ホッヅォ・ファミリーの冷めたフィナンシェ

吉岡梅

ホッヅォ家の庭

首領ドン・ヴィットーリオがその場から去ると、構成員ファミリーの空気はあからさまに険悪になった。舌打ちをし、机を叩き、頭を掻きむしる。幹部カポの中にはグラスを投げ捨て去って行くものまでいる。フッサはひとり笑顔を保ったまま、良く冷えたシャンパンを喉へと流し込んだ。


紺碧のビーチに臨む芝生の庭。真っ白なテーブルの上には色とりどりの花や料理が並び、グラスには並々と注がれたワインにシャンパン、ジンジャーエール。申し分ない。水平線の彼方まで澄み渡る空すら、ホッヅォ・ファミリーのドン、ヴィットーリオ・ホッヅォの55回目の誕生日を祝福しているかのようだった。――若き相談役コンシリエーレ、フッサ・ファブリがスピーチを終えるまでは。


ヴィットーリオはフッサに拍手を贈ると、家の中へと去った。立ったまま見送ったフッサは、ワイシャツとベストの裾を直し、皆を振り返って何か言おうと思った。が、言葉が出なかった。


ざわめきが収まらない庭に、パンパンと大きな拍手の音が響く。皆が一斉に音の方を見ると、サヤマが突き出した腹の下にエプロンを巻き、渋面を作って勝手口に寄りかかっていた。


「話は済んだのかお前ら。もうデザートドルチェを出していいのか。こっちは昨日から準備しとるんだぞ。さっさと何が食いたいか言え」


庭の空気がふっと緩む。


「ティラミスがいいぜ!」

「俺はグラニータだ!」

「いや、パーティにはやっぱりカンノーロだろ!」


食い意地の張った連中が大声を上げる。釣られて何人かが笑い声をあげた。サヤマも片眉を吊り上げて笑っている。さすがは老獪な前相談役だ。上手く和ませてくれた。フッサは目を合わせて頭を下げた。――が、その矢先、野太い声が庭中に響いた。


太陽のプディングブディーノ・デル・ソーレ。他は何もいらねえ」


声の主は「狂犬」グイードだった。太々ふてぶてしくフッサの方へと歩いてくると、わざとらしく目も合わせずに肩をぶつけ、声を張り上げた。


黄身ロッソだけを使ってくれよ、東洋から来た菓子職人ドルチアーリオ白身ビアンコはいらねえ。ナヨナヨして邪魔なだけのクソだ。ドルチェにも、ファミリーにもな。なあ、そうだろ? フッサ・『ルーナ』・ファブリ」


グイードはフッサをじろりと見下ろすと、長身を折り曲げて額を着けんばかりに顔を寄せて来る。しばらくそのままフッサの目を覗き込んでいたが、鼻で笑って背中を向けた。


「おらお前ら、せっかくだ。我らが『太陽ソーレ』ナッシモを助けに行く準備をする前に、腹ごしらえにドルチェをいだだいとこうぜ」


グイードが声を上げると、ファミリーのメンバーがそれに続く。何人かはフッサの前で立ち止まりかけた。が、フッサが頷くと、申し訳なさそうに皆の後を追った。


庭はすっかり静かになった。フッサは一人、ため息をついた。

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