第10話 いばらのお城に住む王子様

ゆりかを抱こうとした瞬間に、のばらは吐き気をもよおす。

「どうしよう、どうしよう、ゆりか!」

まさか、また逆戻りなのか。ゆりかは慌ててのばらに駆け寄った。

「のばら、また私に触れなくなったの!?」

のばらは恐る恐るゆりかに手を伸ばして触れてみる。

「触れる・・・。ゆりかには触れる。でもどうして・・・。」

そして、のばらはまさかと震えだした。

「のばら・・・?」


「私、ゆりかを抱けない。一緒になれない。ゆりかを抱きたいって思ったら、抱こうとしたら・・・気持ち悪くなった。多分・・・。」

「え・・・?」


のばらはゆりかを揺さぶって必死に言った。

「ゆりか、もう一度。もう一度させて。今度は・・・!」

だが、そんなことされても勿論ゆりかは嬉しくもない。

「のばら、そんなことでするようなものじゃないよ。こういうのは。それに私、無理してまでしてほしくない。」

「でも、私・・・。」

「のばら、抱き合うことだけが好きっていうことじゃないじゃない。好きだからそうするってことはないよ。」


のばらはそれを聞いて頷いたものの。納得はできていないようだった。

でも、ゆりかを困らせたくない。

ゆりかの言うように、そういうことをしなくても彼女は愛してくれる。

そう言い聞かせて、のばらはゆりかの手を繋いだ。


「じゃあ、せめて。同じベッドで寝させて。一緒に寝たい。」

「のばら・・・。分かった。一緒に寝よ?」


ゆりかはのばらと手を繋ぎながら寝る。

これはできるのに。

これ以上はできないなんて。

のばらは歯がゆくて自分が嫌で無理やり目を閉じたのだった。


それから、何の進展もなく時は過ぎていき。大晦日になる。


「ゆりか、今年は実家に帰らないの?」

「のばらは?」

「私はいいの。いつも帰ってないから。帰るのは嫌。」

「私も今年は帰らない。少しでものばらと一緒にいたい。」


そう言ってくれるのは嬉しい。でも、今は少し嫌だ。


「ねぇ、ゆりか。もう一度させて欲しい。私、やっぱりゆりかと・・・。」

「のばら、無理しないで。」

だが、のばらは引かない。ゆりかの服の裾を持ったまま離さない。

それに折れて、ゆりかは小さく頷いた。


「のばら、あまりしたくないけど。私、自分で脱ぐよ。そういうのが嫌なのかもしれないし。」

「ごめんなさい・・・。」

「謝らないで。そうまでしてもして欲しくないし。」


ゆりかはゆっくり服を脱ぎ始める。

そういえば、面と向かって裸を見るのは初めてだ。

ゆりかは少し恥じらいながらも、のばらのために服を脱ぎ捨てた。ゆりかの身体は、どこまでも美しい。

のばらは我慢できずに自分は服を着たままで、彼女に口づける。深く。浅く。深く。

そしてそのままゆりかの胸に触れようとする。が、途端に手が震えてきた。

何度も深呼吸して、彼女の胸に口づけする。相変わらず震えが止まらない。


「駄目、駄目、駄目。駄目!!」


のばらは以前と同じように、洗面台に走る。そしてせき込みながら嘔吐した。

それを見ると、やはりゆりかの胸は痛んだ。のばらが心配なのもある。でもそれ以上に自分が傷つく。


ゆりかは服を着なおすと、彼女に触れた。

「のばら、もうやめよう。こんな事続けたら、お互い傷つくだけ。」

のばらは洗面台に顔をうずめながら、ずっと泣いていた。


その日は口数少なく、お互い自分のベッドで寝た。

こんなに辛い大晦日は初めてだ。

これで、年が終わっていく。

たくさんの辛いことがあった。でもそれ以上に幸せだったのに。締めくくりは惨めなものだった。


「私、結局汚いのかな・・・。」


そして元旦。

のばらは、ゆりかに迷惑をかけないようにできるだけ普通に努めた。

ゆりかも迷惑をかけないように明るく振る舞う。


「ね、のばら。折角だし初詣。一緒に行かない?」


気分転換と言えばそうだし、何より好きな人とこうやってもみたかった。

のばらは「そうね。」とだけ答えると、ゆりかの手を繋いで近くの神社へと向かった。


「人が多い。これじゃあ、何をしても他人に触れちゃう。帰ったら、服を脱ぐ。一刻も早く脱ぐ。」

のばらはむすっとしてそう言った。ようやくいつもののばらが復活したように見えた。

だが自分で言っておきながらだが、ゆりかもまた辛い。


人ごみ。

沢山の人の声が聞こえる。

笑い声も聞こえる。


それを悟ったのか、のばらが手を強く握ってそっと耳打ちする。

「大丈夫。私がいるから。ゆりかは、私のことだけを考えて。」

「のばら・・・。ありがとう。のばらはいつも私を助けてくれるのね。」

「まぁ、王子様だしね。」


のばらがいれば大丈夫。なんだってできる。

あのこと以外は。


「ゆりか、この後は家に帰りなよ。」

「え!?どうして?私といると嫌なの?」

「そうじゃない。少しだけでも顔を出した方がいいよ。貴女は私と違って、普通の家族なのだから。」

「のばら。でも、大丈夫よ。どうせ弟がうるさくしているし。帰ってもなんだかんだと言われるだけ。そういえば、のばらって兄弟はいるの?」

するとのばらは暫く黙り込んだ。

言ってはならないことを言ってしまったのか。そう思ってゆりかは不安になったものの、のばらは話を続けてくれた。


「姉が一人いる。この学園の大学に通ってる。姉も大学の方の寮にいる。」

「お姉さんがいるんだ、知らなかった。同じ学園なら、会わないの?」

のばらは一瞬だけ顔をしかめたが、悟られまいといつもの表情に戻らせた。

「会わない。会いたくない。会わないでとも言っている。」

「ごめん、余計なこと聞いて。」

「いい。事実を言っただけだし、気にしてないから。」


のばらはそう言うと、ゆりかの手を引っ張った。

「ほら、折角来たのだから。なにかお願い事しなさいよ。どうせ、私と一緒にいたいとか何かだろうけど。」

「のばらの方こそ、同じようなことでしょ!?」

「半分当たり。でも半分外れ。本当のことは言わない。」


のばらは結局のばら。本心が分かるようで分からない。

ゆりかは少し落ち込みながらも、神社にお願い事をする。

うーんと考えた後、ゆりかはこう願った。


どうかのばらと同じお願いをしていますように。


ただ、それだけを願った。


その後、ゆりかは何回ものばらに帰るように促された。別に一緒にいることが嫌なわけではなく、単にのばらは気を使っているようだ。ここは、のばらの言葉に甘えようか。そう思って、日帰りで帰るからと、ゆりかはのばらと反対方向に帰っていった。


「いつものお正月だわ。」

寮に帰ると、のばらは伸びをした。

では、いつも通り本でも読むか。折角だからこっそりゆりかの読んでいる情報誌でも借りよう。

のばらは人生初とでも言っても過言ではない、情報誌を手に取って読んでみた。

暫くその本を読みふける。

だが、彼女の感想と言えば・・・。


「意味わかんない。女の子ってこういうところに行きたいわけ?意味わかんない。」


いつも通りの感想だ。

「馬鹿みたい。こういうの読むから、ゆりかの頭が沸いてくるのよ。」

そう言って、雑誌を放り投げた時だった。

誰かがドアをノックする。


「ゆりかがもう帰ってきたのかしら。」


のばらは慌ててドアを開ける。

「ゆりか、もう帰ってきたの?」

だが、そこに立っていたのは、のばらの最もよく知る人物だった。


「ごめーん。お姫様じゃなくて女王様なの。久しぶり、のばら。お姉さん、寂しくて会いに来ちゃった。」

金髪のミドルヘア。顔はのばらとよく似ていて美人だ。

のばらは思わず、震えだす。


「いばら姉さん・・・。」


いばら。のばらの姉である。

いばらは勝手に部屋に上がり込むと、ドアを閉める。

「のばらの匂い。」

そう言うとのばらを思いきり抱き締めた。だが、のばらからの拒絶反応は全くない。

「良かった。のばら、会わなかったから私のこと突き飛ばしたらどうしようって心配してた。」

のばらは抱きしめられたまま、何も反応せずに固まっている。


「のばら、いい匂い。私が好きな香水。いつもつけてくれてるの?」

「別に・・・。」


のばらはようやく、動けるようになっていばらを引き離そうとした。

「駄目、離さない。」

「やめて。今更、何をしに来たの!?」

いばらはのばらの言うことを全く聞かず、のばらの耳の光るピアスに触れる。


「私が見ない間にこんなのを開けちゃって。貴女のお姫様が開けたのかな?妬けちゃう。」

「触らないで。」

「ゆりかちゃんだっけ、うわさは聞いてる。どうせ無理やり学園長が組ませてるんでしょ?じゃないと、貴女はこんなふざけたことしないものね。」

「・・・・・・。」

「でも、今は違う。きっとのばらは本当にゆりかちゃんの王子様になったのね。馬鹿みたい。」

「馬鹿じゃない。ゆりかには何もしないで。」

「わかってる。何かしたいのはのばらだけ。」


そう言うと、いばらはのばらの唇に噛みついた。


「・・・っ!!」

のばらは思い切り、いばらを引き離す。

「久しぶり。のばらの味。甘い。」

そのままのばらが逃げようとすると、いばらは彼女の腕を捕まえ、強引に押し倒した。

そして、首筋に口づけ。今度はのばらのシャツに手をかけるとボタンをはずしていく。のばらは首を振り続けるが、お構いなし。胸元に口づけ。

スカートの中にも手を伸ばす。

「スカート。履くようになったんだ。可愛い。」

のばらの股に自分の膝を挟ませる。


「のばら、しよ?久しぶりに、しよ?」


ゆりかには、あんなに拒絶反応を見せたのばらなのにいばらには従い続ける。

いばらはそのまま、彼女の下着を外そうとした。


が、その時だ。


「のばら・・・?何・・・しているの?」


ゆりかが呆然と立ち尽くしていた。

悪いことをすると、さらに悪いことが待っている。

のばらは目をぎゅっと閉じた。

いばらは、二人を見るとやっとのばらから離れた。のばらは慌てて服を手繰り寄せる。


「こんにちは。お姫様。私、のばらのお姉さんのいばら。笑っちゃうよね、いばらにのばら。どっちも触れられないような名前、母がつけたの。馬鹿みたい。」

「のばらのお姉さん・・・?」

いばらはゆりかにウィンクをする。

「のばら、可愛いよね。あ、貴女にとってはかっこいいの方が正しいかな?久しぶりにのばらの匂いかいだら、興奮しちゃった。多分のばらも。だからまた来る。今日はお開きにするね。」


いばらはゆりかの肩を叩くとそのまま帰ってしまった。

残されたゆりかは、のばらに駆け寄る。だが、不可解で不愉快なことばかりだ。


なぜ、のばらは実の姉と抱き合っているのか。

なぜ、のばらは拒否しないのか。

なぜ、それなら自分を拒否するのか。

なぜ。


ゆりかの姿を見て、のばらは唇をかみしめながら言う。


「私、やっとわかった。どうして、ゆりかを抱けないか。それは姉さんのせい。私、姉さんの呪縛に捕らわれている。」

「のばら・・・!?」


「私、いばらの棘に刺さったまま。」

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