詰問

 校長室に呼ばれたあたしはドアをあけてすぐのところにある会議用のテーブルの、一番出口に近い席に座るように言われた。

 テーブルには校長、副校長の他に数人の先生が座っている。

 担任もあたしの席の角を挟んで隣に座った。


 全員が着席したのを確認すると、校長が軽く咳払いしてから集まった人の顔をぐるりと見渡し……しばらく言葉につまったように黙り込む。

 そしてあたしの顔をギロリと絞め殺しそうな目で睨みつけると、軽く目を伏せてため息をついてから険しい口調で話し始めた。


須藤 空星すどう すてらさん。あなた、なぜここに呼ばれたかわかりますか」


 何だか様子がおかしい。あたしは先生たちのお気に入りで、いつもニコニコと期待に満ちた目で見られていたはずなのに……今はゴキブリとかナメクジとか、そういう嫌なものを仕方なく見てるような、気持ち悪い視線を向けられている。


「全然わかりません。あたし、何もしてないのに今日学校に来たらひどい……」


「わからないなら説明するので、いったん黙ってください」


 あたしは悲し気な顔を作ると、かわいく目を潤ませながら今朝の被害を訴えようとしたが、ぴしゃりと途中でさえぎられた。

 こんなの初めて。きっと誰かがあたしをハメようとして何かチクったんだ。


「先日、佐々木君が亡くなった事故を覚えてますね」


 そういえば先月死んだ佐々木が実は自殺で、ずっとイジメに遭ってたっていう噂が流れてて、先生たちが必死で犯人捜しをしてた。

 警察も捜査してるって話だったけど、学校側は「あれは事故死でイジメはなかった」って教育委員会やマスコミに何度も説明してたはず。

 まさか今になってあたしが疑われてる??


「もちろんですっ。佐々木君、かわいそう……っ」


 あたしはすぐにクラスメイトの死を悲しむ心優しい美少女になった。

 目薬を教室に忘れたので涙を流すことはできないが、ぐしぐしと目元をこすって泣いているように見せる。


「白々しい演技は時間の無駄なのでやめなさい。それよりこの動画について説明して」


 せっかくあたしが話を合わせてやったのに、校長は呆れ切った表情で冷たく遮った。

 よりによって時間の無駄?だったらわざわざ呼び出さなきゃいいのに。

 賢いあたしはそんな本音をぐっと押し殺し、忌々しそうな顔で校長が取り出したタブレットに目をやった。

 再生された動画を見て愕然がくぜんとする。


『うちらがいつもいるって知ってんだろ? ノコノコ顔出して許されるとでも!?』


『ごめんなさい、わたしがつれてってっておねがいしたから。お兄ちゃんはわるくありません』


『は? てめーにゃ聞いてねーよ!』


『きゃあ!』


『調子に乗んな! さっさと土下座しろよ土下座!!』


「そんな……何これ……」


 一体誰が、と言いそうになってあわてて口を閉じた。

 ラッキーなことに、今のところあたしは顔を声も入ってない。白を切り通せば日頃の行いの良いあたしは無関係だと言い切る事ができるはず。


「本当に、心当たりがありませんか?」


「当然です! ひどいわ、誰がこんなの……っ!?」


 瞳を潤ませてショックを受けたとアピールする。

 あたしはどうせクラスのリーダーだから最初に訊かれただけ。顔も声も映ってる逃げようのない奴らとは違う。

 うまく切り抜けて疑いを晴らさなきゃ。


「本当にひどいですよね。ここまでの行為だけでもれっきとした犯罪です」


「はぁ!? 犯罪っ!?」


 思わず変な声が出た。校長の奴いったい何を言ってるんだろう。

 こんなのよくあるただの悪ふざけだ。このくらいの事は誰だってやっている。

 うちらがたまり場にしてる公園にのこのこ妹を連れてきた身の程知らずに、調子に乗ってるとどうなるかを軽く教えてやっただけ。

 れっきとした教育的指導ってやつだ。

 それを犯罪!? 何を大げさな。


「当然でしょう。大人数で取り囲んで土下座を要求するのは強要罪です」


「あんな小さな子を蹴り飛ばして。暴行と傷害ですね」


「その様子では何が悪いか理解してませんね」


 したり顔で口々にあたしを責め立てるが、偉そうに言ってる先生たちだって、うちらくらいの年の頃には絶対やってたはず。だって先生なんて勝ち組になってるんだもん。

 どこでゲットしたかわからないけど動画があるから建前だけでもやった方が悪いてことにしなきゃならないんだろうか。


「違いますっ。犯罪って言葉にびっくりしちゃって。伊東さんも西野君もひどいっ……かわいそうです……っ」


 仕方ないので動画にはっきり顔が映ってる連中の名前をあげて涙ぐんで見せるが、先生たちはこぞってため息をついた。


「この期に及んで白を切るんですね。この動画はもっと先まであるんですよ」


「どうゆう……」


「つまり、あなたがみんなに命令してるところも映ってるんです。佐々木君を裸にして池に放り込めって」


「え……」


「逆らうなら妹さんに同じことをすると脅しているところもね」


 吐き捨てるように言われておなかがぎゅうっと痛くなってきた。

 確かに佐々木を全裸にしたとき動画撮ってクラスLIMEに貼って大笑いしたけど、そんなとこまで撮ってたっけ?

 だいたいこれ何で先生たちが知ってるの?佐々木がチクった?先月死んだのに?

 それとも誰かが裏切った?


「とにかく説明してもらいますよ」


「そんな……あたしだけじゃないのに」


「もちろん他の人たちからも話を聞きます。一人一人、別々にね。だからあなたも一人で話してもらいますよ」


 校長はぴしゃりと言い切った。担任はずっと無言のままあたしを睨んでる。


「お兄さんがイジメにあった時あんなに憤慨ふんがいしてたのに、あれも演技だったのかしら?」


「自分がやるのはいいけど、他人がやると許せないんじゃない?いつも自分は特別だって言ってたし」

 

 ひそひそと囁きあう先生たちの声を聞きながら、あたしは目の前が暗くなるのを感じた。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう?ずっとうまくやってきたのに。


 あたしは今までのことを頭のなかで振り返ってみたが、何もおかしなところも悪いところも見つからなかった。

 いったい何がどう間違ってたんだろう?

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