2ぷるぷる


 細野氏は電柱のような身体を赤ベースのチェックシャツで包んでいる。

 人混みを突っ切って、こっちに走り寄ろうとしているようだ。しかしその頼りない身体は、隈取くまどりを施した妖怪女に弾き飛ばされそうになる。

 ん? 隈取りじゃなくて、囲みメイク……? 何だそれは。そんなのは知らん!

 とにかく、散々な目に遭いながらも細野氏は小生たちのもとにやってきて、か細い肩をハァハァ震わせた。


「はぁ、すごい人混みだった……」

 小生と太田氏は、すかさず挨拶代わりの敬礼をする。

「細野氏、おつ!」

「乙であります!」

 細野氏も敬礼を返した。これが、我々のいつものやり取りだ。見習っていいぞ。

 ちなみに、細野氏も小生や太田氏と同じ、工学部の二年生。魑魅魍魎が闊歩する大学の中で、我々三人はいつの間にか行動を共にするようになっていた。

 今もこうして講義の合間に落ち合い、同志として絆を深め合う毎日だ。


「いやー、さすが新入生歓迎の時期は違うよね」

 細野氏は学生でごった返すキャンパスを見回して溜息を吐いた。

 そう。今は四月の上旬。先日入学式が行われたばかりのこの日、アノ山学院大学では、各種サークルが新入生を獲得するための勧誘合戦を繰り広げている。

 いつにもまして混み合っているのはそのせいだ。


 各サークルはキャンパス内に簡易テントを立てたり看板を設置したりして、新入生を呼び込もうと必死である。

 おそらく、勧誘にかこつけて不埒な誘いをしている輩もいるだろう。毎年のことながら、誠にけしからん!

「まぁ、俺たちにはカンケーないよな……」

 と、つまらなそうに言ったのは太田氏だ。その拍子に、大きな腹がぶるぶると揺れる。


 ……うむ。確かに、小生たちとこの喧騒は全く関係ない。なぜなら、三人ともサークルに所属していないからだ。

 そもそも大学のサークルなぞ、お遊びでしかない。テニスサークルと名の付くサークルのうち、真摯にテニスに打ち込んでいる団体がいくつある?

 奴らの本当の目的は、竜巻サーブを習得することではない。男女で仲よくすることだ。

 そんなお遊びに付き合っているほど暇じゃない。小生たちには、やらなければならないことがある。


「細野氏。おたく、『エターナルラブリン』をフルコンプしたと聞いたが」

 小生が水を向けると、細野氏は鶏ガラのような体を恥ずかしそうにくねくねさせた。……すまぬ、さすがにこれは少し気持ち悪い。

「そうなんだよぉー。二日徹夜して、ミキちゃんとアリサちゃんルートをフルコンしたんだ。いやぁー、大変だった」

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