砂糖玉合戦-後編

「まじめにやれよ!」


 ——————いくら何でもおかしかった。

 9分も戦って疲れているはずの私のパンチ一発でどうして倒れてしまうのだろうか。やる気があるのかと坊主頭の少年がどなったのも当たり前だ。

 確かに強引に倒しにかかるためのパンチだったが、でもそれにしても坊主頭の少年には20発ぐらい同じレベルのパンチを先ほど当てたつもりだ。それで倒れなかったのにどうして今度は一発で倒れてしまうのだろうか。いくら体力の差があるにしてもおかしくはないだろうか。


「いやーものすごいパンチだったな、負けましたごめんなさい」

「お前、ふざけてるのかよ!」

 ふざけてと言うか、わざとでなければこんなはずはないだろう。そして顔を見てみると全然苦しそうじゃなかった。私の方がずっと苦しそうな顔をしていたはずだ。全然最後までやり切らない内にこうして戦いをやめてしまうだなんていったい何のつもりだ。

「お前全然疲れてねえだろ、すぐ第3試合をやるぞ」

「えー」

 私がまだリングの上にいると言うのに、伯父さんは坊主頭の少年がリングに上がる事を止めようとしない。実際メガネの少年は私のパンチ一発で倒されたにしてはずいぶん元気そうだった。坊主頭の少年の方が疲れていそうだ。私も少しメガネの少年に対して腹を立てていたから何も言わないままメガネの少年をにらみ付けてリングから降りた。

「あの、思いっきり殴っていいんだよね…」

「当たり前だ、そういうもんなんだから!あの砂糖玉がそんなにまずかったのか!」

「いや、全然、ものすごくおいしくって」

「だったらそれをかけて勝負だ、そういう舞台なんだろ!」

 メガネの少年はメガネの下に隠れていた小さな目をうるませながら私の方を見たが、私が伯父さんにつられてだまってうなずくのを見ると首を大きく振った。

「もういいか」

「いいよ」

 カーンと言う音が鳴り響くと同時に、メガネの少年は右手を突き出した。先ほど私が見たパンチよりさらに弱そうであり、あれを何発当てれば目の前の相手を倒せるのかちょっと想像がつかなかった。

「やっとやる気になったのか、本当に世話が焼ける奴だ」

 坊主頭の少年は実に嬉しそうだ。無理もない。さっきの私との試合は明らかにやる気がなかった。しぶしぶと言った感じではあるが、とりあえずその気になってくれた事が嬉しいのだろう。だったら私の時もその気になってほしかったが、そのおかげで簡単に砂糖玉がもらえる事になったのだからとまどいはあったが気分はそんなに悪くない。

 もちろんやる気と実力差は別物だ。坊主頭の少年のパンチはメガネの少年のそれよりもずっと強く、二発でメガネの少年はふらついてしまった。

「おいどうした、まだ心構えがなってないのか」

 せっかくやる気になったのだからもっと本気で来いよと言いたいのだろう。もっともあれが全力であるのならば仕方がないが、そうでなければかえって失礼だと思う。落ち着いて考えてみればまだ1試合あるんだし全力を出してへばってしまってもまずいと言う判断をしたのだと言う事ができたからまったくダメと言う訳でもないが、それはそれで坊主頭の少年を甘く見ていると言う話であり十分に失礼だ。

「わかったよ…」

「そうだよ、そうだよもっと本気で来いよ、勝ちたいんだろ?」

 嬉しそうに言った坊主頭の少年に向けてメガネの少年はパンチを放った。だがスピードもパワーも坊主頭の少年のそれとは違う、簡単によけられそして簡単に坊主頭の少年のパンチを受けてしまった。

「どうしたどうしたおい」

 坊主頭の少年がパンチを浴びせた上で放ったこの言葉もまた、私がこれまでなんべんも聞いて来た坊主頭の少年の軽口の1つに過ぎない。しかし、その軽口を耳にしたメガネの少年の小さな目がいきなり大きく見開かれた。


 やけくそとか言いようのない、でたらめなパンチの連続。もちろんでたらめすぎて当たらない事も多いし、当たった所で痛そうには思えない。それでもこれだけ打てば一発ぐらいいい当たりがありそうなものだが、これがぜんぜんない。一応攻撃するひまを与えないではいるが、ただそれだけだったとも言える。

 あんなやり方をしていたらいつか疲れ果ててしまう、そうなる前に相手を倒さねばおしまいだな。そう思いなんとなくリングから目をそらしてみると、この部屋のドアの外に白いワンピースを着た私と同じぐらいの年齢の髪をおさげにした女の子が立っているのを見つけた。

 あの子は誰なんでしょうかと伯父さんに聞こうとした途端、リングからとんでもない声が聞こえて来た。


「おいバカ、何をするんだよ!反則だろ!」

「それはダメだよ、あくまでも両手で戦うんだから!」


 なんと、メガネの少年が坊主頭の少年の左のほおにかみ付いていた。どうしてそんな事をしようとしたのか全くわからない。これは殴り合いであってかみ付き合いじゃなかったはずだ、今まで私たちの試合を見て来てわからなかったのだろうか。

「この大ウソつき!本気でやれ絶対勝ちに来いとかってさんざん言っておいていざ本気で勝ちにいったら反則だって!ふざけるんじゃないよ!逃げるな、逃げるんじゃないよ!」

「あのさ、ルールって言う物が…」

「先に言ってくださいよ!」

 そして伯父さんの手により引きはがされてなお、メガネの少年は顔を真っ赤にしてどなり声を上げている。伯父さんはメガネの少年を抱きかかえて必死になだめようとしているが、まるで聞く耳を持つ様子がない。

「わかったわかった、頼むからもう一回だけちゃんとやってくれるかな」

「仕方ねえなあ」

「絶対にかみ付いたりしちゃダメだからね、あくまでもパンチだけで戦うんだからそれを忘れちゃ絶対にダメだよ」

「はい…………」

 もう一度殴り合いを始めた2人の顔はまったく違っていた。坊主頭の少年の目はすっかり冷めきっていて、一方でメガネの少年は敵意がむき出しの目をしていた。


「うー…うー…」

 メガネの少年はまるで近所のブルドッグのようなうなり声を口から出している。移動中や葬式の時に出していた声とは全くちがう声、逃げなければどうなるのかわかっているんだろうなと言わんばかりの声。いったいどんな風にすればあんな声が出せるのか、全然うらやましくはないが興味だけはわいて来た。

「まだだ、まだだ!」

 再びの殴り合いが始まってから2分ぐらいの間にメガネの少年は2回倒れたが、その度に顔を赤くして立ち上がる。もし私が道でいきなりこんな顔をした人に出会ったら間違いなく逃げ出すような顔だ。

「まだ」

「終わりだよ」

 そして3回倒されてもなお起き上がろうとしたが、そこで伯父さんに止められた。テクニカルノックアウトとか言うルールにより、3分間に3回倒されたらその時点で負けになるらしい。

「まあな、それがルールだからしょうがねえよな。悪いな」

 私は一人っ子だが坊主頭の少年には中学1年生のお兄さんと小学校2年生の弟がいる。坊主頭の少年はその自分の3つ下の弟を見るような目でメガネの少年を見下ろしながらグローブに包まれた右手を差し出した。もう戦いは終わったんだ、仲良くしようじゃないかと言うやさしい手であり、私もなんべんもその手にふれて来た手だ。グローブ越しでもわかりそうなほど温かい手に対し、メガネの少年は自分で立てるからよけいな事をしないでと言わんばかりにそっぽを向いた。

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