第15話

クリスマスプレゼント(前)



今日はクリスマスイヴですね。

日本では今日12月24日の夜が1番盛り上がるって言われてるけど、実際はどうなんでしょう。

なんとなくクリスマスよりハロウィンのほうが盛り上がってるような気もするけど。


私の実家は神社なんです。

なので昔からクリスマスとは無縁。プレゼントなんかもらったこともありません。

でも、お母さんがクリスマスケーキを買ってきてくれるのはうれしかったな。

そんなことを考えながら神楽坂駅で降ります。


「寒ーい」


思わず声が出ます。

家を出るときは粉雪だったのに。けっこう降ってきました。


「寒っ、寒っ」


言葉にしながらお店へ向かいます。


「ホンマやなー、寒いわー。僕まだマシやけど」


はなから歩くのをやめて私のコートの中に入ったきりの玉ちゃん。毎朝マフラーも巻いてあげて‥‥ちょっと過保護かもしれませんね。

まあ、私も暖かいからいいんですけど。


玉ちゃんは私を守ってくれる妖狐の玉藻って言います。知ってる人は知ってるとっても強いお狐さまだそうですけど‥(どう見てもそんなふうには見えません)。


駅を降りてからは、みるみる本降りの雪になってきました。

白い雪で前が見えにくいくらい!


「お嬢さん」


ご年配の男性の方から声がかかりました。


「えっ?」

「そこのお嬢さん、よろしいですかな」


中折れ帽子にコートを羽織り、大きなトランク鞄を抱えたお爺さんが話されました。


「へぇー。珍しいお人が居てはるなぁ‥。しかも異国からかいな」


胸元のコートとマフラーに包まった玉ちゃんの呟く独り言が聞こえました。


「私ですか?」

「ええ。貴女ですよ。ほお。嬢さん、貴女はまた‥」


こう言ったおじさんは私のコートの中で蹲る玉ちゃんを見つめてとても優しい笑みを浮かべました。

(えっ?ひょっとして玉ちゃんが見えるの?)


雪はどんどんと本格的なものに変わってきました。


「どこかで温かいものをいただけるお店はご存じですかな?」


カップを持つ手を口元にあてるジェスチャーをとるお爺さん。


「それでしたら私がアルバイトをしてるお店で良ろしければご案内します。開店前で何のお構いもできませんが」

「お嬢さんありがとう。ではそこまでご案内いただけますかな」


しんしんと降り続く雪は、ますます酷くなってきました。東京でこんなにふるなんて驚きです。


「お爺さん鞄お持ちしますね」


昔ながらのトランク鞄は、アンティーク鞄とでもいえそうな牛皮の鞄でした。

とっても大きな鞄。

お爺さんの代わりに鞄を持ちます。


「ああ、ありがとう、ありがとう。年寄りには重い荷物は堪えますからな。重いでしょう?」

「いいえ、では参りましょうか」


お爺さんの荷物を持ってお店へ急ぎます。


「お爺さん、雪で滑りますから足下にお気をつけくださいね」

「はいはい。気をつけますね」


大きな鞄はびっくりする軽さです。何か入ってるのかしらと思うくらい、とても軽いものでした。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「お爺さん、着きましたよ」


カランカラン

ドアベルが軽やかに鳴ります。

私のバイト先、カフェ 神楽坂です。


「おはよーございまーす。すごい雪ですね!ナナさん、駅の近くでこちらのお爺さんに会って。あんまり雪も酷くてお困りのご様子でしたからお連れしました」

「この雪だもんね。お爺さんいらっしゃい」


ナナさんはカフェ 神楽坂の気さくでとっても綺麗、お料理上手の店長さんです。


お爺さんがコートの雪を手で払います。


「ああ温かい温かい。お邪魔しますよ。まだ開店前でしたかな?」

「お爺さん大丈夫よー。雪も1時間くらいしたら止むらしいからよかったらゆっくりしてってねー」

「ありがとうお嬢さん」


そう言ったお爺さんは雪を払ったコートと帽子をコートハンガー掛けました。

トランク鞄もその下に置いて。


雪でわからなかったのですが、お爺さんは雪がつもったようなたっぷりの白い顎髭。それも似合っていてとってもお洒落。よく見れば、コートもコーデュロイの服も革靴も、お爺さんの身につけている一つ一つがお洒落なんです。私、ブランドとかよくわかんないんですけど、ブランドもの(私が知らないだけかもしれませんけど)じゃなくって、こなれた感じがしてすごくお洒落なんです!もちろん、どこも草臥れてなんかはいません。

これは‥そう!八雲先生と同じみたいにお洒落なんです。(そういやどことなく漂う雰囲気も八雲先生に似てるような‥)


「失礼しますよ」


そう言ったお爺さんがカウンター席の椅子を引かれました。


「おやおや!これはまた」


八雲先生に向けて、お爺さんが和かに微笑みます。

八雲先生はこのカフェ 神楽坂のオーナー兼私が通う大学の先生です。


「お若いの、失礼しますよ」

(えっ?八雲先生をまさかの若者扱い?)

「外は寒くて大変だったでしょう」

「ほんに、ほんに」

「どうぞおかけになってゆっくりしていってください」

「お若いの、ありがとう、ありがとう。

おやおや!こちらにも‥かわいいお子が2人もおみえでしたか」


お爺さんは私のコートの中から顔を覗かせている天ちゃんと神棚下にいる玉ちゃんを代わる代わる眺めながら言いました。

玉ちゃん、妖狐の玉藻です。玉ちゃんもまた超強いお狐さまなんだそうです(私にはわかんないんですけどね)。


(やっぱり!お爺さん、天ちゃんと玉ちゃんが見えるんだ)


ほっほっほ


なぜか心に染み入るような暖かい笑顔を浮かべたお爺さんがナナさんに注文をされます。


「お美しいお嬢さん、温かい飲み物をいただけますかな?」

「まあ、お爺ちゃん、お口もお上手ねー」


コロコロと笑ったナナさんです。


「コーヒー、紅茶、ミルク、ココアのどれがいい?」

「紅茶をいただけますかな。できましたらロシアンティーを。ジャムとお酒を少々いただけるとありがたいですなぁ」

「いいわよー。でもお爺さん、ハイカラね」

「昔々、ロシアでいただきましてな。これが美味しくて美味しくて」


お爺さんが微笑まれます。

私、たまらず聞いてしまいました。


「あの、お爺さん。天ちゃんと玉ちゃんが見えるんですか?」

「はい、もちろん。かわいいお子が2人おりますな」

「爺ちゃんかわいいかて、そんなホンマのことを。わし照れるがなー」

「やっぱりお前阿呆だろ!」


玉ちゃんがクネクネ、ニマニマとし、天ちゃんがそれをクールに窘める、いつもの構図です。


「はーいお爺ちゃん。ロシアンティー召し上がれ」


紅茶にはティースプーンにたっぷりのジャムが添えられていました。


「ありがとう。いただきますな」


お爺さんはスプーンに添えられた苺のジャムを舐め舐め、リキュールを注いだ紅茶を飲まれます。

(後でナナさんに聞いたら、本当のロシアンティーは、紅茶とジャムを混ぜなくて分けて供するんだそうです。スプーンのジャムを舐めつつ紅茶を飲むのが本当なんだそうです)


「ああ。これは美味しい。極東の島国でしっかりしたロシアンティーをいただけるとは思いませんでしたよ」

「お爺ちゃん、よかったら朝ご飯も一緒にどう?賄いだけどね」

「はいお嬢さん。お言葉に甘えますな。いただけますかな」


うーん?


とっても気になるお爺さんなんです。

でも先生やナナさんだけでなく、玉ちゃんや天ちゃんもなぜか普通にしてるし。

普通っていうか、何か知ってるみたいな感じだし。


あー!

いつもと同じだ!


どうやら私だけがぜんぜんわからないみたいです。

開店前のカフェ 神楽坂のお店は、いつもと同じように温かな空気感がありました。

て言うか、いつも以上に温か?

これって‥‥もしかしてお爺さんのおかげ?


「できたよー。瑠璃ちゃんお願い。

天ちゃんの今朝は生ハムクラッカーね、玉ちゃんはいつものチーズねー」

「やったー今朝もチーズやー。ばんざーい!」

「お前、毎日毎日よく飽きないなあ」

「あたりまえやん!チーズやで。

なんや天ちゃんも僕のチーズが欲しいんか?でもなあ、いくら天ちゃんでもこれだけはあげへんでー」

「お前‥幸せだな‥」


口いっぱいにキューブチーズを咥え、うれしさいっぱいの玉ちゃんに、食事もクールな天ちゃんです。


「今朝の賄いご飯はそば粉のガレットだよ」

「ナナさん、ガレットってクレープの甘くないやつですよね」

「そうよ、食事用のクレープ。フランスブルターニュ地方のお料理よ。

で今朝のガレットはオーソドックスなガレットよ」

「うわぁ、かわいい!」


お皿はナナさんの意図がとってもよくわかる絵図です。

大きめのお皿の下部には大地をイメージした茶色のガレット。その大地から上部に向けては1本の緑のもみの木?

そんな木を模したリーフサラダが繁ります。三角に盛られたリーフサラダ。真っ赤なラディッシュを頂上に、プチトマト、紅芯大根の赤やオレンジや黄色のパプリカスライスが緑の森をアクセント。鮮やかな色合いが爽やかな朝にもぴったりです。さらには、緑に点在しているピンクペッパーがまるでもみの木に飾られたオーナメントみたい!


「わぁ!ナナさん、クリスマスだ!」

「うんナナくん、これはクリスマスツリーだね」

「お嬢さん、これは素晴らしいツリーです」

「でしょー」


ちょっぴり得意げにコロコロと笑うナナさん。

ガレット。

折り畳んだ生地の中には目玉焼きが入ります。

カトラリーはナイフとフォーク。

私、1人だったら朝は食べないか、食べてもたぶん食パン1枚だけだと思います。

朝食にガレット。それもナイフとフォークなんて朝からなんか贅沢な気分です。

本当にここ神楽坂でバイトができてよかった。


「おまたせー。玉子を崩して食べてね」

「「「いただきます」」」

「ナナさん、半熟玉子がおいしいです」


ちょっぴり塩味が利いた生地にとろんとした玉子の黄身が美味しい!


「ナナさん今朝も最高です!」


思わず今日も叫んでしまいました。





「はい、食後のデザート。今日はクリスマスだからね、シュトーレンよ」

「おっ、シュトレンですな」

「シュ、シュトレンって何ですか?」

「それはね。たぶんお爺ちゃんのほうが詳しいって思うけど?」


悪戯っぽい笑顔を浮かべたナナさんがお爺さんに話の続きを促しました。




クリスマスプレゼント(後)は、午後21:00更新予定です


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