第30話

「やっと2人になれたね。ずっと、こうして話をしたかったのに、邪魔が入ってたもんね」



俺はなっちゃんに手を差し出す。



当然握ってくれるはずのそれは、なっちゃんが逃げたことによって空振りで終わってしまった。



「今は2人しかいないんだから、照れなくていいんだよ?」



「あ、あたしは……あんたなんか、好きじゃない!!」



なっちゃんが大声を張り上げる。



その目には涙が滲んでいる。



誰かのためにそんな嘘をついているんだろうか?



まだ、俺たちのことを邪魔する誰かがいるんだろうか?



「どうして、そんな嘘をつくんだ?」



いつもそうだった。



俺が好きになる相手はみんな、嘘をつく。



みんな俺のことが好きなくせに、好きじゃないと悲鳴を上げて拒否をする。



もしかしてそれが彼女たちなりの愛情表現なのかもしれないと思っていたけれど、俺だって手をつないで歩いたりしてみたい。



それなのに、彼女たちはそれを拒む。



どうしてだ?



「なっちゃんは、違うよね?」



俺の質問になっちゃんは眉間にシワを寄せる。



「なっちゃんは、あの子たちとは違うよね? 俺に気を持たせておいて、突き放す。あんなやつらとは違うよね?」



ジリジリと近づいていくと、なっちゃんの背中は壁にぶつかった。



逃げ道はもうない。



俺はゆっくりとなっちゃんに近づいていく。



大きな目。



長い睫毛。



整った鼻筋に、ふっくらとした唇。



それを見ていると、小学校時代を思い出した。



当時から俺を好きになる子はこういうタイプの子ばかりだった。



あの時も、そう……。



小学校5年生の頃。



その頃からすでに俺は少し浮いた存在だったらしい。



母親がいなくて毎日お風呂に入るという習慣もなく、父親はすでに飲んだくれていたからだろう。



俺のことを不潔だばい菌だと呼ぶ生徒は多かった。



近づくとわざとらくし鼻をつまみ、逃げ出す生徒もいる。



実際に、臭っていたのかもしれない。



制服のない小学校で、俺は一ヶ月くらい毎日同じ服を着ていたから。



服を洗濯するということは知っていたけれど、俺の家の洗濯機はちゃんと稼動するのかどうかもわからなかった。



幼少期に母親が出て行ってから、数えるほどしか使ったことがなかったからだ。



俺がエンピツを落とすと誰かがわざと踏みつけて折る。



時間割が変わっても俺には教えてもらえずに、1人で誰もいない教室に残っていたこともある。



それが俺の日常だった。



今更悲しいとも思わない。



ただ、平坦に1日が過ぎていけばそれでよかった。



そんな中、俺のエンピツを拾ってくれた子がいたんだ。



その子はクラス委員で小学生向けのボランティア活動なども積極的に参加するタイプの子だった。



困っている人を見るとほっておけないというのが、彼女の口癖だったと思う。



『はい、エンピツ』



俺の持ち物を汚いと言わずに拾ってくれたのは、彼女が初めてだった。



俺は驚いて硬直してしまったが、彼女は小首をかしげて俺の机の上にエンピツを置いてくれた。



『あ、ありがとう』



ようやく礼を言ったときにはすでに、彼女は友人との会話に戻ってしまっていた。



学校に来ていてこんなに暖かな気分になったのは初めての経験だった。



エンピツを拾ってもらう。



そんな当たり前な出来事が、俺にとっては忘れられないことになった。



その日から俺はずっと彼女を見つめていた。



少しでも会話がしたくて、わざと彼女の前にエンピツを落としたりもした。



すると彼女は必ず拾ってくれて『はい』と、差し出してくれるのだ。



たったそれだけのやり取りでも、彼女の俺への気持ちが伝わってきた。

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