わたしたちは仲良し姉妹!

沈黙静寂

第1話

〈姉〉

 私立旭ヶ丘高等部二年、夏休みがもうすぐ始まる。

 いつものように出された朝ご飯を縁と食べ、いつもの通学路を歩いて縁と登校し、校舎が別れる階段手前で縁と別れ、一限目の授業が始まった。

「明日から夏休みだ……」

 学校に居ることなんてお構い無しに、これからの縁との幸せきゃっきゃうふふなオフを妄想しよう。オフと言うと有名人みたいね。有名人になれば一生縁を養っていけるかな、なんて。

 ――私と違って授業をきちんと受けてノートを取っていて健気だなぁ――

 そうだなぁ、まずは海は外せない。ビーチバレーで遊んだり、砂で未来の新居を建てたりも良いし、海の家でカキ氷を急いで食べて頭の痛みで呻いている縁は可愛いだろうな。縁は泳げないから、基本的に砂浜で仲良し小好しするしかないのは少し残念だけど。あとはそう、夏祭り、キャンプ……うーん、意外とあんまり思い付かない。夏には何があるだろう。

 ――お、手を挙げた。中学生ながら未だに小学生気分なのが可愛い――

 まぁ外で遊ぼうと言っても、私の縁の可愛さに愚かにも気付いてしまう野郎共がナンパという悪事を働く可能性もあるからな。デートに邪魔が入るのは論外だよ論外。もし可能性が事実になればその時は自分で自分を抑えられる気がしない全く以て。

 ――正解したのかい?それとなくドヤ顔。撫でてあげたい――

 夏休みと言うと日本人には家の縁側で西瓜やアイスを齧るイメージが強い。因みに私の家に縁側は無いのでこの場合は縁側えんのそばと強引に解釈しよう。普段から縁のことしか考えていないからこそ出来る秀逸な発想だ。自分が誇らしい。縁が西瓜やらを小動物のようにむしゃむしゃ食べる様子を想像すると、いやはやマーベラス。愛らしさの余り溜息が出る。そして私はその天使の側に居られる。嗚呼何と素晴らしき哉。その生活が永遠に続けば良いのに。永遠にするつもり、と言うと怖いかもしれないけど。単に一生一緒に暮らしたいだけ。これでも怖いかな。縁も同じように考えてくれると思うけど。

 ――おや、キョロキョロし始めた。視線に気付いたのかな?念の為閉じよう――

 話を戻そう。夏休みか。やはり何歳になっても長期休暇は嬉しい。その分縁と過ごす時間が増える。毎日二十四時間一緒に居られる。縁も私も帰宅部活動に専念しており、二人とも休み中学校に用事は無い。二人自宅に囚人らしく引き篭るだけでなく、ショッピングや映画と言った娯楽を享受出来る。

 ――ちらり覗くとこちらを向いてはいない。大丈夫そうだ。再びジロジロ――

 あぁそうだ、映画鑑賞は長期休みに最適かもしれない。近場の割合大きい映画館で今注目の恋愛物が公開されているようだし、それで縁と良い雰囲気になれたりして。

 ――全くこの席は素晴らしい。正に運命。お蔭で心から体まで癒され放題だよ――

 よし予定の一候補は決定、後で相談しよう。縁と私の将来を考えるのは誠に楽しい。その内二人きりでウェディングドレスを着せ合いたい。これも予定の一つ。

「…………い。おーい、絆?片伊かたいきづなさーん?」

 ん?あぁどうやら誰かがその名を呼んでいるようだ。私の集中力を阻害するのは誰かと、音の発生源へ辿り首を向けようとするとカーテンに付いていたらしい埃が目に触れて痛たたた。

「やっと反応してくれた。次移動教室だよ」

 縁を愛でる為の大事な目の痛みを堪えながらその言葉を聞き、そいつと教室を見る。おぉ成程、道理で教室に人が殆ど居ない訳か。というか一限終わっていたのか。窓から中学校舎を見つつ妄想する間に一時間も経っていたとは。最近移動教室の無い日は一日中そうしているのだけど。

 話し掛けてきたクラスメイトを捉えると、出席番号十三番か。この人は何を考えているのか読めないと思われ、そう思って欲しいと思う私に唯一話しかけてくる眼鏡女。何を勘違いしているか分からないが、高校二年生になりこの教室に初入場した際、こいつの前の席だったので社交辞令的に挨拶したらそれ以来話しかけてくるようになった。無視していれば良かったと今になって後悔している。縁以外の人間はどうでもいい。

 席替えによって私は窓際、十三番は廊下側となり今は離れたが、尚も会話を試みてくる。けど明日からはこんな空虚で無駄な人間関係も休みになるのだ。

 そろそろ次の授業が始まりそうなので席を立つ。名残惜しかったので移動する前にもう一度だけカーテンを開けて見る。

 ――はは、目が合った。驚いている顔が愛らしい――


〈妹〉

 何故かお姉ちゃんがこっちを見ていた。高校校舎の二年生の教室の窓から。そこからわたしが見えるのか。一体何時から、何日からなんだぁ。と思ったら隠れてしまった。おのれお姉ちゃん、そっちだけジロジロ嘗め回すような目で覗いていたとはずるい。そんなずるいお姉ちゃんが好き。

 合点がいった。近頃のお姉ちゃんが何時にも増してご機嫌で、頭の中に花畑を設営していたのはそういう訳か。柘榴のように可憐で、儚げな一面を兼ね備えたお姉ちゃん。二人以外禁制の花園を創って駆け巡りたい。

 席替えしたらそこから妹が見えるとは、流石血縁に限定されない運命を持ち合わせるだけあるねお姉ちゃん。ほら、相手の顔が見えただけでこうして心で通じ合える。だよね?わたしのクラスは、恐らく席替えをしない決まりがわたしの認識外で決定されていたようなので結果的に嬉しい。お姉ちゃんが再び席替えしない限り今まで叶わなかった授業中の触れ合いが出来、愛が降る。とは言え今学期は今日まで、来学期からの楽しみが出来たやい。お姉ちゃんと分け合う喜び、楽しみ、愛、希望、この為に生きているよ。お姉ちゃん好き。三秒に一度は言っておこう。

 夏休みの予定は未定。例年はお姉ちゃんが何かしら考えてくれるからなぁ。去年はわたしの中学受験で例外的に殆ど家に居た。塾、夏期講習などには行かず、同じ道を通ったお姉ちゃんに昼間から愛の授業を存分に味わった。その甲斐あってわたしはここに居る。よく知らない空間でよく知らない人間に教わるよりお姉ちゃん先生の方が満足度が桁違い、零と無限大の差はあるよ。

 一応買っておいた水着はまだ着ていない。今年こそ海やプール、出来れば前者に行きたいなぁ。日に焼けるお姉ちゃん。水飛沫を浴びるお姉ちゃん。見つめていたい。具体的な計画はお姉ちゃんの頭脳にお任せしよう。ふふ。

 お姉ちゃんは兎に角全て理想的、正義なの。艶々美黒な毛髪とか、すらりとして余分な栄養素を添削した手足とか、若干吊り上げた瞼周辺とか、一噛みすれば薄い筋肉と挨拶出来そうな体型とか、眉とか耳とか鼻とか口とか顎とか首とか肩とか胸とか臍とか腹とか背中とか尻とか腿とか膝とか踵とか。外見だけでなく中身も勿論、脳とか心臓や食道、血液も愛らしいのは言うまでないけど、ここでは精神的な方ね。お姉ちゃんのことは不肖わたし、妹として尊敬しております。容貌、運動能力と言った外部化されたものは然ることながら、姉として妹想いの高尚な御心、これこそ注目すべき姉の特性なのです。姉の御加護を一身に受けられる幸せ。

 早くお姉ちゃんと結婚したい。早く早く。先んじて婚姻届入手しておこうか。わたし達の一生の誓いは許されないはずが無いのだから。わたし達を許せばこっちも多少は関わってあげても良いよ、世間よ。

 ん、チャイムが聞こえるぞ。時計を確かめるとどうやら昼休みになっていた。これは由々しき事態、お弁当を持ってお姉ちゃんの教室に行こう。

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