男の頭にミルクをかける

【ハーピーの羽休み亭】を出た塔矢は、とある酒場に来ていた。


 ウェスタンドアを開けて店の中に入る。


 酒を飲んでいた男たちが塔矢を見た。

 そして一人だけ、酒場だというのに黙々とクリームシチューを食べる男がいた。


「酒場なのに凝った料理も出るんだな」


 クリームシチューを食べていた男は、塔矢へ返答する。

「そうだな、酒場なのに美味しいよ、君も注文するといい」


「気が向いたらな……それにしても……」


 今は昼、だから塔矢は思う。

――こんな昼間から酒を飲んでんのかよ。


「こんな昼間から酒を飲んでんのかよ」

 思ったことが塔矢の口から漏れる。


 当然だが、酒場にいる酒を飲む男たちの目が険しくなった。


 しかし、塔矢はそれらの視線をものともせず、店主の元へ向かう。


「情報が欲しいんだが」

 塔矢がカウンター越しに店主へ放った第一声がそれだった。


 グラスを拭いていた店主は塔矢をチラリと見るが、すぐに視線を逸らし、ぶっきらぼうに言う。

「話は注文してからにしな」


「じゃあミルクで」

 未成年の塔矢はミルクを頼んだ。


……プッ。

 誰かが笑った気がした。


「ミルクってガキかよ!」

「酒も飲めねーのか?」

「ママのおっぱいでも飲んでな!」

 ギャハハハハハハッ! と酒場中の客が笑った。


 塔矢は笑い声を無視してカウンターに座った。


「それで、何を聞きたいんだ?」

 店主はミルクを入れたグラスを置きながら聞いた。


「殺戮の魔術師という男が、よくこの酒場に来ると聞いたんだが」


 塔矢の発言に酒場が静まり返った。


 嫌な静けさの中、店主が聞く。

「お客さんは、その魔術師に用があるのかい?」


「ああ、用がある……その魔術師がムネーナ街で最も強い奴なんだろ……そいつを倒したら、この街の荒くれどもを手っ取り早く屈服させることができると思ったんだが……どうだろうか?」


 男の客が一人、店主と塔矢の会話に割って入る。

「おい、ガキ……あの人が一番強いと分かっていて言ってんなら、お前は馬鹿だろ」


「馬鹿じゃない」


「いいや馬鹿だ、この街で暮らしたいならあの人には逆らわない方がいい」

 塔矢は否定したが、男の客はそれを認めなかった。

「殺戮の魔術師が、よくこの酒場に来るかだって? ああよく来るさ、そして、あの人の強さも俺たちはよく知っている。……だから、あの人に喧嘩を売るお前みたいな奴を放置するわけにはいかない」


「放置するわけにはいかないって……殺戮の魔術師なんて物騒な名前をしてる癖に、そいつは酒場の飲兵衛どもに慕われてんの?」


「別に慕ってはねーよ、ただ恐怖しているだけだ。……あの人に喧嘩を売るようなガキを放置したなんて知られたら俺たちが殺されちまう。お前もあの人がなんで呼ばれているか知ってるだろ、殺戮の魔術師だって……」


「なるほど、俺を放置したら気持ち良く酒を飲むこともできなくなるのか」


「そういうことだ、だが今日お前が言ったことを忘れて、この酒場から今すが出て行くってんなら止めはしねー。そしたらお前が、あの人に喧嘩を売ったこともなかったことにしてやる。でももうこの酒場には来んなよ!」


 男の客の話を聞いた塔矢は少し考え、答えた。

「お前たちが命欲しさに俺を追い返したいのは分かった。……なら俺が代わりに許可を出そう、明日からもここで酒を飲んでればいい。……俺が許可してやるよ」


 塔矢の返答を聞いた男は額に青筋を浮かべる。

「……それはどういう意味だ?」

 怒りのこもった、とても低い声だった。


 不穏な空気、闘争の予感に塔矢は小さく笑みを浮かべる。

「言わなきゃ分からないか? これからは俺の許可を取ってこの酒場を利用しろ……殺戮の魔術師は俺が倒すから」


「オイオイオイオイ、冗談だろ?」


「冗談じゃないと言ったら?」


 聞き返す塔矢に男はイライラする。

「このムネーナ街で死にたくないなら殺戮の魔術師に逆らっちゃならねー、そして殺戮の魔術師に危害を加えようとする奴を放置してはならねー、なぜなら殺戮の魔術師に殺されるから……」


「死にたくないから殺戮の魔術師に喧嘩を売る俺を殺すってことか?」


「ああそうだ、お前が悪いんだ。俺は今すぐ酒場を出ろと忠告したのに」


「……なんかイライラしてないか?」


 塔矢のデリカシーのない質問に男は答える。

「そうだイライラしている! せっかくの気遣いを無駄にされたんだからな!」

 拳を握った男はカウンターに座る塔矢に殴りかかった。


 塔矢は男のパンチを右手で掴み、凶悪な笑みを浮かべた。

「先に手を出したのはそっちだから、これは正当防衛だ」


――闘気、開放!

 塔矢の威圧感が膨れ上がり、酒場内の人間を驚かした。


 闘気とは、異能にも魔術にも属さない身体能力を上げる技術だ。

 そして、塔矢の闘気のタイプは持久力よりのバランス型。長時間の戦闘を得意とするが、やや瞬間的な爆発力に欠ける闘気だ。


 それでも殴りかかってきた男をねじ伏せるには十分だった。


 男の拳を受け止めた塔矢の握力が強化され、男の拳からミシミシと嫌な音が鳴る。


「痛! 痛いっ!! 痛いって!」


 痛みに耐えられなくなった男は思わず跪く。

「放して! お願いだから! お願いします!」


 大の男が塔矢に縋り付くように泣きついている。


 カウンターの座席に座ったまま、男をねじ伏せた塔矢は、男の手を放す。


 塔矢は座席から立ち、男の背中を踏みつけ動けないように固定した。

 そして、ミルクが入ったグラスを掴み、男の頭へ注いだ。


「カルシウムが足りないからイライラするんだよ」

 そう言って、男の頭を蹴り飛ばし気絶させた。


 塔矢の暴挙に酒場の客がざわめく。

「やりやがった、あのガキ!」

「あの人のお気に入りの酒場で、暴れるなんて!」

「こいつ、マジで殺されっぞ!」

「いや、こんだけ好き放題したガキを野放しにしたら、俺たちまで……」


「私が食事中は静かにするように言っていただろ」

 大声だったわけではないが、その声で店内は不自然なほど、静まりかえった。

 まるで、その声の主を怒らせたらいけないと、店内の荒くれどもが身をもって知っているかのような……そういう緊張が店内に広がる。


 塔矢は声の主へ振り返る。

 その男は塔矢が入店してからずっと、一人で黙々とクリームシチューを食べていた男だった。

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