拒絶と事故

 佐々木がクソ生意気にも学校に来るようになって一か月。

 あたしが根気よく指導してやって、奴はまた教室に来なくなった。

 保健室もちゃんとチェックしているが、来ていないらしい。


 念のため、お見舞いと称して佐々木の家に行ってみたが、家にはあげてもらえず、小道具として持参した手紙や花も受け取ってもらえなかった。

 二人きりでしっかり釘をさして、うちらの邪魔にならないように徹底的に躾けるつもりだったのに。

 やっぱりゴミクズの親はゴミクズだ。


空星すてら、ちょっと話がある」


 しばらくしてお兄ちゃんが暗い顔で話しかけてきた。

 お兄ちゃんはイジメに遭って以来、あたしたち家族にほとんど自分から話しかけなくなったので、声をかけてくれてすごく嬉しい。

 でも、支援センターに通うようになってだいぶ明るくなってきたのに、また表情が暗くなってきて少し心配。

 まさか支援センターでも下らない事をする奴がいるんじゃないだろうな。


「お前のクラスの佐々木君、知ってるよな?」


 お兄ちゃんは食卓のイスに座ると、低く絞り出すような声で言った。あたしの記憶の中のお兄ちゃんはもっと高くて柔らかい声で話していたのに。


「ああ、あのゴミクズ。何かされたの?」


 許せない。せっかく明るくなってきたお兄ちゃんをまたひどい目に遭わせやがったんだ。


「何かしたのはお前の方だろう??」


「はぁ? あたしが何かしたってナニそれ!? うちら空気読めないゴミクズのせいでいっつもヤダな気分にさせられてる被害者だよ!?」


「せっかく仲良くなって、おかげでセンターに通うのも楽しくなってきたのに、同じ学年に妹がいるって話をしてから来なくなって……おかしいと思ってたんだ」


 お兄ちゃんの言ってる事がおかしい。あのド底辺の佐々木がお兄ちゃんと仲良くなった?おかげで楽しかった?? あり得なさすぎる。

お兄ちゃんはいい人だから騙されてるんじゃないの?


「はぁ!? 何それあいつお兄ちゃんに馴れ馴れしくしてたの!? 身の程知らずが……っ」


「俺が仲良くしてもらってたんだ。それなのに……聞いたよ。お前が佐々木君に何をしているか」


 あいつ、チクりやがったのか!? 卑怯者!! だからド底辺のゴミクズは……っ!!


「あいつが何言ったって全部嘘だから!! お兄ちゃんはたった一人の妹のあたしよりもあんなクソほどの役にも立たないゴミクズの言う事を信じるの!? 酷い!!」


 あたしが涙を浮かべて抗議すると、もともと険しい表情だったお兄ちゃんはもはや無表情になってしまった。目だけがギラギラと怒りに輝いていてとても怖い。


「語るに落ちたな。佐々木君は何も言わないよ」


「はぁっ!? じゃあ何で!?」


「お前のクラスの子たちが話してくれたよ。怖くて誰も逆らえないって」


「くっそ雑魚が!! 誰よ!? その裏切り者は!?」


 お兄ちゃんは呆れたようにため息をつくと、吐き捨てるように言った。


「もういい。お前が自分のしている事も理解できない奴なのはよくわかった。もう馴れ馴れしく話しかけないでくれ」


「何それ……お兄ちゃんおかしいよ」


「その『お兄ちゃん』って言うの、やめてくれないか?恥ずかしくて死にたくなりそうだ」


「な……ひどい……」


「ひどいのはお前だろう。俺はお前の兄だって事が恥ずかしくてたまらない」


 そう言い捨てると、お兄ちゃんは席を立ってそのまま部屋にこもってしまった。

 ご飯の時も、あたしたちのいる時は出て来ない。

 だからお母さんは姫星きららお姉ちゃんやあたしに早く食べ終わって片付けるようにってうるさく言うようになった。


 それもこれも、ぜ~んぶ佐々木のせいだ。絶対に潰してやらなくっちゃ。


 年が変わって受験シーズンが始まって、お兄ちゃんは近県のいくつかの学校を受験した。受かったのは男子校ばっかり。

 もともとのお兄ちゃんの成績だったら余裕で受かってるはずの学校もダメだったらしい。お父さんが問い詰めたら、女子のいる学校は絶対に行きたくないって言いだした。

 お父さんは「イジメくらいで軟弱な」と怒っていたが、お兄ちゃんが「異性にわずらわされずに勉強に専念したい」と言ったら「真面目で硬派だ」と喜んで男子校への進学を許してあげてた。

 手の平を返すってこういうことなんだろうと思う。


 佐々木の奴は学校にろくに来てないくせに、妹を公園に連れて行ったりはしているらしい。

 ある時身の程知らずにもうちらがいつも遊んでる公園にノコノコと顔を出したので、きっちり指導してやった。

 あいつのクソ妹も生意気にもうちらに逆らいやがったのできっちり締めておく。

 これでもう、うちらに逆らうようなことはないだろう。


 佐々木が歩道橋から落ちて、車に轢かれて死んだのはそれから一週間後のことだった。

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