を赤くして怒る京子に奏蓮は胸を張り、自信たっぷりに言い放つ。


「愛の力を信じた!」


 すると京子はさらに顔を赤く染め上げ腹を抱えて笑い出す。


「って、人がまじめに言っているんだから笑うなよ、傷つくだろ!」

「だっ、だって、そんなこと本当に言う人初めてなんだもん、あーーおかしい」

「ったく……」


 ムスッとして顔をそむける奏蓮を見ると京子はいきなり飛び掛り押し倒す。


「きょっ、京子、どうしたんだよ急に……」

「あはは、いやいや、奏蓮がそう言ってくれるならあたしもその愛に応えてあげようかなあってね、知ってる? 吸血鬼の唾液って傷によく効くんだよ」


 奏蓮の顔が耳まで紅潮する。


「ちょっ、待っ……」

「いただきまーーす」

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