第5話 二人の嘘のない休日

のばらの衝撃の言葉。

それは天気の良いある日、いきなり言われた。


「・・・え?」

「だから、今週末の休日は暇かと聞いているのよ。」

のばら腕を組みながら、ゆりかを見下して言う。

言葉と態度は一致していない。


「ひ、暇だけど・・・どうしたの?」

「出かけるわよ。」

「どこに?図書室?談話室?庭園?のばらが出かけるなら私も行かないと。」

「違う!!」

のばらに怒鳴られて、ゆりかはビクッとなる。また、なにか怒られるのだろうか。そう思ってゆっくりとのばらの目を見つめた。

が、彼女の口からはまた意外な言葉。


「外よ。学院の外。行き先は・・・ゆりかが決めて。」

「・・・は?二人で外に・・・出かける?二人で?外に?」

「気持ち悪いわね。何回も言わないで。借りを返すのよ。私、借りを作るのは嫌なの。」

「出かける?二人で?」

未だにゆりかは状況が掴めていない。そんなゆりかに腹を立てて、のばらは怒鳴り散らした。

「行くの!?行かないの!?」

「行きます!!」


言うことだけ言うとのばらは机に向かって本を読み出す。

それはいつもの光景だ。

だが、言われたことはいつもと同じではない。

のばらなりの借りの返し方なのだろう。

多分、ゆりかがずっと学院外の情報誌を眺めていたから。


二人で・・・。

出かける・・・。


どうせ、また汚いとか言われ続けて、人とすれ違えば嘘の笑顔をするのだろう。

けれど、それでも良い。


「何着て行こう・・・。」

「何か言った?」

「いえ、別に・・・。」


もうなんでも良い!

ゆりかはプリンセスなんて忘れて、ただの女の子に戻る。

そして急いでつぐみの部屋に向かった。


「つぐみ!!洋服を貸して!!一番可愛い洋服を!!」

「はぁ!?」

つぐみとひばりはいきなりの、そして意味のわからないことに状況が掴めない。



「・・・で、つまり。ゆりかはのばらとデートする勝負服を貸してほしいってことね。」

呆れ顔のつぐみと、その横で嬉しそうに拍手するひばり。

「デートなんかじゃない。ただ・・・借りを返されただけ。多分。」

「同じよ。でも何で私なのよ。自分の服を着なさいよ。」

するとゆりかは気まずそうに下を向くと目線を逸らして口を開く。

「・・・服、ないの。私、外に出るの嫌だから。可愛い服なんて、持っていないの。つぐみだったら持ってると思って。お願い、つぐみ。きっとサイズなら合うと思うの。むしろ絶対に私の方がウエスト細いし余るくらいよ!!」

「それ、人に頼む言葉なの?あと、貴女はウエストが細いのじゃなくて胸がないのよ。」

悔しいが、それは言い返せない。

それでもまだ、のばらよりはある方だ。きっと、のばらはAだ。自分はかろうじてBだ。

しかしこれではトップコンビではなく、貧乳コンビになる。

そんな馬鹿なことを考えていると、つぐみはワンピースをゆりかに差し出していた。


「これ、貸してあげる。貧乳だと私より綺麗なラインで着れるんじゃない?」

嫌味は腹が立つが、つぐみの計らいに感謝してゆりかは部屋を出た。


「ゆりかお姉様、素敵なデートになると良いですね。」

「腹が立つから、今週末は私たちもどこか出かけましょう、ひばり。」

つぐみはそう言うとひばりの額にキスしたのだった。



のばらのいうところの借りを返す日の当日。

「変じゃないかしら。のばらに汚いって言われたらどうしよう。まぁ、何をしても言われるけど。」

アイボリーの生地に黒の線画で描かれた大柄の花。ハイウエストの位置でシャーリングしている長めの丈のワンピース。

ゆりかはスタイルが良いので難なく着こなしている。

これはウエストが細いからだ胸がないせいではない。

何度もゆりかは言い聞かせる。

この時のために朝早くから起きてメイクもした。のばらに白い目で見られながら。とはいえ、そういうのばらもちゃっかりしてはいた。


「何しているの、早く行くわよ。」

「あ、わかった。」


白いトップスに黒のテーラードジャケット、ジャケットと同じ色のセンタープレステーパードパンツ。

大人っぽく綺麗にまとめてある。

こちらも、のばらの高身長と細身の体型によく似合っていた。


ゆりかがじっと見ていると、のばら嫌悪に満ちた顔をする。

これ以上、何かしたり言ったりすると更に嫌悪されそうなので、ゆりかは無言で部屋を出た。


「で、どこに行くの?汚いところはやめてよね。」

逆に汚いところはどこなのだ。

深くは突っ込まずにゆりかは答える。目線はあまり合わせたくないので、下に向けたままで。

「海岸沿いの公園。その近くに雑貨のお店もたくさんあるから、のばらと・・・一緒に見たい。」

「言っておくけど、その雑貨とかには私はできるだけ触りたくないから。特に貴女が触れてすぐのものには。」

「・・・わかってる。気をつける。」

「あと、あまり浮かれないで。気分が悪い。」


二人して陰気な顔で歩けと言うのか。

だが、反論するだけ無駄である。

そうして、二人は暗めの顔で学院を出たのであった。


バスに乗って数十分。

車内でのばらは勿論、手すり吊り革などは一切持たずに踏ん張って立っていた。本人には悪いがその姿は少し滑稽だ。だが笑わないように、ゆりかはできるだけ陰気な顔をしていた。


そうこうしているうちに、目的地に着く。

海風の気持ちいい海岸沿いの公園。

少し小道を入った所には雑貨店が連なっている。


とはいえ、ゆりかは久しぶりの外の世界だ。自分で指定したくせに、周りの目が気になって仕方ない。

何か見られている気がする。何か言われている気がする。

やっぱり、ここはやめておいた方が良かったのかもしれない。

平然さを装っているつもりだったが、のばらは気づいたようで、ゆりかに話しかけた。一定の距離を保って。


「何?ゆりかが指定したくせに。変な顔して。」

「ごめんなさい、のばら。そうよね。でも久々に出たら人の目が気になって。なんだか見られているような気がして。」

「そうね、見られている気は私もする。でも、それは私たちが美しいからよ。引け目なんて感じる必要はない。ゆりかは学院でいるのと同じようにそれを見せつければいいのよ。貴女が演じるのであれば、私も付き合うけど?」

もしかしたらのばらなりの気のつかい方かもしれないが、ここまで来て嘘はあまりつきたくない。

「大丈夫。のばら、ごめんなさい。行きましょう。」


ゆりかは気を取り直して、雑貨店をのばらと周る。

これが可愛いだとか素敵だとかをゆりかは騒ぐものの、のばらはいつもののばら。

「そう・・・。」と言う時もあれば「そう?」と言う。ずっとこんな調子だ。

時々、ゆりかが忘れて彼女に小物を渡そうとすると、いつも通りに嫌だと拒否される。

これは嘘ではない二人の関係だ。


あんなに嘘のままの関係でいたいと思っていたゆりかだったが、なぜか今は嘘ではないこの関係が心地よい。


「少し手を洗ってくる。」

店から出て歩いていると、トイレを見つけたのばらはそう言った。

これもいつものことなので、ゆりかは「ここで待っているから。」と言うと足をぶらつかせながら手持ち無沙汰に立っていた。


そんな折、ゆりかは急に誰かに話しかけられた。勿論、ゆりかは驚いてしまい「きゃっ!!」と小さく叫んでしまう。そして声の主の方を恐る恐る見た。

すると、そこには若い男が一人。

ゆりかより少し年上で、なんというか・・・いかにも軟派な風貌だ。

「可愛いね。」

「あ・・・え・・・。」

ただでさえ、人と話すのが嫌なのに、こんなことを言われてしまっては何を言えばいいのか全くわからない。

「一緒に遊ばない?」

「あ、あの・・・その。」

断る言葉も思いつかない。

これでは、イエスと捉えられてしまうかもしれない。

何も言えずに相変わらずゆりかが戸惑っていると、その男は「それじゃあ、行こう」と彼女の手を取ろうとする。


あぁ、私、やっぱり何も言えない。何も対応できない。


そう思って目を閉じた時、男の手を思い切り払う音が聞こえた。


「汚い手でゆりかに触らないで。」


目を開くとそこには、のばらがいた。

ゆりかを引き寄せると、彼女の顔を自分の顔に近づける。そして男を見下した目で言った。


「やめてくれる?ゆりかは私のものだから。」


「のばら・・・?」

「あんな汚いもの放っておいて、行きましょう。ゆりか。」

のばらはそう言うとゆりかの手をとって歩き出す。

颯爽と現れた王子様に男は何もすることなく呆然と立ったまま見ているしかなかった。


早足で歩いて海沿いに出ると、のばらは早速ゆりかの手を解き露骨に嫌な顔をする。

「折角、手を洗ったのに!汚い!!もう、あんな男、汚物の塊よ!!どこか手を洗う所ないの!?」


先程ののばらはまるで王子様、プリンス様だ。

学院の通りののばら。

嘘ののばら。

だがそうだとしても、ゆりかの胸は高鳴る。

だとしたら、やはり自分は嘘の世界を望んでいたのか。


「わからない。」


「何?それより手を洗うところを探して。」

「とりあえず、これ使って。のばら。」

そう言うと、ゆりかはウェットティッシュを差し出す。

「忘れてた。私も持ってきてたの。馬鹿みたい。」

そして何度も手を拭くと、ゆりかにそれを渡した。

「これ、あそこのゴミ箱に捨ててきてくれない?私、もう触りたくないから。」

「わかった・・・。」


これも、いつもののばら。

ゴミ箱に捨ててくると、ゆりかは俯き加減で言う。

「ごめんなさい、のばら。また、貴女に嫌な目をさせたわね。」

「別に。あんな男に触られたゆりかの手を触るがもっと嫌なだけ。」

ゆりかが黙っていると、のばらはちらりと彼女を睨みながら口を開いた。

「ゆりか、この前・・・こういう時は、ありがとうって言えって、私に言わなかった?自分ができないことを私に押し付けないで。」

「のばら・・・。」

「気持ち悪い、そんな目で私を見ないで。気分が滅入る。あっちのカフェでお茶しましょう。素人が触らなかったら私も飲めるから。」

言葉こそ辛辣ではあるが、やはりのばらはゆりかを気遣っているようだ。

本当ののばらのやり方で。


「・・・ありがとう、のばら。」

「別に。」


海風の当たるカフェで2人は紅茶を飲む。無言のまま。

そんな沈黙を破ったのはゆりかだった。


「私、本当に駄目なの。人の目が気になって。何言われているか気になって、最善の言葉が思いつかない。急に何か言われると対応できない。」

「そんなの知っているわよ。ゆりかが唯一話せるのは、あの薄汚いぬいぐるみだけでしょ?そういうところが根暗なのよ。」

ゆりかは俯くと少し手を振わせながら話を続ける。

「だって、くまきちは裏切らないから。人間は裏切るから。」

「ゆりか?」

「私、昔から容姿をもてはやされた。でもその反面、妬みも買った。いつも見られて何か言われてた。それが良いことなのか悪いことなのか分からない。良いことと思いたい。でも何がどこまで本当なのか、分からない。そんな時、私と仲良くしてくれる子がいて、私のこと可愛いっていつも言ってくれて。でも、その後で知ったの。その子も私の陰口を言っていた一員だって。どこまで誰を信じれば良いの?どこまでみんな嘘をついているの?私、そればかり気になる。じゃあ、私はなんて言えば嫌われないの?言葉がわからない。何が正解で不正解か分からない。だって人間ってすぐ嘘をつくから。」

「・・・・・・。」

「これ、当分・・・いえ、ずっと付き合わなければならない病ね。」


「悪かったわ。」

「え?」

のばらを見ると彼女は顔をそらしたままで言う。

「この前、酷いこと言って悪かったわ。貴女も私も病気なのね。」

「いいえ、良いの。気にしないで。ありがとう、のばら。」

また、気持ち悪いと言われるかと思ったがのばらは何も言わなかった。

それが嬉しかったのか、ゆりかはまた話を続ける。


「今日は色々あったけど楽しかった。私、最近・・・嘘の関係が好きだったの。型通りに演じれば、のばらと楽しく過ごせるから。本当の関係は、難しいし嫌。この頃、どうやったらのばらに嫌われないか、困らせないかそればかり考える。型通りなんて行かない。でも、やっぱり今日みたいに自然体で付き合えるなら、本当の関係の方がいいのかな。嘘と本当。どっちがいいのか、どっちが私の心で勝つか分からなくなってきた。難しいね。世界って。」

のばらは黙んだまま。

「あ、喋りすぎよね。五月蝿くしてごめんなさい。そろそろ、帰りましょ。」

「・・・分からない。私もどこまでみんなの言うことが本当なのか。どこまで自分が本当なのか、分からない。でも、世界は嘘ばかり。だからそれならきっと、嘘が正しい。」

「そっか・・・そうだよね。」


二人は夕暮れの海岸沿いの歩道を歩く。

すると前を歩くのばらが振り返ることはしないが、ゆりかに手を出してきた。

そして、早くしろと言わんばかりに動かす。

「のばら?」

「早く。手。」

「え?」

「学院の誰かに見られていたら嫌でしょ?早く。」


こんな所に生徒がいるとは思えない。

のばらはどこまで本気なのか分からない。

どうせすぐ手を洗うのだろう。

でも、ゆりかはそっとその手をとった。


「ありがとう、のばら。」

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