第8話 私の美しい恋は輝きに満ち

あの一件以来、のばら伏せってしまって学院にも顔を出さない。

1週間くらい経っただろうか。

ゆりかは一人で今日も登校する。


“プリンス様はご病気なのですって”

“プリンセス様、お可哀想”


ゆりかの後ろから声が聞こえる。

辛い。

もしかしたら自分を馬鹿にしているのかもしれない。

二人で手を繋いで歩いている時は、何も気にならなかったのに。


「のばら、お願いよ。私を助けてよ。いつもみたいに。私のこと、助けてよ。」


だが、いくら助けを呼んだところで王子様はお姫様を助けに来ない。

きっと王子様は悪い魔女に捕まったのだ。

力のないお姫様一人では王子様を助けには行けない。だから王子様は捕まったままで、お姫様を助けに来ることができない。

二人は暗闇の中。

光なんて届かない暗闇の中。

本当の物語は残酷だ。


「駄目ね。お城の外の景色を見に行こう。」

ゆりかは放課後気晴らしに、学院内の紅葉や銀杏の並木道を歩く。

ちょうど見頃迎えた木々。紅、黄金色。それによってできた美しい絨毯の上を歩く。

空は青く、木々の色とのコントラストが綺麗だ。


「のばらは、この景色よりもっとずっと綺麗なのに。どうやったら伝わるの?」


ゆりかは、美しく染まった地面を蹴り上げる。紅葉と銀杏が舞い上がる。

どれだけゆりかが蹴っても、その美しさに何も変わりはない。


「あなたたちは咲いても散っても蹴られても綺麗なのね。」


・・・?


ゆりかは目の前に広がる彩りに満ちた美しい世界を見つめる。

夢から覚めたように。


「私、少しでものばらを助けたい。いつものばらは私を助けてくれたから。私は助けにいかなければならない。待つだけのお姫様になりたくない。」


そう言うと、ゆりかは急いで二人の部屋に戻る。

部屋に入ると、のばらは相変わらずベッドで寝ていた。


「のばら、行こう?」

のばらは壁を向いて寝転んだまま何も言わない。

「のばら、早く着替えて。一緒に行こう?」

するとのばらは背を向けたままだが、ゆりかの声に反応した。

「どこに行くの?私、もうどこにも行きたくない。ゆりかにも触りたくない。」

「のばら、私はのばらを助けたい。のばらが綺麗って見せてあげたい。お願い。のばら、行こう?」

なおも声をかけてくるゆりかにのばらはようやく折れたのか、ゆっくりと立ち上がった。

「分かった。でも、手は絶対に繋がないで。汚いから。」


いつも言われている言葉。

でも今はきっと逆の意味なのだろう。

辛い。

でもこれで全てを終わらせよう。

もう、辛い思いはしたくない。ゆりかものばらも。



先程の並木道にゆりかはのばらを連れてきた。

「ここに何があるの?何をするの?」

のばらはいつも通り不機嫌そうである。のばらはこれくらいがちょうどよい。とはいえ、このままではいけない。


「のばら、綺麗でしょ?この紅葉。」

のばらはじっと木々を見つめる。

そして自分の手も。

もう一度木々を見つめると、ボソリと呟いた。

「今となっては私より綺麗。紅と黄金色が眩しい。」

「綺麗よね。」


ゆりかは落ち葉をすくうと思い切りのばらにかけた。

「ちょ!何するのよ!やめてよ!!」

だがゆりかは何度ものばらに葉をかけたり投げつけたり。

「何やっているのよ!?子供じゃないんだから!馬鹿みたいに!」


しばらくそれを繰り返したが、ゆりかは手を止めた。

「ゆりか?」

ゆりかは地面の落ち葉を指差して笑う。

「のばら、この葉はさっきと変わらない。綺麗な色。」

「それは、そうよ。ゆりかは私に投げつけただけでしょ?何も変わらないわよ。」

それを聞くとゆりかは、今度は大笑いをする。


「のばらに触れたのに!?のばら、貴女の方が馬鹿みたい!!綺麗な紅葉は、のばらに触れても綺麗なまま!のばら、貴女、何も汚くしていない!!だって、のばらも綺麗なのだもの!!」


のばらは自分の頬を触る。そしてまた手のひらを見つめる。


「私・・・。」

「のばらは綺麗。私は忘れられない。あの時から。私は綺麗なのばらに恋をしている。のばら、のばらは私のことどう思っているの?」

「私は・・・。」


ゆりかは、そっとのばらの手をとる。

手のひらを撫でる。

そしてのばらの手を自分の頬に寄せた。


「ゆりかは・・・綺麗。変なの。綺麗なまま。」

「のばらは汚くなんかない。二人は綺麗なまま。」


のばらは、震えながら自分のもう片方の手でゆりかの頬を触る。

そしてゆっくりと彼女の唇をそっとなぞると、そのまま口付けた。

唇も少し震えている。

だが暫くしてそれは止まった。

きっと時が止まっているのだ。

ゆりかは、この止まった時をゆっくり動かしていく。


そして感じた。


何だろうかこれは。

そうだ。

のばらの髪の香り。

これは、シャワー室で残っている香り。

のばらはいつも首筋に香水を少しつけている。

これは、隣でいつもする香り。

のばらのリップの香り。

甘い。

これは、初めての香り。


苺の香りなんてしない。味なんてしない。


のばらの香りと味がする。


ゆりかは背伸びをして、のばらの首に手を回すと、もっと深く深く彼女の香りと味を確かめた。


ひとしきり二人は感じあうと、ゆっくり唇を離す。


「私、初めて本当のキスをしてる。」

「私、初めて本当に触れてる。」


のばらはそう言って、ぎゅっとゆりかを抱きしめたのだった。


紅色、黄金色。

風に舞う。

青色に吸い込まれる。


汚くなんかない。

気持ち悪くなんかない。

暗闇は終わる。


世界はこんなにも彩りに満ちている。

美しさに満ちている。

輝きに満ちている。

愛に満ちている。


のばらは空を見上げて深く息を吸い込むと、手を大きく広げてくるくると回る。

そしてぴたりと止まり、ゆりかをじっと見つめた。


のばらが眩しい。

ゆりかはその輝きに満ちたのばらに微笑みかけた。


「私はお姫様。のばらは王子様。帰りましょう?手を繋いで。」


ゆりかは手を差し出すと、それをのばらはしっかりと握り返す。


「私は王子様。ゆりかはお姫様。馬鹿みたい。本当になっちゃったわ。」

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