第39話 不運……です
(エレン視点)
リリィが来た前日、部下への襲撃が相次いだ。
4人が負傷し、全員身ぐるみを剥がされた状態で教会の入り口に吊るされていた。
そこで、部下には3人一組で行動する様に指示を出したが、その分人員不足となり手薄になる場所があった。
仕方なく、ファーネストの屋敷の護衛を一人に減らして調整する。
もちろん、それだけでは足りないので、翌日、というかリリィの来た日に人員補充の嘆願書を書いていた。
俺はこういう書状を書くのが苦手だ。
グラフファーにやらせたい所だが、文章を考えて書くのも教育の一環と言って手伝ってくれない。
今のところ、魔物でも出ない限り俺はお飾りでしかない。
そんな集中して文章を書いている最中に、リリィはやって来た。
「エレンー、みてみてー、車椅子貰ったよー!あとねー」
「あっ!?」
思わず、睨みつけてしまった。
それは一瞬の出来事だった。
「あ、姫……」
「ごめんなさーい!}
「ちょっとリリィルア嬢!待って!」
涙目になって彼女は逃げる様に去った。
俺は「くるまいすを貰えて良かったな」の一言を言うべきだったのにそれすらできなかった。
一瞬で、姿が見えなくなるほどに早い移動速度。クマを操縦してる時よりも早いのではないだろうか。
『くるまいす』とはそれ程までに速度がでるのかと感心してしまった。
「ちょっと!エレン!女の子にそんな睨みつけたら駄目だろ!」
「あれ、クリム
思わず、足が震えそうになるのをぐっと堪える。
昔と違って、俺は成長した。
いつまでも恐れている俺ではない。
「な、何しに来られたのですか」
「そんな事より、早く追いかけなさい!婚約者でしょ!」
「……そう、だな、わかった」
婚約者であれば、追いかけるのと言うのは当然なのか。
その理屈はいまいち分からないが、先ずは追いつかなくてはならない。
おれは、全力で走った。
それでも、既に姿が見えなくなったリリィを追いかける事は容易ではない。
気配察知──
リリィは左前方、少し遠い場所か。
いつの間にそんなに遠くまで移動したのか、さすが『くるまいす』という訳か。
リリィが喜んで欲しがる訳だな。
俺もちょっと欲しいかも。
向かっている最中に突然、リリィの気配が消えた。
気配が消えたという事は、意識を失ったという訳だ。
俺は焦った。
それは、また熱を出して倒れ、意識が途絶えた可能性があるという事だ。
病弱なのはどうにかならないかと舌打ちしながら追いかける。
消えた場所に着いた時、そこには誰も居なかった。
通りすがりの人に『「くるまいす」に乗った少女を見なかったか?』と尋ねると、誰も分からないと言う。
八方塞がりだ。
それから、1時間は探して見つからなかった。
どうするべきか悩んだ所、一台の馬車が目に入る。
ファーネスト家の紋章が入った馬車だ。
何か分かるかもしれないと、一縷の望みをかけて聞いてみた。
「すまぬが、少し尋ねたい」
「おお、これは、エレンラント殿下、兵士の方から言伝を頼まれております」
「兵士?それはなんだ、早く言え!」
「はい、それは『預かり物は花街で返す』です」
「花街だぁ!?」
俺は急いで花街に急いだ。
まだ昼を過ぎたくらいのこの時間であれば人は少ない。
勿論誰かに買われるような事はあってはならないが、ただ何もなしに返すなんて事も考えられなかった。
嫌な予感しかしない。
花街に入ると嫌な臭いが鼻についた。
部下はこれがいいんだとか言うのだが、俺にはさっぱり分からない。
まだタバコの煙を吹きつけられている方がマシだ。
それより、リリィはどこにいるんだ。
すこし寂れた、廃墟にも見える建物が目に入る。
薄暗いその建物は、最近潰れた店だったはずだ。
確か、潰れた闇組織の傘下の店だった気がする。
暖簾の奥には見覚えのあるドレスが縦に引き裂かれて吊るされていた。
俺はその服に血が付いていない事に安堵する。
それに血が付いていれば、胸元からバッサリ斬られたという嫌な想像がしていたからだ。
そのドレスを除けると、そこには美しい着物を着た虚ろになっている少女が居た。
壁にもたれ意識があるのかはっきりしない状態だ。
髪が乱れすぎて一瞬、誰かわからない程だったが、それはリリィだった。
そして、少しはだけかけた胸元には、1枚の紙が差し込まれている。
「姫!大丈夫か!?」
「うぅ、エレン?無事でよかった…。ごめんね、なんだか体が熱いの…」
また発熱か!
それより、胸元の紙だ。
さっと抜き取り、読み始める。
『今回は大事な物をお返しするが次はない。
これまでの報復として姫の大事な物を奪う。
これに懲りたらこの街の闇組織に干渉するな。』
近くに置いてあった『くるまいす』にリリィを乗せて、駐屯地に戻る事にした。
リリィは苦しそうだが、大丈夫なのだろうか。
そんな心配をしてる所に、通りすがりに女が声をかけてくる。
「おや、そんな子どもに媚薬飲ませたんかい?おませさんな坊ややねぇ」
「び、媚薬だと!?」
「そうよ、お子様には早いわ、精々ベッドで抱きしめて上げる事ね」
媚薬ってなんだ!?
リリィの大事な物はやはり命なのか!
急ぎ駐屯地に戻り簡易ベッドにリリィを寝かせてシーツを被せた。
熱がでたらどうすればいい?
冷やすべきか?ならばシーツは邪魔なのか?さっぱりわからん!
待てどもその症状は治まる事なく、悶える姿は辛そうで見てられない。
この時、女に言われた事を思い出す。
抱きしめれば、治るのか?
そんな事で治る病気があるというのか!?意味わからん!
だが、やるしかない、やってみるしかない!
そっと近づき、少しシーツを捲り上げると、はだけた着物と赤みを帯びた顔つきが目に入る。
真っ直ぐ見つめられた事で混乱した。
訳が分からない感情が湧いて来る!病気が移ったのかもしれない!
俺まで顔が熱くなってきた。
しかも、見えない槍で胸に突き刺さった気がした。
同時に3つも突き刺さって来た。三又槍だったのか!
なんだこのプレッシャーは!
くっ、だっ、抱きしめるだけだ、何も怖い物なんて無い。俺に怖い物なんてない!俺は病気なんかに負けない!!!
そう心の中で叫んだ時だ。
「エレン!リリィルア嬢が帰って来たの!?」
「クリム
「って!何この衣装、ちょっと、これはどういう事!?」
「花街で媚薬盛られたらしくて……」
「はぁ!?花街いいいい!?媚薬って!エレン!水持って来て、ジョッキでね!」
何かの訳も分からず、リリィに水を飲ませると、一気に飲み干した。
「これで、暫くすれば媚薬効果は少し緩和されるはず、それでどうしてこうなったの?まさかとは思うけど……」
クリム兄はシーツをさらに捲り、下半身を確認する。
何やってるのだ?
「ちょっと…、ドロワーズも何も履いてないじゃない!」
ドロワーズをはいてない?
まぁ、解放的な気分になりたかったのだろう。
「どれどれ?」
「おい、見たら殺す」
「ひぃっ」
そんな事より、経緯は特に隠す事でもないし俺が悪いわけでもない。
いや、リリィが狙われたのは俺のせいだ、兎に角説明するしかない。
説明が終わり一枚の紙をクリム兄に渡すと、一瞬で押しつぶした。
クリム兄を怒らせると、俺にまで被害が及びそうで身震いがした。
そんな状況で表が騒がしくなる。
渋々確認すると、部下の一人が傷だらけになり、脱臼でもしたのか片腕を力なく垂らしていた。
よく見れば、肩から背中にかけて大きな斬撃痕があった、ヒーラーを呼ばなければ命が危ない。
しかも、顔色がかなり悪い、斬られだけでこんな症状にはならない。
今にも気を失いそうになりながら、膝を付いた。
彼がファーネストの屋敷の警備を命じていた部下だった事に焦る。
「おい、どうした!何があった!」
「殿下、申し訳ありません、お屋敷を……、お屋敷を護れませんでした!!!」
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