第11話~順サイド~

はじめてなっちゃんにコメントを送った。



あのケーキへのコメントだ。



なっちゃんは俺との交際を内緒にしてくれているから、俺も自分の名前をカタカナに変えてコメントを残した。



でも、なっちゃんはそれにもちゃんと気がついてくれたんだ。



すぐに返事をくれたのがその証拠だ。



こんな、どうでもいいような内容のコメントにちくいち返事をくれる人なんてそういない。



それなのになっちゃんは俺のコメントにちゃんと返事をくれたんだ。



それだけで天にも昇る気分だった。



なっちゃんと俺の気持ちは今しっかりと繋がっている。



そう思えた。



そして翌日。



この日は土曜日だった。



でも、俺にとって曜日なんてさして関係がなかった。



友人からの誘いなんてないし、家にいてもやることは勉強ばかり。



それでも自室から出て見ると、リビングで朝からのんだくれている父親がいた。



俺の顔を見るなり「なんだよその顔は」と文句をつけてくる。



どうやら俺の釣り目は別れた母親にそっくりらしい。



母親は俺が物心着く前に出て行ってしまったから、ほとんど記憶には残っていないけれど。



自分の部屋も汚いけれど、父親がいるリビングよりは多少マシだった。



散乱している空き缶。



少し汁の残ったカップラーメンの入れ物。



万年床はペタンコで、脚で踏むと湿った感触が伝わってくる。



部屋のどこかにカビが生えているようで、かすかにカビ臭さもあった。



それらを掃除したいという気持ちはあるものの、どう掃除すればいいか検討もつかなかった。



そういうことを教えてくれる大人が、俺の周りにはいなかったから。



俺ができることと言えば、匂いを緩和させるために換気扇を回すくらいなものだ。



それも、もう何年の掃除していなくてホコリだらけだ。



キッチンへ向かうとすえた匂いが鼻腔を刺激する。



生ものが腐った嫌な匂いや、ハエが飛ぶ音。



テーブルの上にあるのは開けっぱなしの缶詰や、レンジで暖めるタイプのお米。



それに、昨日父親が買ってきた菓子パンだった。



俺は袋の中から菓子パンひとつとペットボトルのお茶を掴むと、そのまま自室へ戻った。



自分の部屋に戻ると父親の威圧感から逃れることはできる。



けれど、汚れはさほど変わらない。



この前破り捨てた愛ちゃんのポスターは床に散らばったままだし、漫画やゲームや参考書が一緒くたになって積んである。



自分ではこれでも頑張って片づけをしているほうなのだけれど、どうやら人は違うらしい。



家庭訪問に訪れる教師たちはこぞってみんな同じように顔をしかめ、鼻をつまみ、そしてそそくさと帰っていってしまう。



小学校5年生の頃の担任の先生が我が家のことを気にして掃除をしにきてくれたことがある。



だけどそのときは父親がいて、先生を追い返してしまったのだ。



せっかく部屋が綺麗になるチャンスを父親はみすみす捨ててしまった。



その時言われた言葉が『人を頼るな』だった。



人に頼らないからこんなことになってしまっているのに、当時の俺には父親の言葉は絶対だった。



うなづくしか他ない。



それから俺は余計に無口ににって言った。



人に頼らないために、余計なことを口にしなくなったのだ。



クラスメートたちにとって俺はその分異質な存在になった。



わけがわからないヤツ。



なんだか怖い人。



そんな風に思われ始めた。



けれどどうしようもない。



俺の世界はあまりにも狭すぎた。



誰かに助けを求めることなど同定できない。



片づけを手伝いにきた先生を追い返してしまった父親のことを考えると、俺はなにもできなくなった。



おれはベッドの上に散乱している参考書を手でどかして、その上に胡坐をかいてすわり、菓子パンを開けた。



今は自分が高校生になって週に2日から3日間バイトに出ているから自分の食いぶちくらいはどうにかなっている。



しかし、中学生までは食べたり食べられなかったりを繰り返すことも少なくなかった。



父親が稼いでいるお金はもれなくお酒に消えていってしまうからだ。



何度か酒をやめるように伝えたこともあったけれど、昔の漫画にありがちなセリフを吐かれそして想像通り殴られた。



その時俺は冷静にこういう場面においてのマニュアルが存在しているのではないかと、真剣に考えてしまったくらいだ。



そのくらい、俺の家は絵に描いたようなクズっぷりだった。



菓子パンを一口食べたときだった。



ベッド横の窓ガラスにコツンッとなにかがぶつかる音がして、俺はそとを確認した。



下をのぞき見てみると昨日の3人組の姿があった。



3人は暇そうに体を左右に揺らして、俺が降りていくのを待っている。



俺は机の上に置いておいた財布を掴むと部屋を出た。



父親を刺激しないようにリビングを通り抜けて、3人の下へ急ぐ。



「よぉ、いつもサンキューな」



1人がそう言うと、当然のように俺のサイフを奪い取り、中から一万円札を一枚抜き取った。



するともう俺に用はない。



3人はすぐに俺に背を向けて歩き出した。



「バイト先の店長がマジで嫌なヤツでさぁ。俺がレジ金盗んでるとか言うんだよ」



「お前は実際に盗んでるだろうが」



大声で笑いながら帰っていく3人の後ろ姿を見つめる。



俺はレジの金なんて盗んだりしない。



ちゃんと真面目に働いて稼いだ金を、あいつらは当然のように奪っていく。



今月も俺の食費は一万円以内に抑えないといけないみたいだ。



軽くため息を吐き出して部屋へと戻ったのだった。

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