対決

 荒らしにあった次の日。

 学校に行くと教室にはひそひそとしたささやき声と好奇に満ちた視線が溢れていた。

 一瞬くじけそうになるが、負けてたまるかと胸を張って座席に向かう。


「……っ」


 机には、ネットに晒されていた写真の数々がA4サイズに引き延ばされ、無造作に置かれている。思わず息を飲んで硬直していると、周囲からくすくすという押し殺した笑い声が響いてきた。


(こんなクソどもに負けてたまるか……っ)


 涙が溢れそうになるのを、手が震えそうになるのを、唇を噛んでかろうじてこらえる。机の上に散乱した写真を乱暴につかむと、ずかずかと教室の隅まで行ってゴミ箱に突っ込んだ。

 後から破いておくべきだったと思い至ったが時すでに遅し。あんなもの、一秒でも早く捨て去りたかったのだ。

 そんな余裕のない態度を敵に見せてしまった。失態はすぐに取り返さなければ。


 ひそやかに「かわいそー」と声を発したのは一体誰だったか。字面とは裏腹に嘲りと蔑みをたっぷりと含んだ半笑いの声。続いてくっくっと喉の奥で押し殺しきれなかった笑い声が漏れる。

 それも教室のそこここで。


「よく学校来れるよねー」


「すごい根性」


「すげーそんけーするわー」


 ひそひそとささやかれる悪意のこもった言葉たち。自分はもうそれらを投げつけても構わない存在だと思われてしまっているのだろうか。


(……っざっけんな。底辺ゴミクズが上の人間にたてつくとか、あり得ないんだから。すぐに身の程思い知らせてやる!!)


 それにしてもおかしな話だ。空星すてらたちのグループは、このクラス……どころかこの学年のトップだ。そして空星すてらはそのトップグループの中でも不動のトップ。誰よりも上の存在だ。


 誰が上で誰が下かなんて、どんな馬鹿だって言われなくてもすぐわかる。それこそいつもテストで0点取ってるような救いようのない馬鹿だって、それだけは絶対に間違ったりしない。

 それはテストの点とか、何か特技があるとか、何かで賞を取ったとか、そんなデータにできるような形だけのステータスなんかでは決まらない。正真正銘、その人の価値がどれだけ光り輝いているか、ただそれだけの勝負なのだ。


(あたしみたいな生まれつき選ばれた特別な人間が、血のにじむような努力を重ねて初めてキラッキラになれるのよ。こんなウジ虫みたいな連中に下に見られていいはずなんかないっ!!)


 たしかにごく稀にそんな簡単な事もわからないクソほどの役にも立たないゴミクズもいるが、そんな空気読めないヤツは先生にも嫌われてるからいちいち相手にしてやる価値もない。

 そもそも空星すてらのような上の人間が相手にしてやる前に誰かが気を利かせてきっちり潰して始末しておくものだから、視界に入って不快な思いをすることはまずないのだ。


 だいたい、そういう手合いはこういった遠回しな方法を好まない。

 真正面からクソ面白くもないど正論を振りかざして自分の意見を押し付けてくる。ひれ伏してただ従うのが当然の存在だというにもかかわらず。


(でもグループの誰かが裏切ったのは事実……っ! 誰かが身の程知らずにも下克上ってやつをするつもりなんだ……っ)


 怒りと屈辱に思わずぎりり、と歯を食いしばった。その表情もクラスのほぼ全員に見られてしまい、またも教室のそこここでくすくすと押し殺した笑い声がする。


(くっそムカつく……っ)


 声がしたとおぼしき方向をギロリとにらみつけると、目が合った数人はすっと視線をそらした。小心者が……ビビるくらいなら最初っからこの自分に逆らうような大それた真似はしなければいいのに。


 それでも目を逸らさない者も何人かいた。

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべたまま嘲るような目でこちらを見返してくる。にらみつける視線を強くすると、鼻白んだような顔をして視線をそらした。

 お情けで同じグループに入れてやった雑魚の一人だ。


(あいつか……あいつが裏切ったのか……)


 こみ上げる怒りに頭の中がかぁっと熱くなるが、今ここで怒鳴り散らしたところで「余裕がない」とみられてかえって侮られるだけだろう。

 今だって「やだー、顔真っ赤」と嘲笑する声が聞こえている。既に動揺した姿を見せすぎたらしい。

 完全に侮られる前に落とし前をつけてやらなければ。


「お前、ナニ調子こいてんだよっ!?」


 ずかずかと足音も荒々しくそいつの前に行くと、思いっきりドスを利かせた声で呼びかける。

 ムッとした様子でそいつが顔を上げるのと、ドタドタと慌しい足音がして教室の戸がガラリと引き開けられるのがほぼ同時だった。


「須藤空星すてら、今すぐ校長室に来なさい」


 担任の教師が教室に駆け込んでくると同時に空星すてらを校長室に呼び立てる。一体何の話だろう?


 空星すてらは首を捻りながらも、担任のただならぬ様子に嫌な予感を煽られながら校長室へと急ぐのであった。

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